ツィムメルマノフカの川岸
ツィ「ン」メルマノフカのようにも見えるつづりなんですが、g○○gle先生がそう言うのでこの表記を採用しています。間違ってたら教えてください。
二・二六事件の後、歩兵第1師団は沿海州に駐屯している。直接行動に参加した野中四郎と香田清貞(ともに死刑)をはじめ、謀議には参加していた安藤輝三や弾薬を提供した山口一太郎(どちらも無期禁錮)など、主要人物が歩兵第1師団所属だったことによる懲罰と隔離を目的としているのは明らかだった。
「どうだ上村、連中はおとなしくしてるか?」
「ああ、高橋殿、お疲れ様です」
歩兵第1師団歩兵第3連隊所属の上村盛満軍曹が機関銃陣地から国境を監視していると、同じ歩兵第3連隊の高橋丑太郎中尉に声をかけられる。
「露助は騒がしいですよ。塹壕をせっせと掘り進めてるみたいですし、数も増えてきています」
「そうか……何度叩き潰されても懲りない連中だな」
ロシアを嘲るような言葉とは裏腹に、高橋の口調は憂いを帯びていた。
「沿海州を奪われたのがよほど悔しいのでしょう」
「これまでは国内が不安定でそれどころではなかったんだろうが、今は外に目を向けることができるようになったらしいからな。そのくせ賠償金はまだ支払いを再開しとらんし、昔からろくでもない国だよ、本当に」
トロツキー政権になってから、混乱していたロシア国内はようやくまとまりを見せ始め、強力な経済統制により、国民の暮らしもひとまず落ち着きを取り戻した。
とはいえ、安定しただけで賠償金の支払いにはとても耐えられないと主張し、日英独墺をはじめとするロシア戦争での交戦国に対する賠償金の支払いは停止したままである。
「まあ、我々軍人は、奴らの挑発に暴発せず、直接行動には断固として対応するのが仕事ですから」
「我が第1師団、そして歩兵第3連隊は特にそうだな。山下師団長も、そのあたりはよくお分かりだろう。あの目の前の中州に奴らが上陸してくるまでは、手出し無用だ」
二人はアムール川の中ほどにある中州に目を向ける。この中州は産業的には利用価値に乏しい、細い川や池が入り乱れた湿地にすぎない。しかし、次にロシア軍が国境紛争を起こすとしたら、ああいった中州をめぐる戦いになることは明らかだった。
ところかわって山階侯爵邸。いつも通り耀子が新聞を読みながら管を巻いている。
「スペイン内戦は膠着状態……まあロシアの他にフランスも介入してるし、しょうがないよね」
この内戦には共和派をロシアとフランスにメキシコ。国粋派を日本、イギリス、ドイツ、オーストリア、イタリア、チベット、ポルトガルが支援しており、それぞれ義勇軍や物資を送っていた。
「もともと劣勢だったのを均衡までもっていったんだから、僕もしょうがないと思うよ」
「こちらの方が支援する国が多くて景気もいい分、体力は多いからね。消耗戦になれば最終的に勝つのは国粋派だよ」
国粋派は史実の独伊葡の他に日英墺蔵がバックについているため、1国当たりの負担が小さく、イタリア以外は世界恐慌からも脱却していて資金は潤沢にある。
一方共和派は露仏墨の3か国で支えているうえに、いずれの国も経済状況はよろしくない。このため、国粋派への支援はかなり良心的な値段──ものによっては無料ですらある──だったが、共和派への支援は割と容赦がなく、首都マドリードの金庫からは日々金が流出しているような状態だった。
「とはいえ、こちらの負担も少ないに越したことはないよね」
「そ。だから我が国も、少しずつ支援兵器の値段を釣り上げたり、試作兵器の試験場にしたりして、少しでも元を取りに行ってるんだってさ」
このあたりの値段設定は、官僚たちが国粋派の財務状況や各兵器の原価をもとに良しなに決めているらしく、今のところ国粋派からは良心的であると好評である。何度か値上げを繰り返しているのにもかかわらずこの評価が維持されているあたり、どこも似たようなことを考え、実行しているらしい。
「政治家は微妙だけど、官僚はしっかりしてるよね、我が国」
「政治家がそんなこと言ってどうするの……まあ確かに、官僚のおかげで持ってるところあるよね。おかげで選挙を経ずに選ばれている人間が、大きな影響力を持ちやすいのは懸念点だけどね」
自身も貴族院議員である芳麿がそう言うと、耀子は苦笑しながら突っ込みを入れた。
「まあいいや。うちからの兵器だと、どのあたりが『売れ筋』なのかな?」
「歩兵に大火力を持たせられる兵器が人気みたい。一番人気は擲弾銃で、かなり需要があるみたい。他には擲弾筒とか、擲弾弩、十糎歩兵砲あたりも評判がいいって聞いたよ」
九五式五糎擲弾銃
砲口径:50mm
弾頭直径:75mm
砲身長:300mm (6口径)
全長:600mm
砲口初速:200m/s
重量:7kg(砲弾込)
有効射程距離:400m
要員数:1名
備考:ロケット弾発射機
九五式十糎歩兵砲
砲口径:105mm
砲身長:630mm (6口径)
砲口初速:200m/s
砲重量:45kg
放列砲車重量:195kg
有効射程距離:1.0km
俯仰角:-5 ~ +50度
最低要員数:4名
備考:単装ロケット砲
「ほとんど耀子さんのところの兵器じゃないか。さすがだね」
「それほどでもない。……いやほんとに、これについては設計したゴダードが優秀なんだよ。あれは本当に掘り出し物だね」
いつも通り耀子さんは部下の働きをたたえた。しかも謙虚にも自身はそれほどでもないと言った。
こういった帝国人繊の兵器はコストパフォーマンスに気を配っているため、原価のわりに高く売れる。国粋派相手でも、すでに原価以上の値段で売ることができているのだった。
「そんな優秀な人をバッシングして国外に流出させるだなんて、どこぞの国はよほど人材に困っていないんだろうね」
「ほんと、そんな人たちになんか負けるわけにはいかないんですよ」
そう言って二人は顔を見合わせてほほ笑む。世界情勢は確かに悪化しているものの、それでもまだ、彼女たちの努力で破滅的な事態にまでは発展していないのだった。
辺境伯家の食客も更新継続中です。最新話はこちら
https://book1.adouzi.eu.org/n7555jm/32
少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。




