なべて世はこともなし
世界初のターボジェット戦闘機を日本が飛ばした。
そのニュースに、世界は驚く……と思いきや、大した騒ぎとはなっていない。
「え、社外広報を出さないんですか?」
「うん、出さないでください。さすがに飛んでいる姿を見られるのは許容しますが、地上で鮮明な写真を撮られたり、取材に応じたりすることは禁止します」
初飛行の前日、耀子は秘書課の文子にその様に伝えた。
「画期的な新兵器になるから、ってことなんでしょうか」
「そう思っとくのが一番簡単だと思う」
「ではその様に石川島とかにも通達しますね」
「よろしくー」
このように、帝国人繊が積極的な広報を行わなかったのが要因として挙げられる。現時点では出力不足でレシプロ機でも発揮可能な速度しか出せず、自慢するほどの性能じゃないと耀子が考えていたこと、ジェット機と言う概念自体は諸外国(特に欧州)にも知られており、研究を加速されて追いつかれることを恐れていたことなどが理由だった。
「こいつは間違いない……ジェット機だ! くそ! 先を越された!」
とはいえ、機械的熟成や搭乗員の訓練のために飛ばしていれば、そのうちスパイショットがとられる。MI6から写真を提供されたイギリスのフランク・ホイットルは、プロペラなしに飛行する隼を見てその様に慟哭した。
「しかもこの太くて短い全長は遠心式ターボジェットだろ! 畜生! グリフィスの奴が持論に固執しなけりゃ、今頃俺だって……!」
ホイットルは1929年に「遠心式ターボジェットのほうが、グリフィスの主張する軸流式より早く実践投入できる」と主張する論文を出していたが、査読をグリフィスが行った上、計算ミスが見つかったため、相手にされなかったことがある。反発したホイットルは遠心式ターボジェットの特許を出願したが、これも1935年に特許料が払えず無効になってしまった。
「空軍の連中の目を覚まさせなければならん。日本はもうジェットエンジンを実用化しているぞ、と……」
何かにとりつかれたような目で、ホイットルは自室を後にする。彼の通報により、日本がジェット機の開発に成功したことを認識した英国空軍は、ホイットルに予算を付けて国産ジェット機の開発を急がせることになった。
同様に、ホイットルの後追いをしていたドイツのハンス・フォン・オハインも隼がジェット機であることに気づいており、負けてはいられないと奮起したことを日記に記している。
一方、帝国人繊の戦闘機が挑戦的な設計であることは既に分かっており、空技廠は代替として川崎で「長元坊の正当後継機」を作らせていた。
「重爆の改良と不具合対応で忙しいってのに、なんでこんな仕事まで……」
「こういうのを着実に拾ってねえと、俺たちみたいな弱小メーカーは太刀打ちできんのさ」
今日が2徹目になるという部下を鼓舞しながら、土井武夫はせっせと設計をまとめていく。そうして完成したのが以下の機体だった。
川崎航空機 試製九六式戦闘機
機体構造:低翼単葉、引込脚
胴体:難燃性エポキシ系GFRPセミモノコック
翼:ウィングレット付きテーパー翼、難燃性エポキシ系GFRPセミモノコック
フラップ:ファウラーフラップ
乗員:1
全長:9.0 m
翼幅:11.8 m
乾燥重量:1830 kg
全備重量:2990 kg
動力:帝国人造繊維 D222A ユニフロー掃気2ストローク空冷星型複列18気筒 ×1
離昇出力:1450hp
公称出力:1350hp
最大速度:601 km/h
航続距離:3060 km
実用上昇限度:12000 m
武装
9.3mm 九三式航空機関銃(翼内固定)×2
25mm 九四式航空機関銃(機首固定)×1
爆装:60kg
空技廠の要求に対して最適化された、よく言えば無駄がなく、悪く言えば発展の余地がない設計を手直しし、将来のエンジン換装や武装の更新に備えて余裕のある設計としている。
「もう少し詰めてもよかったかもしれんが……」
「最高速度が思ったより伸びなかったのが悔やまれますね……」
完成した機体のテストフライトを見ながら土井たちがつぶやく。現行の長元坊に対して、運用側が不満を抱いていたのが、主に航続距離であることはわかっていた。それに手を当てる意味もあって機体を大型化したのだが、その分空気抵抗が増えてしまい、一方でエンジンの出力上昇幅は平凡であったことから最高速度がほとんど伸びなかったのである。
「本当はもっとくるくる動いて、素早く飛ぶ機体にしたかったんだが、そんなのただの俺たちの自己満足でしかねえからな」
「作りたい機体を作れる帝国人繊がうらやましいですね」
その後、この機体は陸海軍航空本部で審査され、両軍で採用されることになった。しかし、海軍が八七式戦闘機の全面置き換えを企図し、大量に発注したのに対して、陸軍の発注は少数にとどまることになる。
これは、1年後に採用する九七式に期待していたというのもあるし、陸上で戦闘する陸軍にとっては、海軍よりも航続距離の要求が緩く、八七式の航続距離でも十分と考えていたのも大きかった。
昨今流行りのファンタジー戦記なるやつも、最近連載を再開しました。
この話とは毛色が異なりますが、もしよろしければご覧いただけますと助かります。
このあたりから読んでみるのがおすすめです。
辺境伯家の食客~山奥の領邦を見事に近代化する裏ワザ~
川下り
https://book1.adouzi.eu.org/n7555jm/20
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