1937年の密談-2
「ではどうするか……ということなんですが、これまでとやることは同じではないでしょうか」
「同じ……?」
耀子が言うと、信輔が首をかしげる。
「すなわち、日本が孤立しない外交、もっと言えば、アメリカを孤立させる外交をすることです。イギリスはもちろん、オーストリアやドイツ、チベットにポーランドにバルト連合、理想を言えばフランスやイタリアも味方につけて、いざことが起こっても囲んで棒で殴れるようにしておくのです」
「いくらアメリカと言っても、欧州との二正面作戦を強いられれば、さすがに躊躇するというわけだね」
史実日本の意趣返しのような国際協調路線である。技術力と工業力は史実とは見違えるくらい育ててきたのだから、一緒に戦ってくれる頼もしい味方と、資源の輸入相手がいれば勝ちが見込めるし、戦争の抑止につながるだろう。
「実際、アメリカの生産力は脅威だが、そのほとんどは民需と海軍に向いている。この前の国清内戦で多少は増額されたものの、陸軍への投資量はまだまだ少ない。もし戦争になっても、数年は陸戦では優位に立てるはずだ」
史実同様、信煕が述べたような事情があり、この時期のアメリカ陸軍は意外なほど質量ともに貧相であった。しかも一次大戦には参戦しておらず、最近ようやく国清内戦で中華民国との現代戦を経験したという体たらくであるため、今の日本軍と戦うことがあれば、あっという間に蹴散らされることだろう。
「その分海軍は大変なわけだが……相手の主力艦は相変わらず戦艦だらけで空母がほぼいない。耀子さんの会社に高性能な飛行機や噴進弾を納入してもらえばどうにかなるだろう」
一方の海軍は投資が充実しており、艦艇の排水量で日本を上回っているし、練度にも大差はないと思われた。しかし、その内実はバランスがとれておらず、大艦巨砲主義に偏重しており、まともな空母はレンジャー1隻しかない。
これは、10年以上遅れて締結されたワシントン海軍軍縮条約にて、排水量制限が艦種ごとではなく、艦の役割ごとに定義されたためである。すなわち、空母と戦艦が同じ枠の中に入れられたため、大量の戦艦を保有する一方、空母をほとんど持たないアメリカは、その状態で編成が固定されてしまったのだ。武彦は、ここに日本の勝機があるといっているのである。
「お任せください。そのための帝国人繊ですから」
耀子がしたり顔で答えた。自らの知識と技能が国の役に立つのなら、これ以上の喜びはない。
「……話は変わるけど、中華民国に対する対応はどうしよう。あんまり仲良くすると、清から不信感を持たれるけど、積極的に敵対する理由もないし」
「つかず離れず。でも漢民族から見た異民族への侵略には断固反対する。つまり、チベット、新疆、清を併合しようとしたら阻止する、と言う感じでよいのではないでしょうか。信輔さんの言う通り、積極的に喧嘩を売る理由は、今はありませんからね」
信輔が話題を変えると、芳麿が意見を述べる。新疆はロシア戦争後に中華民国から正式に独立させられ、東トルキスタン共和国としてチベットの保護下に置かれている。細々と行われた資源探査の結果、石油や石炭をはじめとした鉱物資源が発見されており、採掘が始まればチベットのように経済を発展させることも夢ではないだろう。
「そうなると、イタリアも関係修復に舵を切ったほうが良い?」
「そうですね、その方がスペインで戦ってる義勇軍もいろいろやりやすいかと」
「逆に、ロシアとフランスとはどうしても険悪になってしまいますね。まあ、共産主義者とは仲良くできませんから……」
「そのためにも、これまで良好な関係を保ってきたオーストリアはもちろん、一次大戦では敵側だったドイツとも関係を深めたほうが良いだろう」
その他、信輔が文部大臣として閣僚入りを打診されていることや、耀子に今度新設される「文化勲章」の授与が予定されていること、今後の帝国人繊の開発スケジュールなどが共有され、彼らの元日は幕を下ろした。
さて、耀子の心配の種であるルーズベルトは、1/20に就任式を終えると、早速中華民国よりの政策を打ち出す。ロシア戦争の発生と世界恐慌の遅れによって史実よりも遅れていた中国の貨幣制度改革を支援し始めたのだ。
「これまでの中国では、軍閥の統合によって通貨の統合はできていたけど、銀本位制から脱却できていなかったのよね。それがアメリカの支援によってまず今の通貨である両を廃止して銀と兌換不能な元に置き換え、続いて元とドルを兌換可能にすることで信用の裏付けを得ると」
耀子はそのように新聞に書かれていた内容を咀嚼する。
「これで中国は管理通貨制に移行して、より柔軟な経済政策をとることができるわけだ。でも、アメリカには何かメリットはないのかな?」
「えーと……廃両改元の際に銀の国内流通を禁じたらしいのだけど、アメリカには輸出してもよいことにしたんだって」
「つまり、アメリカには現銀で支払うことを許容するのか。抜け目ないなあ」
ドルと兌換できるとは言え、元の信用は低い。今後様々な形でアメリカとの取引が増えるだろうが、その時には元ではなく現銀での取引も行われるだろう。つまり、アメリカに銀が流入するのだ。
「……この人、言うほど中国好きじゃないんじゃない?」
「そうだったらいいけどねえ……」
他国にいい顔をしつつ、結局は自国を最優先にする。政治家としてはまさしく正しい人物で、やっぱり油断ならないやつだと、耀子は緑茶を飲みながら思うのだった。
急に業務負荷が上昇したので、来週は更新無いかもしれません。
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