4年遅れの地滑り的勝利
直接出ては来ませんが、ついにあの人が登板します。
1936年11月3日。史実通りの日にアメリカ大統領選挙が行われた。
「さすがにルーズベルトが勝つよね」
「4年間ずっと不景気を放置してたら当然だよ」
新聞をめくりながら耀子が言うと、芳麿もそれに同調する。
「ニューディール政策ねえ。公共事業を積極的に行って、金に困っている人を働かせて賃金を支払い、景気を良くするとか、何をいまさらって感じ」
「周回遅れの議論だよね。日本じゃ恐慌発生の直後から、あの手この手で市場に流通する資金量を増やしているのに」
この世界の世界恐慌は、日本人による米国株の一斉売り注文をきっかけ──あくまできっかけである。原因の大部分は、アメリカ自ら持ち掛けた軍縮条約により、米国造船業の売り上げが大幅に落ちたことだ──として起きている。時期が読めていたのだから対策も万全で、MEFO手形のまねごとをして時間を稼いでいる間に、政府に国債を大増発させることで大幅な金融緩和を実現。近所の中国で内戦が再発した特需もあって、日本は特に恐慌の影響を受けていなかった。
「うちだけだったらまだ『いつものアジア人蔑視か』で済むけど、イギリスも似たような方法で恐慌を脱しているのに全く学ぼうとしなかったし」
これを見た英国もブロック経済の実施とともに日本と似たような政策を実施。初動こそ遅れたものの、現在では(日本が推薦した)大蔵大臣顧問ジョン・メイナード・ケインズの尽力もあってすっかり恐慌の影響から脱している。
こうして日本が主導し、その友好国が追従した積極財政政策によって、立憲君主諸国の経済が早急に立ち直ったことが、日英墺のスペイン内戦介入につながっていた。
「神の見えざる手を過信しすぎたし、国家の信用を過小評価しすぎた。そういうことなんじゃない?」
「まあ、今まで金の持つ価値をあがめていた人に『金に頼らなくても国家の信用だけで貨幣に価値は出る!』といきなり言ったところで、信じてくれるわけもないもんね」
それでも4年間無為無策だったのは、やっぱり頭が固すぎると、耀子は内心で嘲る。
「それで、我が国に何か影響があるのかな?」
「とりあえずここで言える話だと、アメリカが中国大陸でのパートナーを清から中華民国に切り替える可能性があるね」
「おや? それはどうして?」
そもそもなぜ清が今まで生き残っていたのかと言うと、日本が日露戦争で満州鉄道の利権をアメリカに譲り渡したため、辛亥革命時にアメリカが清を保護下において延命させたからだ。その清をなぜいまさらになって見捨てることになるのだろうか。
「フランクリンの母方のデラノ家が、アヘン貿易で富を築いた家なんだって。特に上海以南の中国と関係が深いから、満州とはそんなに縁がないみたい」
「単純に中華民国の方が市場として大きいからかと思ったけど、そういうこと?」
「それももちろんあるんじゃない? チベットと清の2か国の圧力があって、その背後には日本がいる。そうした団結しやすい環境のおかげか、今の中華民国は少なくとも表向きは軍閥が存在していないことになっているから」
対外的には中華民国を名乗っているものの、史実のこのころの中国は山西や西北、雲南、広西と言った軍閥が割拠していたのが実態であった。
ところが、この世界線では異民族であるチベットが日英の支援によって豊富な鉱物資源を手にし、それを原資として強力な陸空軍を作り上げている。さらに、アメリカ軍が常駐し、その訓練を受けている清も健在であるため、東西に脅威を抱えた中国諸軍閥は史実日中戦争のころのように蒋介石のもとに集結し、史実より手ごわい国に成長していた。
「そうなると、清を支援していて、結構な富裕層が清の利権に食い込んでいる我が国との関係は……」
「悪化しそうだよね。民主党、支持を集めるために黄禍論をばらまいてたし」
そう言って耀子はため息をつく。まだ決まったわけではないが、やはりアメリカとは雌雄を決さなければいけないのかと思うと、気が重い。
「中華民国とアメリカが急速に接近し、1つの中国を目指して様々な矛盾を棚上げしながらまい進する世界か……」
「ね、ろくでもない感じがするでしょ?」
耀子が同意を求めると、芳麿もうんざりしてそうな表情でうなずいた。
「統一がなされたとして、各地方の利害調整とか、急速に力をつけてきた共産党をどう処遇するかとか、あとから問題が噴出しそうだなあ」
「そして難民が我が国めがけてなだれ込んでくると」
「うわあ迷惑」
そんな会話をしていると、もう出勤の時間がやってくる。
「母さん、登校前チェックリスト完了しました」
「完了しました」
「しましたー」
子供三人が、登校前に持ち物などを確認するチェックリストの完了を告げてくる。つまり、学校まで送れと催促しているのだ。
「はいはい。じゃあウィズキッドに乗ってね。お父さんもバイクで転ばないでね」
「ありがとう。いってらっしゃい」
そう言って母親は子供3人を連れて家を出る。この日常が崩れる日が、そう遠くないうちに来るように予感しながら。
まだどう畳むか決めてないんですが、とりあえず話を畳みに行けるように布石を打っておきます。
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