試製重戦闘車
スペイン内戦が始まって以降、陸軍技術本部は戦訓の分析と、その新兵器への適用に大忙しとなっていた。
「ついに75mm野戦両用砲が通用しない敵が現れたか……」
陸軍技術本部第5部長鷹司信煕少将も、設計課長原乙未生大佐も、皆一様に頭を悩ませている。この前スペインで出現したフランスの重戦車には、長いこと対戦車火力の主力を張っていた八年式七糎野戦両用砲や、その戦車砲型である十二年式車載砲の徹甲弾が貫通しないからだ。
「とりあえず、穿甲榴弾は有効であったというのが救いですね」
「徹甲弾より貫通力があり、しかも遠距離ではそれが増大するという利点は、今回の一件で乗員から高く評価されていました」
九四式穿甲榴弾にはスリップリングがついており、施条砲から発射されてもあまり旋転しないようになっている。とはいえ多少は回ってしまうのが、ある程度飛翔することで収まり、弾速が減衰してスタンドオフが適切にとれるようになることが知られていた。このため。100mくらいの近距離よりも、500m以遠の中遠距離の方が高い貫通力を発揮するのである。
「相変わらず『当てても相手が死なない』という苦情は寄せられてるがな」
とはいえ、HEAT弾は決して万能の弾頭ではない。貫通しても加害範囲が狭く、中の乗員や装備が生き残ってしまう可能性が徹甲弾より高く、旋転安定ではないため風に流されやすい。そもそも高初速で打ち出せないため命中精度でも徹甲弾には劣っていると言わざるを得ないだろう。
「側面からだと貫通できないことがあったという報告もありますしね」
また、高い貫通力を発揮できる距離が狭く、空間装甲が挟まると額面通りの貫通力を発揮できない弱点もあるため、先述した加害範囲の狭さと併せて「いまいち信用ならない弾頭」というのが正直なところであった。
「つまり、このまま穿甲榴弾と75mm砲に頼るのは心もとなく、105mm砲の開発を加速した方が良いということだな」
「はい。スペイン内戦に送り出した新型砲塔は、仏重戦車の90mm砲の直撃にも耐えたとのこと。もう少し補強は必要ですが、大きな設計変更は必要なさそうですね」
搭載砲のわりに大きい砲塔は、居住性や装甲の強化のためではなく、より大きな主砲を搭載するための物だったのである。主砲の開発が間に合わなかったため、砲塔のみの換装で送り出したが、どうやら乗員の命を守ってくれたようだった。
「一方、車体の方は案の定射貫されたとのことで、装甲と発動機の強化は避けられないと思われます」
「そうなると、車体の設計はもう寿命とみてよさそうだな。いよいよあいつを引っ張り出す時が来たか……」
そういうと信煕は、日本産業に電話をかけるため席を外すのだった。
1週間後、鮎川は部下を連れて、自ら陸軍技術本部を訪れていた。
「あれ、耀子さんじゃないですか」
「ああ鮎川さん、ご無沙汰しております」
すると、中で軍人ではないはずの──でもここで見かけることは特段不思議ではない──山階耀子に遭遇する。
「今日はどういった用事で?」
「実は、御社の重戦闘車プロジェクトについて『お前がそそのかしたんだからちゃんと面倒を見ろ』と兄に言われまして……」
「なるほど、それは心強いですなあ」
「いやいやそんなこと」
このままここで立ち話していてもしょうがないので、信煕達の待つ会議室へと向かった。
「……ということで、日本産業殿が提案していた重戦闘車を、採用を前提に開発していくことになったため、ご助力を賜りたい」
「いえいえこちらこそ、願ってもないことです」
陸軍はこれまでの経緯を説明し、重戦車開発を進めるため、日本産業に改めて設計を依頼した。
日本産業 試製重戦闘車
車体長5.5m
全幅2.6m
全高2.5m
戦闘重量:20.0t
乗員数:5名(運転手、車長兼無線手、砲手、装填手×2)
主砲:十年式十二糎加農砲
口径:120mm
砲身長:5.4m(45口径)
砲口初速:825m/s
貫通力:248mm@100m(九一式徹甲弾)
装甲
砲塔正面:105mm
砲塔側面:40mm
砲塔天蓋:25mm
砲塔背面:40mm
車体正面
上部:75mm20°
下部:90mm50°
車体側面:40mm90°
車体背面:13mm90°
車体上面:25mm
車体下面:25mm
エンジン:帝国人造繊維"C099B" 強制ループ掃気2ストローク強制空冷水平対向8気筒
最高出力:326hp/2600rpm
最大トルク:100.0kgm/1600rpm
最高速度:38km/h
「……山階さん、何か言いたいことがありそうだな」
「そうですね。重戦闘車の開発には賛成なのですが、少し、要目を変更する必要があると思いまして」
そういうと耀子は、要目のどこを変更すべきか説明を始めた。




