鴨
この度は更新が滞ってしまって誠に申し訳ありません。
本業の方で短期決戦型のデスマーチがあり、2月中は平日の更新ができない気がします。
ご了承願います。
書籍版の方ですが、本日仙台の駅ナカの書店で店頭に並んでいることを確認できました。
何度かお伝えしておりますが、ライトノベルの棚ではなく、文芸文庫の棚に入っているはずです。
見つからない方はそちらをお探しいただくか、通販サイトでのご購入をお願いします。
活動報告のほうもご覧ください。よろしくお願いします。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1980903/blogkey/3068396/
「なんか最近、奈良原さん席に居ないことが多いですね。前は決裁書類を片付けていることが多かったのに」
帝国人繊の旅客・輸送機「河原鳩」のワイドボディ仕様設計作業中、不意に堀越二郎がそんなことを言った。三菱が帝国人繊と航空分野での直接対決を避け、造船に注力した結果、堀越は帝国人繊からラブコールを受けてここで働くことになったのである。なお、同期の土井武夫は史実通り川崎に入社したため、今は空技廠設計機の受託生産に甘んじている同社も、そろそろ自社設計機を出してくるようになるだろう。
「ああ、奈良原さんなら今基礎研究の方に駆り出されてるんだよ」
堀越の上司に当たる伊藤音次郎が事情を答えた。
「基礎研究? 部長級なのに?」
「奈良原さんとしては、書類仕事が性に合ってないというのが1つ。それから、昔みたいに挑戦的な機体を設計したいというのがもう1つ、というところみたいだ」
後進が育ち、耀子も少しずつ経営側に軸足を移したい都合上、奈良原のような古参もまた、徐々に上の階級に昇進させられ、実務よりも管理業務の方が多くなってきている。とはいえ、彼はまだまだ、技術者でありたいらしかった。
「……なるほど、なかなかやりますね。我々下っ端としては、決裁が進まないんで手放しで歓迎はできないんですが」
様々な理由により、ある程度以上重要な書類は課長や部長と言った役職者の決裁が必要となる。特に部長の場合、機体設計以外にも航空系の部署全てから書類が回ってくるから、部長以上の役職者はまず書類仕事だけで結構な勤務時間を持っていかれるのだ。それを片付けたうえで、配下部署のいろんな打ち合わせに参加するので……そんなところに実務まで押し込んだら、一日が24時間だと足りないのである。
「そうだねえ……ただ、どうも耀子さん肝煎りの案件らしくて、そうおろそかにはできないみたいだよ」
「ああそういうことですか……まあ、あの人はちゃんと技術がわかってるだけ、よその似たような事例と比べたら大分マシなんですかね」
社長直々に命令された案件と聞いて、堀越はすこしだけ奈良原に憐れむ。
「だと思うよ。無茶を言うことはあっても、無理は後でひっこめるからね、あの人」
「言わないわけじゃないんですね」
「其処はほら、耀子さんも人間だから、間違えることもあるって話よ」
「ははは……」
巻き込まれる方はたまったもんじゃないんだがな、と堀越は苦笑した。
「くしゅん! ……これは誰かに噂されているくしゃみ……!」
「わかるんか?」
「いいえ」
おなじころ、その奈良原は耀子と一緒に試験飛行場である試験機を眺めていた。
帝国人造繊維 先尾翼試験機
機体構造:低翼単葉、先尾翼式
胴体:エポキシ樹脂系GFRPフレーム羽布張
翼:エポキシ系GFRP主桁/66ナイロン系GFRP外皮セミモノコック
フラップ:なし
乗員:1
全長:10.0 m
翼幅:10.0 m
乾燥重量:400 kg
全備重量:640 kg
動力:帝国人造繊維 "A040C" 強制ループ掃気2ストローク空冷水平対向4気筒 120ps
最大速度:200 km/h
航続距離:800 km
実用上昇限度: 6000 m
「これで飛ぶのか……」
水平尾翼が機首にあり、逆にプロペラと主翼が尾部にある機体を見て、テストパイロットの佐藤章は何とも言えない表情をする。
「計算上は飛びます。見た目以外は手堅い技術でまとめてますので、大丈夫です」
「佐藤君、世界で初めて空を飛んだ有人飛行機は、こいつみたいに水平尾翼が前についてたんだぞ」
それに対して耀子と奈良原が、反論だか気休めだかわからないことを言った。
「まあ、こういうなんだかよくわからないものを飛ばすのがテストパイロットの務めですので、そこは割り切りますけど……」
「其処は本当に申し訳ないです。本当はもっと胸を張って安全だと言いたいところなんですが」
もう何度思ったかわからないが、前世でお世話になったコンピューターシミュレーション技術があれば、より試作前の検討をしっかり進めることができたろうにと、耀子は考えずにはいられない。まだトランジスタすら研究中で、真空管も発展途上なこの世界では、電子コンピューターなんて夢のまた夢だ。それでも、夢をカタチにするために、東北大学や東京電気といった面々へチョクラルスキー法やドーピングの概念を伝えて、シリコントランジスタの実用化を促進しようとはしている。
「そのうちすさまじい性能の計算機が発明されて、試作機を作らなくても設計した機体の性能がわかるようになる……時々耀子さんそんなこと言うけど、さすがにそりゃ無理じゃねえか?」
「少なくとも奈良原さんが生きているうちは無理だと思いますが、私が死ぬ直前くらいにはもしかしたら行けるかも……いけたらいいなーなんて思っています」
死ぬ前にせめて家庭用ゲーム機が一般化しててほしいなあ、くらいの思いで耀子が言った。
「おいおいあと30年はあるじゃねーか。それだけの年月を用意されたら何でもできるぜ?」
「でも私が生まれてから30年くらいたってますけど、今だに日本人はかぐや姫を連れ戻せていないじゃないですか。ねえ、Mr.ゴダード」
『え、えっと、何の話……』
突如話題を振られたゴダードが困惑する。
『奈良原さんは、30年あれば何でもできると言いました。なので私は、自分が生まれてから30年たちましたが、いまだに人類は月に到達していませんと言いました』
『あ、ああ、確かに、そうですね……』
『なので、ゴダードさんにはロケット開発を頑張っていただいて、誰かを宇宙に連れて行ってください。あの機体の緊急脱出装置は、そのための第一……二歩くらいです』
『アッハイ』
耀子が言ったように、今から佐藤が乗ろうとしている先尾翼試験機には、ゴダード率いる飛翔体課が試作した射出座席が搭載されていた。コクピットより後ろにプロペラがあると、パイロットが脱出時に巻き込まれてしまうため、パイロットを座席ごと遠くへ放り出してやる必要があったのである。
「というわけなので章さん、一発よろしくお願いします」
「……まあ、やれるだけのことはしていただいたということで。わかりました。しばらくこいつと、先尾翼機について対話してみることにします」
先尾翼機の操縦特性は、一般的な機体と比べてピッチ方向が敏感であることはわかっている。とはいえ、それが具体的にどのレベルなのかとか、他に支障をきたしている機能はないかとか、そういったことが徹底的に調べられていった。こうした地道な積み上げが、やがてこの世界における堀越二郎の最高傑作機の開発へとつながっていくのである。
堀越二郎の設計した震電……素晴らしい響きですよね。
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