戦略爆撃論
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チベットからの帰国後、耀子は帝国人繊本社にて、山階宮武彦王の訪問を受けていた。
「最近御社は重爆撃機対策に熱心に取り組んでいると手紙にあったから、今日は直接状況を聞きに来た」
「承知いたしました。念のため確認ですが爆撃機対策の必要性はもうご存じですよね?」
「ドゥーエの『制空』だろう? あれが列強の空軍に受け入れられているから、次の戦争は都市を焼き合うものになるのではないか、ということだな」
史実の1921年には、イタリアの将軍ジュリオ・ドゥーエから「爆撃機によって敵国の都市を爆撃し、国民の士気を直接攻撃することで、相手の戦争継続意志をくじく」ことが提唱された。戦略爆撃、特に無差別爆撃の概念である。
「そうですね。戦略爆撃ならまだしも、一般市民を標的とした爆撃なんて憂さ晴らしにしかならない下卑た行為なんですが。……戦争中でも上品にふるまえる人って稀少なんですよね。味方も含めて」
耀子はそう放言してはばからなかったが、これは別に今はまだアメリカ軍の一戦闘機乗りでしかないカーチス・ルメイを死ぬほど嫌いだからだけではない。一般民衆というのは割と好戦的で執念深く、自分やその周りの人間が敵国に加害されると、復讐心のおかげで戦意が減退する可能性は低いのである。生物ではない工場設備やインフラストラクチャーに士気はないので、これらを標的にした爆撃はある程度の効果があるものの、単に敵国民を焼いたところでせいぜい人的資源を消耗させるくらいの意味しかないのだ。
「まあそもそも、今の航空機では都市を焼き払おうとすると相当な機数がいるわけだが……」
自身も北九州防空戦に参加した武彦が言う。ロシア戦争序盤で朝鮮半島から八幡製鉄所を目標に出撃していたのは、ロシアのTB-1爆撃機であった。史実の同名の機体とよく似ているが、エンジンがリバティL-12のライセンス生産品に過給機をつけた物に変わっているなど、微妙な差異がある。
ツポレフ TB-1
機体構造:低翼単葉、固定脚
胴体:ジュラルミン波板セミモノコック
翼:テーパー翼、ジュラルミンセミモノコック
フラップ:スプリットフラップ
乗員:6
全長:18.0 m
翼幅:28.7 m
乾燥重量:4600 kg
全備重量:6800 kg
動力
ミクーリン M-5N SOHC2バルブ強制吸気4ストローク液冷45°V型12気筒 ×2
離昇出力:680hp
公称出力:500hp
最大速度:180 km/h
航続距離:1000 km
実用上昇限度:6000 m
武装:DA機関銃(旋回)×6
爆装:1000kg
「それはロシアの航空産業が未熟だっただけですよ。もっと技術が進んでいるアメリカでは、同じ爆弾搭載量の機体が倍の速度で飛んできますし、ロシアも速度は据え置きの代わりに2倍の爆弾を降らせてくる戦略爆撃機を開発しています。この手の爆撃機は『大国のおもちゃ』としてどんどん進化していき、最終的には10t爆弾を搭載できるものまで出現するはずです」
アメリカのB-10はほぼ1年前倒しで開発が開始され、今年中には正式採用される見通しである。ロシアのTB-3は国力が壊滅しているロシアが身の丈を考えずに開発している節があり、きちんと量産されるかは不透明だ。
グレン・L・マーティン B-10
機体構造:低翼単葉、引き込み脚
胴体:ジュラルミンセミモノコック
翼:テーパー翼、ジュラルミンセミモノコック
フラップ:スプリットフラップ
乗員:4
全長:13.6 m
翼幅:21.6 m
乾燥重量:5400 kg
全備重量:7700 kg
動力
ライト R-1820 OHV2バルブ強制吸気4ストローク空冷星型単列9気筒 ×2
離昇出力:800hp
公称出力:710hp
最大速度:350 km/h
航続距離:2000 km
実用上昇限度:7500 m
武装:ブローニングAN/M2(旋回)×3
爆装:1050kg
ツポレフ TB-3
機体構造:低翼単葉、引き込み脚
胴体:ジュラルミンセミモノコック
翼:テーパー翼、ジュラルミンセミモノコック
フラップ:スプリットフラップ
乗員:8
全長:24.4 m
翼幅:39.5 m
乾燥重量:10200 kg
全備重量:17200 kg
動力
ミクーリン AM-32N SOHC2バルブ強制吸気4ストローク水冷45°V型12気筒 ×4
離昇出力:750hp
公称出力:670hp
最大速度:205 km/h
航続距離:1500 km
実用上昇限度:3800 m
武装:DA機関銃(旋回)×6
爆装:2000kg
「……まあ、それもそうか。いけないな、戦場に出れば机上からはわからないことがわかると思ってたんだが、逆に実体験に思考が引っ張られるようになってしまった」
「現場を知らないのは問題ですが、現場一辺倒もまたよくないんでしょうね」
「で、こいつらを叩き落とすために、八試双発戦闘機を作っているらしいが、耀子さんの事だ、何か他にも自主開発しているんだろう?」
期待感に満ちた目をしながら、武彦が耀子に言う。
「その通りでございます殿下。景気の良い今のうちにやっておかないと、色々間に合いませんからね」
「ん? 景気の良いうちに? この先景気が悪くなるのか? いや、好景気も不景気も、一定周期で繰り返すものではあると聞くが」
景気循環論はちょうど1920年代から言われ始めた概念だ。とはいえ、転生者である耀子が「この先不景気になる」と発言することは、また違う意味になる。
「状況が似てきているんですよ。世界的な大不況が発生する直前の状況に」
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