天才児
前回述べた通り、帝国人繊が世に送り出そうとする大衆車「LC11S」の一次試作車は、30kg以上の減量が必要であった。勿論、蒔田が言った通り、駄肉をそぎ落としての軽量化も行われたが、まだ起きていない金型が多数あったこともあり、構造的な見直しを行われている。
「この部品はここよりこっちで固定したほうがいいな。こいつがここに動くとこれもこっちでまとめられるから、これでいくら軽くなるかっていうと……」
俊三らが担当しているのは、ボディに組み付く部品の固定位置の改良である。設計試作車の時はレイアウトを成立させることを重視して車体のあちこちに部品を固定していた。
「こいつらもあわせて……よし、500g軽くなったぞ!」
これを整理し、できるかぎり剛性の高い一か所にまとめることで、固定部品の数を削減し、組み付く部品1つ当たりの重量も低減させたのである。
「これもうちょっとこう……曲げられますかね」
「できるか?」
「うーん……なんとか……」
一方蒔田は生産技術部と折衝し、できる限り各骨格が滑らかにつながるように調整を重ねた。荷重の伝達経路上に大きく屈曲している部分があると、そこに応力が集中してしまうため板厚を上げざるを得なくなり、重量増加につながってしまう。あわせて、サイドシルやセンタートンネルなどを拡大し、スポット溶接の打点を増やすことで、板厚が減少した分の剛性や強度の低下を補うようにした。
「というわけで、うちの車向けのトーションバーを開発してもらえませんかね。もう一度言いますが、データの類はすべて持っていって構わないので……」
「おまえさあ……」
そして耀子は何をしていたのかというと、陸軍が戦車用にトーションバーの研究を始めていたことを思い出し、陸軍技術本部に押しかけている。
「小型軽量な車とはいえ、世界各国様々な道路環境で酷使される大衆車ですよ?数が売れますから、ここで試作車を走らせるより圧倒的な数のサンプルが瞬く間に手に入るはずです」
設計試作車のサスペンションには板バネとコイルバネが使われていた。しかし、スペースを捻出したり、軽量化の必要があったりしたため、彼女はスバル360よろしくサスペンションをトーションバーに変更することを思いついたのである。
「よくもまあそういう突拍子もないことを思いつくもんだな」
「軍はいつも民間の技術を転用して兵器を作るじゃないですか。私もそうしてきましたし。だったら逆があってもいいと思うんですよ」
しかし、トーションバーの開発は難易度が高く、史実のスバル360も苦労していたことを耀子は知っていた。そこで彼女は開発費を浮かすため、陸軍にトーションバーを開発させることを企てたのである。当然、陸軍側にも利があるように、開発過程や市場から得られたデータは帝国人繊が取得したものも含めてすべて陸軍に無償提供する。
「はあ……わかった。今回は俺の負けってことにしておこう。上に掛け合ってみる」
「やったあ信煕お兄様だいすき」
「さすがにそろそろそういうのはきつくないか?」
「きついところまで含めての冗談なんですよ、言わせないでください恥ずかしい」
そうした各々の努力と、ついでにドアとフロントフェンダー、ボンネット外板の樹脂化もあり、出来上がった二次試作車は、目標通り40kgの減量を成し遂げることができた。
帝国人造繊維 LC11S "ウィズキッド"
乗車定員:4名
車体構造:鋼製モノコック
ボディタイプ:3ドアファストバックセダン
エンジン:帝国人造繊維"B005C" ユニフロー強制掃気2ストローク水冷単気筒直打OHC
駆動方式:RR
変速機:前進5速後退1速 フルシンクロ
1速:3.182
2速:2.334
3速:1.652
4速:1.238
5速:0.840
後退:2.727
最終:5.183
サスペンション
前:ダブルウィッシュボーン縦置きトーションバー独立懸架
後:セミトレーリングアーム横置きトーションバー独立懸架
全長:3290mm
全幅:1290mm
全高:1260mm
ホイールベース:2100mm
車両重量:490kg
ブレーキ 前:ツーリーディング 後:リーディング・トレーリング
「正直に言っていい?控えめに言って最高」
もちろん、耀子の知る21世紀の車とは大きな性能差がある。それでも、これだけ優秀な車両ならば、100年後の交通事情にも何とかついていけるだろう。見た目の可愛さもあって、彼女は限界オタクと化していた。
「まだ走行テストしてないですよ。喜ぶのはそれを全部通ってからの方がいいのでは」
「それはそうだけど、今この車がここに存在してるって事実がもう尊いの」
「はあ……」
耀子は普段から感情の動きが激しい方ではあるのだが、こういう反応を見せたことはほとんどなかったため、従業員たちは引いている。
「後はテストドライブチームの走行テスト次第だな」
「エンジンは良いとして、他がどうなるか……」
B系エンジンは二気筒モデルがジムニーに、単気筒モデルがGT500シリーズに使用されているため、だいぶ熟成が進んでいる。なのでここが問題を起こすことはあまりないだろうが、それ以外はどうなるかわからない、ということだ。
そう、例えばトーションバーとか。
「折れてますなあ」
「折れてますねえ」
それからというもの、陸軍技術本部には、へし折れたトーションバーが不定期に届くようになった。当然、実走耐久試験で壊れたものである。
「戦闘車どころかその主砲1門分もなさそうな自動車だったらさすがに、と思ってましたが甘かったようですね」
「民間も馬鹿にしたもんじゃないんですよ。不良率で言ったら一厘もない不具合でも、それを引き当ててしまったお客様には10割ですからね。市場不具合には気を使うんです……まあそんなことより、これをどう対策するかですよ」
マウント取りもそこそこに、耀子は原に話を振った。
「んー……そんなぱっと出てくるものでは……」
「それじゃあ状況を整理しましょうか。このトーションバー、どうやって作ったんです?」
「とりあえずこのロットの物は……強度要求を満たせる鉄の丸棒を買ってきて、必要な後加工と高周波焼き入れ焼き戻しを行ったものですね」
原は最初の試作品に適用するものとしては妥当そうな製法を説明した。
「まあ比較的まっとうですが……」
「市販の棒材というのは、雑に言えば鋳造品みたいなもんですからね。もう少し質の良い物でやらないとダメなのかもしれません」
「鍛造とかですか?まさか削り出しとか言わないですよね?」
原はため息をつき、耀子はコスト面を心配する。
「それをこれから検討するんですよ。お話を頂いてから二次設計試作車の完成期日まで時間がなかったんで」
「正直すまんかった」
完成を急ぐあまり、後からの参入となった陸軍に対して無茶なスケジュールを組んでしまったことを反省する耀子であった。
21世紀のシャシーづくりを、できる範囲で20世紀前半の車体に適用する暴挙。
ちなみに「Whizkid」はもともとSS20セルボの英国仕様につけられていた名前です。軽自動車の車体に1リッターエンジンが乗っていたので、すごく速かったらしいですよ。




