#99 探索
「……さようですか。私が寝ている間に、そのようなことが」
「そうだ。私も驚いている。が、上手くいけば陛下にも直接、訴えることができるかもしれぬ。そうなれば、死んでいった30人にも顔向けできよう」
「申し訳ありませぬ。私が動けたなら……」
「テイヨ、今はけがの治療に専念せよ。あとは、私に任せよ」
テイヨが目覚めたと聞いて、私は再び医務室に戻る。そこでテイヨに、これまでの話をする。
この車椅子というのは便利なもので、自分の意思で動かすことができる。わざわざフタバに押してもらわずとも、肘掛けにある丸いものを右手で握り、行きたい方角を思い浮かべれば動くようになっている。初めはその不可思議な動きに戸惑ったが、すぐに慣れた。
だが、いつまでもこのようなものに頼ってはおれぬ。自力で立ち上がれるようにならねば。
医務室を出て、エレベーターとやらに向かう。これは、この駆逐艦の中を上下に移動できる乗り物で、これを使ってある場所へと向かう。
奇妙な腕が、せっせと働く部屋を横切る。あれは「洗濯」をしているらしいが、それを人手ではなく、ロボットというものにやらせているらしい。
初めて見た時は、てっきり新たな魔物かと思い構えたが、今ではもう慣れてしまった。
そしてその洗濯部屋を抜けると、目的の場所にたどり着く。
「あ、リーちゃんが来た!」
フタバのこの馴れ馴れしさにも慣れてきたな。レティシアも一緒だ。私は車椅子を進める。
「おう、どうだ、体調の方はよ?」
「上々だ。この点滴とやらが外せれば、歩くこともできると言われている」
「よかったな、たいした怪我じゃなくてよ」
レティシアは笑いながら、目の前の皿に置かれたピザを取り、食らいつく。それを見た私は、思わず喉の奥から何かが込み上げてくるのを感じる。
「それ、美味そうだな……私も何か、取ってくるか」
「おう、好きなもん選べ!」
目覚めてから2日。すでに私はこの食堂で、様々なものを知る。ここにあるのは、チーズケーキだけではなかった。地球001という星には、私の知らぬ食べ物が豊富にある。
ピザやフライドポテトのような、まるで軍用食のように手軽に食べられるものから、ハンバーグやパスタ、それにロールキャベツやコロッケといった、やや手の込んだ料理まで様々だ。
それら全てが、格別に美味い。私はすっかり、ここの料理の虜だ。天国ですら、このような食べ物は食べられぬであろうと思うほどだ。
にしても、全ての食べ物が美味そうだというわけではない。
カテリーナという、無口な娘がよく食べている、あの豆料理だけは私は受け入れがたい。どう見てもあれは、腐った豆だ。そんなものを蒸した白い穀類の上にかけて、頬を撫でながら食べている。
一方、ザハラーと申す娘がよく食べているのは、鳥料理だ。羽根のあたりをむしって調理したもののようだが、今日はラーメンと呼ばれるものを食べている。
うん、あれならば私でもいけそうだな。ちなみに、ダニエラはタナベという男と、このラーメンなるものをよく食べている。
「ところでフタバよ、そなた、まだ皇都へ行かぬのか?」
「もう行っちゃってもいいんだけどさ、司令部が今、あそこの地図を作成して、訪問計画なるものを作ってるんだってさ。そのおかげで、待ちぼうけ食らってるの」
「そうか、慎重だな」
「でしょう?接触なんて、出たとこ勝負なとこあるじゃない。計画なんて練ってもねぇ、どこまで役に立つのやら……」
「そんだけフタバのことが心配なんだよ、カズキは。まあ、もうしばらく待ってやれよ」
「レティちゃんは、カズキに甘いんだよ!あの馬鹿兄貴が、そこまで考えてるわけないじゃないの!」
「そうかぁ?ああ見えてもカズキのやつ、よく考えているぜ」
あのヤブミ殿と、この2人の関係も分かってきた。フタバはヤブミ殿の妹であり、そしてレティシアはヤブミ殿の妻だという。
だが、ヤブミ殿は軍の指揮官を任されるほどであるから、それなりの身分のはず。その妻や妹がかように下品なのは、いかがなものであろうか。
「そういやあ、バルサムのやつ、どうしたんだ?」
「ああ、バル君なら今、部屋で寝てるよ」
「おいフタバ、バルサムのことはすっかり把握済みか。熱々だなぁ。」
「そそそ、そんなことないわよ!」
「じゃあどうして部屋にいることを知ってるんだ?」
「そりゃあ近頃は同じ部屋で……いや、どうでもいいでしょう、そんなこと!」
「よかあねえよ。近々、義理の弟になるんだからよ」
「もうレティちゃんたら、何考えてるのよ!気が早すぎよ!」
にしても、ちょっとこの船にいる女は皆、図々しすぎやしないか?軍の指揮官にタメ口だし、男を侮辱しすぎではないか?
「あらあら、どうしたのですか?まーたゴキブリ退治剤の話でもしてるんですかぁ?」
「やあマリちゃん、相変わらず毒舌が絶好調だねぇ。で、そういうマリちゃんの彼氏はどうなのよ?」
「いやぁん、デネット様との夜の営みのことを聞くだなんて、あまりにも恥ずかしすぎて嫌ですわぁ!」
「マリちゃんのそういうぶっ壊れたところ、あたいは好きだよ」
このマリカという女は、やたらと口が悪い。頭は良いらしいが、とにかく口が悪い。どうも他の連中とは馬が合わないようだ。ただ一人、デネットという男を除けば、だが。
「もう大丈夫でしょう」
食事を終えて、私は診察のため、再び医務室へと向かう。そこでようやく私の腕から、点滴が取れた。
で、車椅子から立ち上がる。ややフラつきはあるものの、ようやく自分の力で立ち上がることができるようになった。足の骨に少しヒビが入っていたようだが、あの点滴のおかげか、たったの2日ですっかり治ってしまった。
テイヨの怪我も、一週間程度で治るといっていた。まさに脅威の治療術だ。魔物との戦いで傷つく兵士は多いが、彼らの技を使えば、その多くが救われる。どうにかしてこの技を、我が皇国にも広めたいものだ。
そして自分の力で歩けるようになった私は、艦橋へと向かう。
「えっ!?剣を探したい?」
「そうだ」
「ですが、どのみちそれを拾ったところで、艦内には持ち込めず、主計科に預けることになるだけですよ?」
「構わぬ。あれは我が皇家に伝わる大事な剣ゆえに、どうしても取り戻したいのだ」
「……了解しました。それじゃあ、デネット大尉とドーソン大尉に、護衛を頼みましょう」
ここが私のいた、あの魔族の森だと聞いたので、剣がまだ落ちているに違いない。そう思った私は、剣の探索を願い出た。するとヤブミ殿は、私に護衛をつけると言う。
まあ、今の私は人質のようなものだからな。逃げられては困るのだろう。魔物も現れるかも知れぬし、護衛されるのはありがたい。ともかく、許可は得た。私は艦橋を出て、エレベーターに向かう。
エレベーターに乗り込む。一番下に、地上への出入り口があると聞いた。そこで私はまず一番下の階のボタンを押した。
だが、エレベーターは途中で止まる。扉が開くと、ぞろぞろと大勢が乗り込んできた。
この駆逐艦にいる女らと、デネットという男に、タナベ殿、ナイン殿もいる。
「お、ちょうどよかった。今から俺たちも手伝ってやろうと思ってたところなんだよ」
「手伝う?」
「決まってるだろう。剣を探すんだろう?大勢で探せば、すぐに見つかるぜ」
どうしてこやつらは、こうも私に協力的なのか?時々、不思議に思う。私を人質として考えるならば、どう考えても剣などない方が良い。そこまで考えが及ばないのだろうか?それとも、見た目通りのお人好しか?
そんな連中が乗り込んできたために、エレベーターは一気に人で溢れかえる。ようやく車椅子から解放されたばかりの私の身体は、壁際に押し込まれる。
「さあ、着いた!それじゃ行こうか!」
なぜかやる気に満ち溢れたフタバが、一同を引き連れて出入り口へと向かう。その後ろをレティシアやマリカ、それにグエンやカテリーナ、ザハラーと続く。その後ろに男共がついていく。
「ちょっと待って!今、準備しているから!」
と、男共はなにやら、出入り口付近にいる警備の兵から、何かを受け取っている。それは手の平ほどの大きさのもの。金槌かと思ったが、それにしては、歪な形をしている。
「なんだ、それは?」
「ああ、これですか。護身用の銃ですよ」
「銃!?これが、銃だと申すか!?」
「そうですよ。まあ、話に聞くサイクロプス程度なら、これで仕留められますよ」
あまりに短く、そして簡素な形であるため、それが銃だとはとても信じられない。彼らにとってはごく普通のもののようだ。
しかし、どこに火薬を詰める?火縄がついていないようだが、本当に撃てるのか?どうにも信じがたい。
その怪しげな銃に疑念を抱きつつも、私は出入り口を出た。




