#82 転進
レーダーが捉えた敵の艦隊位置を見て、僕は唖然とする。
確かこの辺りには、2万の艦隊がひしめいていたはずだ。それがどういうわけか、遠く80万キロ先にいる。
要塞周辺は、もぬけの殻だ。目前には、あの大型要塞がぽつんと取り残されている。
まさに千載一遇のチャンス。僕は全艦に命じる。
「少佐、全艦に伝達! 戦隊長艦、特殊戦用意! 他の艦艇は要塞に向けて、一斉砲撃を開始せよ、と!」
「了解、全艦に伝達します!」
だが一体、カンピオーニ大佐はどうやって2万もの敵を誘き寄せられたのか。たった100隻でこれは、予想以上の囮っぷりだ。おかげでこちら側は、躊躇なく作戦を進められる。
「特殊戦、用意!」
この艦でも、オオシマ艦長の号令で、特殊砲撃の指示が出される。すぐさま、機関室から返信が来る。
『機関室より艦橋! 特殊砲回路接続! 特殊砲撃準備、完了!』
「よし、特殊砲、装填開始!」
『ヒャッハー! そのまま右だ! 全艦、面舵30度!』
……あれ、なんだ今のは?どこかで聞いたような声が聞こえてきたが、特殊戦とは明らかに無関係な叫び声だ。
「提督! 申し訳ありません! 外部の通信が、混線しました!」
「外部? 外部って、どこの通信だ?」
「はっ、あれはカンピオーニ隊からの通信です!」
なんだと、カンピオーニ隊?言われてみれば、今の声は確か、カンピオーニ大佐の声だった。普段は飄々とした、捉えどころのない話口調だからまさかとは思ったが、やはりあれは、カンピオーニ大佐だったのか。
『おい、野郎ども! 連盟の奴らが慌てふためいてやがるぜ! そのまま一気に、ど真ん中に突っ込んでやろうぜ!』
ナゴヤというところは、手動運転車のハンドルを握らせると、途端に荒っぽい運転をする人々が多いことで有名だ。俗に「ナゴヤ走り」などと言われているが、あれと似たような事が今、カンピオーニ隊に起きているのではあるまいか。
艦隊を握らせたら、やばい奴だったということか。星域図で艦隊位置を確認すると、敵の2万隻の多くは、カンピオーニ隊が暴れ回る宙域に集中している。
敵を引きつけることには成功したが、だが、あれで本当に大丈夫なのか……ともかく、せっかくできたチャンスだ、我々は粛々と、要塞に向けて攻撃を行うだけだ。
だが、全ての艦艇がカンピオーニ隊に引き寄せられたわけではない。前方に600隻、距離にして45万キロのところに、守備隊らしき艦影を確認する。そして、それ以上のものが、姿を現す。
「敵要塞にて、高エネルギー反応!」
「おそらく要塞砲だな。予想装填時間は?」
「約5分! しかし、我々よりも長射程です!」
「ならばその前に破壊するだけのこと。特殊砲艦、目標、敵の要塞砲!」
「了解! 特殊砲撃目標、敵要塞砲!」
「敵艦隊600、まもなく45万キロ!」
「通常砲艦、砲撃戦開始!」
青白いビームが、漆黒の宇宙空間を横切る。400隻の内、この旗艦と特殊砲を搭載した戦隊長艦40隻を除く、359隻が接近する600隻に砲火を浴びせる。
敵はまだ射程外、だが、あと5分もすれば我々も敵の射程内に入る。その前にはあの要塞に致命的なダメージを与えなければ、我々の奇襲の意味がない。
40隻の艦の装填時間は1分半。長い1分半だが、それでもこの旗艦に比べたらまだ短い。今回はまったく動くことができない上に、駆逐艦よりも大きな目標。こういっては何だが、当てるには楽な目標だ。
「全特殊砲艦、装填完了!」
「よし、通常砲艦も目標を要塞砲に向けて、斉射! 撃てーっ!」
「全艦斉射、撃てーっ!」
僕の号令と共に、一斉に放たれる40本の特殊砲撃のビーム束。さらに359隻の艦からも、あの大型の施設に向けて放たれる。一方で、我が旗艦はまだ、装填中だ。
4秒間もの間、持続するビーム。それが全部で40本。さらに360隻ほどの通常砲撃を一心に受ける要塞。数百隻は撃沈可能な威力のビームが、ただ一点、あの要塞の高エネルギー発信源に向けて注がれる。これは、旗艦の出番はないかもしれないな。
そう思いつつ、僕はこの399隻の艦艇による戦果の確認報告を待つ。
だが、僅か10秒後、全く予想外の報告を、僕は受ける。
「て、敵要塞、健在! 要塞砲は充填を継続中!」
「な……なんだと!?」
馬鹿な。400隻ほどの艦艇の一点集中砲火だぞ。しかもそのうち40隻は、通常よりもはるかに威力のある特殊砲だ。それをすべて食らっておいて、健在だというのか?
だが、僕は光学観測のモニターを見て愕然とする。確かにあの真っ黒な大型球体は、ほぼそのままの姿を現す。多少、ダメージは受けたようだが、中央部で青白く光る大型の要塞砲は、何の影響も受けていないようだ。
考えてみれば、あの要塞にとってこの程度の集中砲火は想定済みだということか?1万隻もの艦艇からの攻撃を、あの要塞砲に向けて受けることくらいは十分想定されることだ。それを見越して、特に要塞砲を中心に強固なバリアシステムを築いていたようだ。
なんということだ、そんなものまで想定された要塞相手に、どうやってダメージを与えろというんだ?
「特殊砲装填完了まで、あと30秒!」
そうこうしているうちに、こちらの特殊砲もまもなく装填が完了する。だが、今このまま放ったところで、はじき返されるのがオチだろう。
要塞砲の装填時間は5分、こちらは3分。明らかにこちらが先に撃つこととなるが、これをはじき返されれば、我々は退避するよりほかはない。
どうするか……?
「特殊砲、装填完了!」
しかし、いつもとは逆に、思いの外早く、特殊砲の装填が完了してしまう。
前方には、要塞砲を装填し備える大型要塞に、我々を上回る600隻の艦隊。僕は陣形図を見て、考える。
40隻の特殊砲撃をほとんどはじき返したあの要塞を狙ったところで、たいしたダメージは与えられない。ならば、目の前に迫る600隻の艦艇を攻撃するか?
いや、それではこの奇襲の意味はない。あの600隻の半数を仕留めたところで、この宙域の支配権を左右する要塞が健在である以上、戦局は動かない。
だが、あの要塞もまったくノーダメージというわけではなさそうだ。見ればあの要塞砲の周囲には直撃を受け、破壊された場所もある。
完全防御というわけではないようだ。ならば、その隙を突いた砲撃を行えば……
「まもなく、敵艦隊の射程内です!」
「提督っ! 早く、砲撃指示を!」
ジラティワット少佐が、僕に砲撃を促す。僕は艦内放送のマイクをとる。
「カテリーナ兵曹長!」
だが、僕が放った一言目は、砲撃開始の合図ではない。それを聞いたジラティワット少佐の顔が、ややゆがむのが見える。
「貴官の勘に、全て委ねる! 目標のもっとも感じ入るところに、狙いを定めよ!」
考えてみれば、これはかなり無茶苦茶な指示だ。いや、曖昧過ぎて指示にもなっていない。カテリーナからの返事もない。だが、僕はカテリーナの勘に、全てを託す。
「特殊砲撃開始! 撃てーっ!」
『特殊砲撃、発射! 撃てーっ!』
砲撃長のヨウ少佐の復唱が響く。その直後、目の前の窓の外が真っ白に変わる。
ビリビリと響く床。反動で艦は後退し、慣性制御が切れた艦内でその衝撃をシート越しに受ける。しかし10秒間という短い時間、それは続く。
まるでスローモーションのように、その10秒は長く感じられる。いつもならば、装填までの時間が長く、砲撃後はあっという間に終わる。これまで経験した特殊砲撃と同じ時間を過ごしているというのに、この差は一体、なんだ?
だが、やがて目の前の光は消滅する。砲撃管制室から、砲撃が終わったことを知らせる報告が入る。
『砲撃管制室より艦橋! 特殊砲撃終了!』
『機関室より艦橋! 特殊砲撃回路切断を開始する!』
ぐずぐずしていたら、また異常発熱のおかげで回路の切断ができなくなり、通常運転に戻せなくなることがある。機関科も手慣れたものだ。
「弾着観測! どうなっている!?」
僕はすぐさま、あの砲撃の結果を尋ねる。だが、報告がない。代わりに、正面モニターに要塞の姿が映し出される。
その映像に、僕は愕然とした。そこに現れたのは、もはや要塞ではない。
大爆発を起こし、要塞の一部が四散している様子が見える。要塞砲は吹き飛び、その衝撃で周辺のブロックがえぐり取られたように破壊されている。
その要塞砲があったと思われる、えぐれた場所は真っ赤にただれており、まるで火山の火口のような様相だ。あの場に、いかなる生命体も存在しうるとは、到底思えない。
このあまりに変わり果てた大型要塞の姿を目の当たりにして、僕はしばらく言葉を失っていた。が、ジラティワット少佐の声で我に返る。
「提督!敵艦隊、さらに接近!」
モニターが要塞の画面から、再び陣形図に戻る。敵の艦隊が、まさに砲撃せんと迫っていた。
「全艦、後退しつつ砲撃! 作戦終了、これよりこの宙域を離脱する! カンピオーニ隊にも打電!」
「了解! 全艦、後退します!」
すでに通常運転に戻っていた我が旗艦は、スラスターを吹かしつつ後退する。艦隊の放つ幾重もの青白いビーム束が、前方の一点に延びる。
だが、敵の艦隊も後退を開始する。追撃に入るかと思いきや、どうやら要塞に向かうようだ。それを見た僕は、砲撃の中止を命じる。
「全艦、砲撃中止! 転舵、反転、しかる後に全速前進! 直ちに星間物質帯に突入する! カンピオーニ隊にも連絡、直ちに星間物質帯に突入し、戦線を離脱せよ、と!」
「はっ! 了解しました!」
おそらくあの600隻は、我々の追撃よりも、要塞の生き残りの救助を優先したのだろう。艦隊の大多数がこちらに向かいつつあるとはいえ、今一番あの要塞に近いのはこの600隻だ。その機に乗じて、我々も転進する。
「敵艦隊主力の内、1千隻がこちらに向かいつつあります!」
「全速前進だ! こちらの新型機関の足を活かし、振り切れ!」
「はっ!」
まあ、そういう指示をした途端、なぜかトラブルを起こすというのが、このポンコツ旗艦のお約束というやつだ。がくんと揺れる艦橋、フォーンという、トラブル時にのみ聞こえる唸り音。
『おらおらぁ!』
そして、レティシアのあの気合を入れる掛け声が、この艦橋内に響き渡る。
だが、さほど緊縛した状況にはない。敵が追撃してきたとはいえ、まだ遠い。大半の敵は、あの要塞救出に向かっている。
僕らとしても、これ以上の攻撃は無用だ。星間物質帯に紛れて、この宙域を離脱。それで、我々の勝利は確定する。
「……敵の艦隊は?」
「はっ、今のところ、追撃はありません」
「そうか。進路そのまま、両舷半速。白色矮星域、連合支配宙域に向かう」
「了解!」
それから30分ほど全力運転を続けた後に、我々は星間物質帯に突入、要塞のあった場所から反対側へと抜けて、我が艦隊は再び静かな宇宙空間へと戻る。
そしてそのまま第8艦隊は、帰還の途についた。




