#69 復習予習
「……ここだ。この時点で後退を始めてしまった。貴官の隊はここでもう少し、踏みとどまるべきではなかったのか?」
「それを言ったらお前の所属するワン隊だって、後退するのが早すぎただろう!」
プロキシマ・ケンタウリでの第4艦隊との戦闘を、エルナンデス大佐と共に先の模擬戦結果をシミュレーターで振り返る。互いに言い合っているが、こうしてみると、もう少しやりようがあったかと反省しきりだ。
そもそも、中央突破戦法の前に、敵を早く見つけ出すことができたのではないか。そういう反省から始めた振り返りだが、むしろ中央突破からの戦闘の方が反省すべき点が多いことに気づく。ぶっつけ本番の戦いだったから仕方がないとはいえ、改めて見ると、なんと手際の悪いことか。
勝利などと喜んでいる場合ではなかった。もっと多数の艦艇を撃沈するチャンスを、我々は活かせなかった。勝利条件を大きく超えたために、第4艦隊が途中で撤退に転じたからよかったものの、これが連盟軍との戦闘なら、あれほど早く引くことはなかっただろうから、果たして本当に勝利できたかどうか。
で、散々サカエの研修センターで戦いを分析したところで、夜遅くに帰路につく。宿舎に戻ると、レティシアが出迎える。
「おうカズキ、おかえり! で、飯か? 風呂か? それとも、いきなり俺か!?」
何がそんなに嬉しいんだろうか?夜遅くだというのに、元気がいいなぁ。
「まずは飯だろう。昼から何も食ってないんだ」
「だよなぁ。でよ、今日の食事は、あんかけスパだぜ」
と、僕の前に出されたのは、そぼろ肉とニラがかかったパスタ。それをズルズルと食べながら、僕はレティシアの話を聞く。
「で、オオスに新しい雑貨屋ができてよ。これを買っちまったぜ」
「……なんだ、これは?」
「見りゃ分かるだろう。杖だよ、杖」
「それは分かるが、なぜ杖なんだ?」
「俺だって一応、魔女なんだぜ? てことはよ、これくらいのアイテムがねえと、かっこがつかねえと思ってよ」
さっきから嬉しそうな理由はそれか。だが、レティシアよ。そもそも怪力魔女に、杖はいらないだろう。どうせなら、ほうきの方が……おっと、それを言っちゃだめだな。ほうきにまたがって空を舞う一等魔女が、大嫌いなレティシアのことだ。それを口にした途端、喧嘩になる。
だがレティシアよ。買うのはいいが、ここは仮の住まいだ。しばらくすると、地球1010へと戻ることになる。こんな邪魔くさい杖を持っていくことになるが、いいのか?
「それよりも、どうなんだ?」
「どうって、何が?」
「決まってるじゃねえか。またやりあうんだろ、第4艦隊の、あんころ粘土大将と」
おい、アントネンコ大将だ。レティシアは長い名前を発音するのが苦手らしい。こいつ、意外とあんこ系の食べ物が好きだからな。そっちに引っ張られるんだろう。
「……アントネンコ大将だけじゃない。チェスノーコフ少将など、有能で経験豊富な提督もいる。一筋縄では、いかないだろうな。」
「あんころ粘土に、チュロス昆布か……変な組み合わせばっかだな。そんなやつらに、俺は負ける気はしねえけどな」
いや、変なのはお前だ。こいつ絶対、わざと間違えているだろう。
「で、明日は久しぶりの連休だ。次は5日後に出港だから、3日間は休めるぞ」
「おお、そうなのか!? それじゃあ、あそこに行こうぜ!」
「あそこって……どこだ?」
「この時期に行くとなりゃあ、決まってるだろう」
「ええと……今日は4月10日だが、何があった?」
「花見だよ。」
いや、さすがに満開の時期はとうに過ぎて、ほぼ葉桜になってる頃だぞ。見られないことはないだろうが。
「んでよ、ツルマ公園に行かねえか?」
「わざわざあんな所に行くのか?」
「花見といやあ、でっかい公園に決まってるだろう」
「別に、大須観音周辺の公園でも……」
「あそこじゃ、ちっせえよ。どうせタクシーですぐの場所だろう。な、行こうぜ」
言い出したら聞かないレティシアのことだ。どうせ、何を言っても譲るつもりはない。そうだな、艦隊戦のことばかりで、少し気分転換が必要だろう。
ということで、翌日、僕らはツルマ公園へと向かう。
「なんでぇ、すっかり葉桜じゃねえか」
「当たり前だ。だから言っただろう」
噴水のある方向に延びる通りの脇には、青々と茂る葉の影から、ほんのりと桜色の花びらが見える。が、それも風前の灯火。風が吹くたびに、ピンク色の粉塵が舞い上がる。
「ま、いいか。花より団子って言うしな。なんか食おうぜ」
が、そんな場所でも、商業は成り立つらしい。その葉桜通りには、いくつもの屋台が並ぶ。
気づけばレティシアは、桜餅を持っている。いつの間にお前、そんなものを買ったんだ?4つほど入った容器を、僕に突き出して言う。
「一つ食えよ。うめえぞ」
と言いながら、レティシアはその一つを取り出してがぶっと食らいつく。あんこ系の菓子は好きだからな。どちらかといえば、最初からこちらが目当てか。
僕も桜餅を一つ取り、かぶりつく。この辺りの桜餅は、いわゆる「道明寺」と言われる丸いやつだ。関東の方に行くと、まるでピンク色の大あんまきのような形に変わるが、あれで桜「餅」と言えるのか……などと言うと、オオシマ艦長あたりと険悪な雰囲気になりかねないな。
で、桜餅を食べつつ、あてどなく歩いていると、ちょうど噴水を超えたあたりで、どこかで見たような奴がいる。
とんがり帽子と、ターバン。間違いなくあれは、我が艦の2人の戦乙女。いや、その横に、どこかで見たような金髪もいるぞ。2人じゃないな、3人だ。
その金髪の方が、こちらに気づく。
「あら、ヤブミ様もいらしたのですか?」
ダニエラが手を振る。しかし、こいつがカテリーナ、ザハラーと行動を共にするなんて、珍しいこともあるものだ。僕は応える。
「いや、レティシアが来たいというから……」
と、僕がそう言いかけると、その向こうにはさらによく知った奴がいる。
右から順番に、タナベ中尉、ドーソン中尉、そしてナイン中尉。なるほど、こいつら、トリプルデートをしていたのか。僕がこの3人に敬礼すると、彼らも返礼で応える。
「ヤブミ閣下、ご苦労様です」
タナベ中尉が僕にそう語るが、別にご苦労も何もない。ただ、花見をしつつ、こうして桜餅を頬張っているだけだ。
「で、なぜ男士官3人が、ここに固まっている?」
「あ、いや、その……女性陣が3人、あのように固まっているので、あぶれた我々もその反動でこのように……」
「さようです、閣下。なにせ桜の花は、筋肉にもよいと聞いたので……おう、ナイン中尉、モモとムネ、なんならネギマというのもあるぞ」
「ああ、じゃあネギマをいただこうか。ええと……やはりレティシア殿も、ここの屋台スイーツが目当てなので?」
「あ、ああ、そうだな」
「やはり」という副詞がつくということは、彼らもつまり、それぞれのパートナーらのスイーツ巡りに付き合ってきたというわけか。にしてもこいつら、男同士でも仲がいいな。ドーソン中尉が持つ大量の焼き鳥の入った容器から、タナベ中尉とナイン中尉が1本づつつまんでいる。
「で、閣下。やはり4日後の出港も、訓練戦闘なのですか?」
「そうだ。今度は、グリーゼ411だ」
「また、近傍の恒星なのですか」
「訓練だからな。あまり遠くに行っても仕方がないだろう」
などと、男4人で、次の訓練戦の話で盛り上がる。一方の戦乙女の4人は、向こうで桜餅を食べている。ザハラーとカテリーナは、三色団子まで持っている。
しかし、人畜無害そうな顔をして、よく食べるものだな。平和そうな顔をしたあの4人のおかげで一体、何隻の連盟の船が沈んだことか。公園を練り歩く周囲の人々は、そんな4人の戦歴など知る由もない。
が、その4人の元に、またどこかで見たような人物が近づいてくる。背丈が低くて、丸っこい顔のあの人物は……それがグエン准尉だというのはいいのだが、その横にいる人物に、我々4人の男子陣の視線が集まる。
「あ、あれ……閣下や皆さんもここに、いらしたのですか」
ジラティワット大尉だ。グエン准尉と一緒のところを目撃されたというのに、特に焦る様子もなく、我々のところにやってくる。だが、ジラティワット大尉よ、いつの間にグエン准尉と、休日を共に過ごす仲になっていたんだ?
「おう、司令部付きの貴官まで、ここにいるとはな。」
「いや、それをいったら、司令官ご自身がいらっしゃるじゃないですか」
「まあ、その通りだが。」
「おい、ジラティワット大尉! 一つ食うか!?」
「えっ!? あ、はい、いただきます」
なぜかジラティワット大尉まで、このむさ苦しい集団に加わる。もちろん、グエン准尉はあの女子の一団に入り、早速桜餅を食べている。
葉桜の緑の葉がまぶしい、春うららな公園の真ん中で、どうして僕は男性士官らと共に、焼き鳥を食べていなくてはならないのか?
「で、閣下、今度の訓練航海ですが……やはり、激戦になるのでしょうか?」
「やはり大尉殿も、そう思うのですか。砲撃科でも、次回以上の戦闘になることは必須だと、皆が話してて……」
「筋肉さえ鍛えていれば、そんな程度のこと、どうにかなる!」
「いや、ドーソン中尉、筋肉でどうやって仮想敵を倒すというんだ?」
そしてなぜ男5人で、焼き鳥を食べつつ4日後に控えた訓練について議論しなければならないのか?僕はどちらかと言えば、和気あいあいと桜餅を食べる、あっちの集団に加わりたい。
「あの、閣下、どうしてこちらばかり見てるんですか?」
などと考えていたら、グエン准尉に睨まれてしまった。
「あ、いや、桜餅が美味しそうだなと」
「だったら、そっちでも桜餅を買えばいいだけじゃないですか。こっち見ないで下さい、変態提督!」
准将が准尉に変態呼ばわりされるとか、普通の艦隊では起こり得ないことが、ここでは起こっている。だが最近の僕は、かなり大人しいと思うんだけどな。
「そういえば、桜餅がないですね」
「ああ、なら小官がちょっと買ってきますよ」
「おい、ナイン中尉……ああ、行ってしまった。まったく、スイーツなどというあんな軟弱な食い物など要らぬではないか。筋肉と焼いた肉、これさえあれば、あとは要らぬ」
「まあまあ、ドーソン中尉だって時々、ザハラー殿と一緒にパンケーキタワーを食べてるじゃないですか」
「あれは、筋肉になる!」
いや、ならんだろう。こいつの食い物の基準はどうなっている?
「買ってきましたよ」
「ああ、ナイン中尉、すまない」
「こういうのも、たまにはいいですね」
「よくはないだろう! なぜ、男がスイーツなど……なんだ、この葉っぱに覆われた、ピンク色の筋肉のような食い物は!?」
「筋肉じゃないよ、桜餅というんだ」
「なんだと!? どれ、一つ……美味い! 筋肉が、共鳴している!」
共鳴するわけないだろう。どういう身体をしてるんだ、こいつは。
「そういえばドーソン中尉は、ザハラー殿と同棲してるんですよね?」
「そうだ。ザハラーのやつ、私の腕を枕にするのがお気に入りだからな」
「えっ!? 腕枕してるんですか!?」
「この鍛えられた筋が、心地よいと言ってるぞ」
「いやあ、だからといって、腕枕は……私はせいぜい、見つめ合って寝るくらいかなぁ」
「えっ、タナベ中尉、ダニエラ殿と、見つめ合って寝てるんですか?」
「いや、普通でしょう。そう言うナイン中尉は、どうなのさ」
「カテリーナは、甘えん坊だからなぁ。手を握りたがるんだよ」
「カテリーナ殿と……手を握りあって寝てるんです?」
「いや、普通だし」
「そう言う大尉殿は、どうなんです?」
「あの、まだ一緒には暮らしてないから……だけど、この間は同じベッドで、ずっと見つめてたかな?」
「ウブですねえ、大尉殿も」
「いや、ナイン中尉、タナベ中尉とほぼ同じだろう。これが普通なんだよ」
「そういえば、閣下の場合はどうなのですか?」
焼き鳥が桜餅に変わった途端、艦隊戦の話から夜の話に変わったぞ。そして僕は、なぜか3人の男から見つめられている。
「僕か、そうだな……ただ抱き合ってるだけだな」
「えっ!? 抱き合ってるんですか!?」
「別に、普通だろう。」
「いや、あのレティシアさんと抱き合ってるとか……なんだか、イメージとは違うなあと」
「だけど閣下、レティシア殿は確か、バックハグが苦手だと聞きましたが」
「正面からのハグは、好きなんだよ」
「えっそういうものなんです?」
「いや、普通だろう」
「普通、ですかねぇ……」
「閣下! ここは筋肉をつけて、腕枕でしょう!」
皆、それぞれだということが分かったが、どうしてこういう話になったのか……ところで、あちらの女子らも、似たような話をしているんだろうか?レティシアがなんだかいやらしい目でザハラーの肩を叩きながら喋りかけてるところを見ると、こちらよりもさらに下ネタに振った方向にシフトしている気がする。
ざわざわと、風に靡く葉桜の葉が音を立てている。穏やかなこの公園の真ん中で、色めいた軍人らが、赤裸々な話で盛り上がる。それはおそらく、この先に待っている試練への重圧を誤魔化そうとしているようにも見える。
そんな試練の旅が始まったのは、それから4日後のことだ。




