#50 秘策
「敵艦隊、さらに接近!」
とんかつ屋店主とロレッタの新たな人生の一歩を祝った翌日には、もう僕は白色矮星域にいた。
あまりに大急ぎで来たため、3度も機関が暴走し、その度にレティシアが出動する羽目になったが、そんな駆逐艦0001号艦以下、第8艦隊298隻は今、敵艦隊の正面にはいない。
第1艦隊と、敵の一個艦隊約1万隻は、まさに我々のすぐそばで会敵しつつある。距離は45万キロ、つまり、まもなく第1艦隊が砲撃を開始するところだ。
敵が出撃してきた意図は、例のレーダー基地の破壊だろう。僕が仕掛けた「一夜城」作戦のおかげで完成した、最前線の一基。今回の戦場は、まさにその場所だ。やはりこのレーダー基地の存在は邪魔だと見える。コールリッジ大将の言う通り、敵の攻勢を誘い、負担が増えてしまった。それをまさに僕は、目の当たりにしている。
そういえば今回、コールリッジ大将はある秘策をここで使うつもりだと言っていた。実際、第1艦隊の左翼側の約3千隻は、まさにその秘策に備えた陣形で前進しつつある。
第1艦隊左翼は、真正面にいる敵のレーダーからは1千隻にしか見えない。というのも、左翼側の艦艇は、3隻が縦一列に並んだ状態で前進しているからだ。
要はわざと手薄な部分を艦隊左翼に作り出しているわけで、それによって敵がどう動くかを見極めているところだ。が、狙いはそれだけではない。
「第1艦隊、砲撃開始!」
ついに戦闘が始まった。青いビームの線状の光が、ここからも見える。敵はまだ撃てない。地球001の艦艇のみができる、アウトレンジ戦法だ。だが、敵はバリアシステムと回避運動により、アウトレンジ攻撃を巧みにかわしつつ接近している。
ところで敵の艦隊は、コールリッジ大将の仕掛けたあの策に対し、どう対処してきたか。少なく見えるあの艦隊左翼に、敵はどう動くのか?僕は陣形図を見る。すると敵は、やや左翼側前方に艦艇を集めてきた。つまり、手薄な左翼側に集中砲火を浴びせるつもりだ。
彼らの戦いの目的は、この艦隊の奥にあるレーダー基地の破壊だ。だから、艦隊を後退させ、あの基地を無防備にさえできればいい。それならば、艦隊の手薄な部分を攻撃し、動揺させて撤退に追い込めればいい。艦隊戦の常道に則った戦法だ。
だが、コールリッジ大将にとっては、敵が左翼側に集中して来ようが手薄にしようが、実はどちらでもいいことだ。この戦術の狙いは、そこにはない。攻撃を開始した第1艦隊左翼の艦艇の動きに、僕は注目する。
攻撃開始と同時に、1列に並んでいた3隻の艦艇は、上下にずれ始める。この時点で敵は、実は左翼側が艦艇数を偽装していたことに気づくのだが、この3隻直列の陣形は、何も数の偽装だけが目的ではない。
駆逐艦の主砲のエネルギー充填には、9秒間かかる。だから、一発撃つと、次の砲撃までには最低でも9秒かかることになる。実際には、弾着観測を待ってからの砲撃となるので、それ以上の時間がかかってしまう。
アウトレンジ攻撃時には、敵はバリアシステムを展開したまま前進している。このため、まず敵の艦艇は沈まない。しかし、バリアシステムというやつは、砲撃を受けた直後の数秒間、一時的にその防御に穴が開く。
もしその数秒間のうちに、バリア回復前に別のビームを叩きつけることができれば、防御をなくしたその艦はあえなく沈む。つまり、その穴を突き、敵のアウトレンジ戦法への対処法を崩そうというのが、この陣形の本来の狙いだ。
先頭の艦がまず発砲する。その3秒後に、後ろの艦艇が同じ目標に向けて発砲、さらにその後方の艦艇も、同じ目的を狙う。
初弾が当たっても、バリアで防がれてしまう。が、第2、第3の砲撃が襲う。バリアが復帰する前に上手く砲撃が当たれば、バリアを展開し続ける敵であっても沈めることができる。
コールリッジ大将がナゴヤ城に来た時に目にした、ノブナガ公が行ったという「三段撃ち」戦法、あれを模した戦法を今回初めて投入した。実際には三段撃ちなど無かったとされているが、それはともかく、大将閣下は敵のアウトレンジ戦法への対応策を打開すべく、そのアイデアをアレンジして使うことに決めた。
が、正直言って、あまり効果はないだろうな。まず、初弾が当たる確率が低い。そして、初弾が命中したとしても、さらにその後ろの艦艇が当てるなど、困難極まりない。それゆえにもう一隻加えて三段構えとしているが、おそらくはそれでも当たらない。だから、さほど戦果にはつながらないのではないだろうか。それこそカテリーナが2人以上必要だ。
そうこうしているうちに、敵の射程内に入る。そうなれば、この三段撃ち部隊も通常陣形に戻ることになる。結局は、いつも通りの戦いが待っている。
が、その第1艦隊の奇策ですら、陽動に過ぎない。真の狙いは、別にある。
その狙いを完遂すべく、第8艦隊は今、動いている。
第1艦隊が、奇策で敵の目を引きつけているうちに、第8艦隊298隻は、敵の艦隊を大きく迂回し、その後方に回る。すでに、敵艦隊の後方にたどり着くが、我々はさらに前進を続ける。
今回の我々の狙いは、あの1万隻ではない。その後方にいるはずの補給船団、それを発見し撃滅するのが、我々の狙いだ。
敵も一回の戦闘でレーダー基地を破壊出来るとは思っていないだろう。だから、戦闘が終了し次第、すぐに後退して補給、すぐに前線復帰するつもりのはずだ。こちら側が補給し終える前に素早く補給を終えて、攻勢に転じるため、やつらは補給のしやすい補給艦を使うはずだと、コールリッジ大将は読んでいる。だから、その船団を発見、破壊してしまえば、敵は撤退せざるを得ない。
実はその戦法を、過去にもやられたことがあったらしい。もう20年前の戦いだというが、その時は建設中の要塞を狙われたという。こちらが補給を終える前に、敵の艦隊が引き返してきたため、ついにその建設中の要塞を守ることが出来なかった。以前の戦略拠点を破壊された時の経験から、コールリッジ大将は今回も同じ手で来ると読んだ。
しかも、この手を使うやつは限られている。
それは我々、地球001を宿敵とする星、地球023だ。
コールリッジ大将も言っていた。ここに我々、地球001を目の敵とする星、連盟の盟主である地球023が進出していると。
「レーダーに感なし。周囲300万キロ以内に、人工物体は見当たりません」
タナベ中尉からの報告通り、静かな宇宙だ。が、相手はあのレーダーを無効化する技「ニンジャ」を持つ連中。何もないわけがない。そう思っていると、もう一つの索敵手段が何かを見つける。
「いますわ! 前方、ちょっと右! 全部で二つ!」
ダニエラが叫ぶ。それを聞いたタナベ中尉は、すかさず指向性レーダーを起動する。
「レーダーに感! 艦影多数、300隻! 距離、100万キロ!」
「光学観測、赤褐色! 連盟艦隊です!」
「それは、輸送艦ではないか?」
「いえ、標準型駆逐艦です!」
出会ったのは輸送船団ではなく、戦闘艦の集団だった。やはり、防衛用の艦隊を配置していたか。
が、もう一つの目標の索敵結果ももたらされる。
「0010号艦より、もう一集団の索敵完了の報! 距離80万キロ! 標準型駆逐艦! 数、300隻!」
そいつも戦闘艦隊だった。なんてことだ、輸送艦ではないのか?我が方の倍の戦闘艦が、我々の行く手にいる。しかし、敵の輸送船団は見つかっていない。肝心の
「敵艦隊、レーダー偽装解除! こちらに向けて進撃中!」
などと考えている暇もなく、その数に勝る敵艦隊は、我が第8艦隊に向けて突入を開始してきた。
第8艦隊は、いきなり窮地に追い込まれる。




