#48 別名
あの戦闘から3日後にまた、敵の艦隊が現れる。そこでまた、ザハラーの力を使い、偽のレーダー基地を出現させる。
とはいえ、すでに基地は完成間近で、本物があるから、前回のようにただ影を作るだけでは釣られてこない、と考える。そこで僕は、大胆な策に出る。
それは、敵の支配域深くに入り込み、そこでこの偽の基地をぶち上げる、というものだ。
境界上にある基地どころではない。支配域に大きく割り込む基地が、いきなり現れた。大慌てで引き返す敵艦隊。
それを、前回同様、迎え撃つ。そして、レーダー基地から敵を遠ざけることに成功、それを見届けたのちに、全力で撤退する。
この戦いでも勝利し、ついに最後のレーダー基地が完成した。
この戦いで、確信したことがある。それは、ダニエラの索敵範囲が拡大するあの現象だ。
ザハラーがレーダー撹乱を行っているときにのみ、それは起こる。
「ええ、なぜかとてもよく見えますわ。」
とは、ダニエラの談。原因は不明だが、ザハラーが力を発動している間だけ、ダニエラの能力も向上する。レーダーとは逆のことが起こっているというのは、どうにも理解しがたい話ではある。
仕方がない、またあの技術士官に頼るか。少々おかしなやつだが、きっと何か思いつくだろう。
と、それはともかく、僕は今、第1艦隊総旗艦ノースカロライナ上の司令官室にいる。
「まったく、余計なことをしてくれたものだ」
そうぼやくのは、コールリッジ大将だ。
「やはり、ダメでしたか?」
「ダメだな。おかげで、こっちの仕事が増えてしまった」
敵の宙域に楔を打ち込む。こういうと聞こえはいいが、これは結局のところ、最前線の負担を増やすことになる。
設置したあの最前線のレーダー基地が何かを感知すれば、すぐに急行し、これを迎撃することになる。放置すれば、敵は確実にそれを破壊しにかかる。だからそのレーダー基地防衛のため、戦力を割かなくてはならない。
ただでさえ広範囲な白色矮星域で、防衛対象が増える。負担が増えるとは、そういうことだ。そしてその負担は全て、ここの担当である第1艦隊が負うことになる。
「しかし、面白い発想ではあるな」
「あの、何がでしょうか?」
「そのザハラーとかいう娘の力、レーダー攪乱という我々の『目』にとっての厄介な現象を、まさか戦術に転用するとはな」
「はぁ……」
「おまけに、ダニエラ君の力を増幅するとか、偶然にしちゃ出来すぎた副次効果まで見つけてしまう。よくそんな娘を見つけられたものだ。ダニエラ君ではないが、やはり貴官にもあるのではないか、賜物とやらが」
仕事が増えて、半ば皮肉を言っているのか、それとも褒めてくれているのか、今ひとつ分かりにくい表現で僕に話す大将閣下。
「だから貴官といると退屈しないな。こういう話が、絶えることがない。次にここに来る時は、どんな娘を見つけることか、楽しみにしとるよ。そう思えば、あのレーダー基地の一件など、取るに足らんことだ」
と言いながら笑うコールリッジ大将。いや、閣下。娘がこれ以上増えることは多分、もうないでしょう。毎回娘が増えていたら、我が艦は大変なことになる。
しかし考えてみると、確かに娘だらけだな。何故だろうか? レティシアにしても「魔女」というくらいだし、女性の方が不可思議な力を持ちやすいという理由でもあるのか? それとも、単なる偶然か。
で、司令官室を出て、この戦艦ノースカロライナの艦橋の下にある街に向かう。エレベーターで降りた先は、ホテルのロビーだ。僕がエレベーターを降りると、レティシアが手を振っているのが見える。
「よ、カズキ。思ったより早かったな」
隣には、ザハラーがいる。他の2人は……ああ、それぞれのパートナーと行動中か。しかしザハラーの今の格好は、鳥を追いかけていた時の、あのターバン姿まんまだな。違いは、顔に布を巻いていないくらいか。
「なんだ、いつものように、着せ替えはしなかったのか?」
「いや、だってよ、こいつにはもうターバンってイメージしかねえから、これ以外にいい服装が思いつかねえんだよ」
というが、やはりこれでは、あまりに女性らしさがない。が、言われてみれば、このイメージが定着してしまった。今さら変えようがない。
イメージといえば、最近、カテリーナには「一撃必中」という二つ名がついているらしい。当初は戦乙女だったが、あれがこの艦内の3人の異能者を表す言葉となったため、カテリーナ向けに別名が作られた。意味は……言うまでもないか、まさにイメージ通りだな。
で、その流れでザハラーにも二つ名がつけられていた。「一夜城」または「ダミーベース」というらしい。あの能力をレーダー基地の偽装として多用したためだが、僕があの時の作戦名に「一夜城」と名付けたことも影響している。しかし、名前がな……もはや、人らしさを感じない。なお、前回の作戦で大いに活躍したため、戦乙女の4人目としての地位を確立した模様。ちなみに地球042司令部では、ザハラーは「妨害電波」と呼ばれているそうだ。
たくさんの別名が付けられているなどとはつゆ知らず、ザハラーは僕らと共に食事に向かう。しかし、ようやく離れていったカテリーナが、また帰ってきたかのような錯覚を覚える。
いつものとんかつ屋は地球1010に引っ越してしまったが、その跡地にエスニックなお店ができていた。つんと鼻につく、香辛料の香り。その香りに、ザハラーが反応する。
「あれっ!」
僕とレティシアの腕を引っ張り、そのエスニックな店に行きたいと主張するザハラー。いや、ほんとはっきりしているな、この娘。こういうところは、カテリーナとは大違いだ。
が、中に入り、スパイシーなエスニック・チキンソテーとタンドリーチキンを食べ始めるや、カテリーナと同じく、微笑んだまま頬を抑えてもぐもぐし始める。極端だな、こいつの表情は。
それにしても、よく食べる。この店を出て、隣のブロックにフライドチキンを売っている店をめざとく見つけると、僕にせがむ。で、その隣のブロックでは、チキンナゲットとチキンバーガーを、その隣のブロックでは、チキンタツタを……いや、待て。こいつさっきから、チキンばかりだな。
鳥を追って、その羽を売って生計を立てていると言ってたしな。鳥の肉ばかり食べていた影響だろう。よく食べるところはカテリーナそっくりだが、嗜好が偏っている。
試しに、アイスを食べさせてみるが、これは喜んで食べる。しかし、ステーキは食べようとしない。肉は鳥だけと決めているようだ。極端なやつだな。
と、いうことは当然、味噌カツはダメだな……店の巡回路を、変えないとダメか。いや、もしかするとあの店にもあったかな、チキン料理が。カツ以外のメニューなど、あまり気にしたことがないからな。今度見てみよう。
ところで、いざホテルに宿泊する時には、なぜかカテリーナがやってきた。そしてザハラーを引き取って、自室に連れていく。
「おい、カテリーナ、ナイン中尉はいいのか?」
と尋ねるも、あちらとはまだ一緒の夜を過ごすほどの段階まで行っていないらしい。カテリーナの表情が、僕にそう訴えている。で、ザハラーと手を繋ぎ、そのまま自室へと向かう。
「なんだか、微笑ましいですね」
「そうだな、あれで姉妹じゃねえってのが、どうしても信じられねえ」
グエン准尉とレティシアが、あの2人の後ろ姿を見送りつつ呟く。
こうしてみると、微笑ましい2人の娘といった雰囲気だが、片や1000隻撃沈の砲撃手で、もう一人はダミー基地の作り手だからなぁ。2人で小艦隊一つに匹敵、いや、それ以上の攻撃力を持つ、まさに戦慄のコンビだ。
そして、僕とレティシアも部屋に戻る。
「そういえば、カズキよ」
「な、なんだ」
レティシアが話し出すときは、なぜか僕を正面から抱き着いている時だ。胸のあたりの柔らかいのが、僕の胸板に当たる。
「フタバのやつ、どうなったんだ?」
「さあ……」
「さあって、お前の妹だろう」
「といっても、あいつがこまめに連絡を寄こしたことなんてないからなぁ」
「大丈夫なのかよ。まさか今ごろ、あのピラミッドに閉じ込められてるんじゃねえのか? あるいは、ペリアテーノの『あんこ焼きそば』に連れていかれて、訳の分からねえやつと闘わされてる、なんてこたあねえよな?」
久しぶりに聞いたな、あんこ焼きそば……ではなく、円形闘技場。だがフタバには、そんなところで闘うような何かがあるような気がしないな。あの愛嬌の良さゆえに、せいぜい貴族の妾にされるのが関の山ではないか?
とはいえ、少し心配になってきたな。ちょっとメールを打ってみるか。そう思った僕はスマホを取り出し、短いメールを打つ。
意外に早く、返信が来る。通知が鳴るスマホを取ったのは、メールを送って30分後、ちょうどレティシアとひと仕事終えた時だった。
「なんだ、メールか?」
「ああ……フタバだな」
「えっ!? もう返事が来たのかよ!」
一糸まとわぬ姿で、ベッドから飛び起きるレティシア。いや、お前、せめて下着くらい着ろ。
「なになに……3人見つけた、とあるぞ」
「なんだ、3人って?」
「おそらく、賜物を持つ人物のことだろう」
「なんだって!? おい、あいつ、仕事してるのかよ!」
「そりゃあそうだろう。そのためにサンレードに残ったんだからな。当然と言えば、当然だ」
とはいえ、この短期間で3人はすごいな。だが、本当に賜物の持ち主なのか? 少し特異な芸を持つ人物を探し出してきて、それを賜物の主と呼んでいるだけじゃないだろうな?
だが、それ以上の情報が書かれていない。一応、返信しておいたが、返事は帰ってこない。やれやれだな。ま、無事だと分かっただけでも良しとしよう。僕はそのメールを、母さんに転送しておいた。あちらも多分、心配しているだろうからな。
その翌日、駆逐艦0001号艦および第8艦隊は、地球1010へと帰投する。
「カズキ! レティちゃん!」
ペリアテーノ宇宙港ロビーに現れたのは、少し日に焼けたフタバだった。
「おう、フタバじゃねえか! 生きてたのかよ!」
「あったり前でしょ! あたいを誰だと思ってるのよ!」
強気だなぁ。しかし、この日焼けっぷりを見る限り、相当動き回ったと見える。
「で、3人とはなんだ?」
「ああ、メールで送った件ね。決まってるでしょう」
「……やはり、賜物の持ち主か。」
「そうよ。しかもね、『神の目』の持ち主よ」
「はぁ!?」
フタバから、とんでもない発言が飛び出す。神の目を持った人物が、3人だと?
「おい、そんな人数、どうやって見つけたんだ!?」
「だってこの間、マリちゃんから聞いたわよ。ダニちゃんやサマちゃんが『神の目』を使って、軍勢の接近を感じてたって話」
「ああ、確かにそんな話を、ダニエラがしていたな」
「で、サンレードにもそんな人がいないかなぁって、探ってみたのよ。サンレードって、近隣の国からしょっちゅう攻め込まれてたらしいの。で、その気配を察知した人物がいないかなぁって聞いて回ったら、3人も見つけたってわけ」
ダニエラのあの話を利用したというのか。たくましい発想だな。
「で、その人物はどこにいるんだ? やっぱり、地球042に取られたのか?」
「んなわけないでしょう。まずはカワマタさんのところに送り出して、それが終わったら、地球001が引き取るわ」
「よく地球042の軍令部が承知したな」
「承知なんかしてないわよ」
「は?」
「内緒で連れてきたのよ。ここに帰る時だって、第1艦隊の駆逐艦1020号艦に乗せてもらったの」
大胆なことをやるやつだなぁ。これが知れたら、地球042は怒るんじゃないのか?
「だからその3人は、第1艦隊に行くことになってるわよ。せめてあたいがメール送ったときに、第8艦隊の船が一隻でもいてくれたら、そっちに回してやってもよかったんだけどねぇ。残念だねぇ」
まるで拾った猫を譲りそびったかのような物言いだが、僕はむしろ、第8艦隊に来なくてよかったと思う。ダニエラを含め、神の目の持ち主を4人も抱えていたら、さすがに地球042との関係に亀裂を生みかねない。
「で、その3人と言うのはどこにいるんだ?」
「そこよ。ほら、あの3人」
僕はフタバの指差す方を見る。そこには、褐色の肌を持つ人物が3人。驚いたことに、いずれも女性だ。
一人はすらりと背が高く、面長の顔。真ん中はやや背が低く、丸顔。そしてカテリーナ並の背丈だが、長髪で胸が大きい人物。
「背の高い方から、エフェリーネ、ヒセラ、ヤコーバっていうの」
「そうか。しかし……女性ばかりだな」
「何言ってるのよ、カズキんとこにいる賜物の持ち主も、娘ばかりじゃない。おまけに魔女までいるし」
「あははは、フタバよ、やっぱり宇宙で一番偉いのは、女だってこった」
レティシアがなぜか得意げだ。能力者が女ばかりとは……もはやこれは、偶然ではない気がしてきた。
いや、ペリアテーノにいた賜物の主には、男もいたぞ。ただしそれは、魚を追い込む漁師と、壁を透視する大工だ。神の目ではない。
「でね、あの3人に、名前つけたの」
「なんだ、名前って」
「オニワバン・スリーっていうの」
……おい、なんだダサい名前は。
「おい、フタバよ……なんで『オニワバン』なんだ?」
「だって、忍び寄るニンジャを見破って倒すのが、オニワバンの仕事でしょう? だから、連盟の『ニンジャ』に対抗する3人衆ってことで、オニワバン・スリー」
そんな話、聞いたことないぞ。オニワバンというのは確か、エド時代の将軍の身辺警護や情報収集をするのが任務だったような気がする。何か、勘違いしているんじゃないのか?
「てことで、オニワバン・スリーをカワマタさんのところに連れて行くから。じゃあ、またあとで」
といってフタバはあの3人の元に走っていく。そして、身振り手振りで話しかけ、その3人と共にロビーを去った。
確実に言えることは、あの3人もこの近隣星域の戦いに巻き込まれた、ということだ。どれほどの能力があるのかは知らないが、それが敵艦の発見に使われることはもはや疑いようがない。
この星の人々も、いやおうなしにこの宇宙の勢力争いに巻き込まれていく。だが、あの賜物とやらを授けたとされる絶対神は、そんなことを彼女らにさせるために、その力を与えたというのか? 人を超越した英知に、僕らの知恵はまだ、及んではいない。




