#216 本体
真っ暗な闇の中を、飛んでいる。
が、そこが鬱蒼と茂る森の木々の上であることは分かる。人型重機が出す後方排気の青い光でちらちらと照らされる木々や葉っぱが、私の目に映る。
さて、敵はどこから現れるのか?正面か、それとも背後か?
緊張感が、頂点に達したその時、無線から、声が流れる。
『ふぎゃあ!』
……なんだ、今の声は? ボランレだというのはすぐに分かるが、どうしてあやつの声が、いきなり無線経由で流されるのだ?
『総員、警戒せよ! たった今、バカ犬が敵を察知!』
ああ、そういうことか。前線指揮官を命じられ、この場に赴いたヴァルモーテン殿の声で、その意味を知る。
『11番艦よりデネット隊! 前方に機影多数! 数、およそ100、距離2万5千!』
何かが、接近してくる。デネット殿はすぐに、隊員に知らせる。
「テバサキより各機! 来るぞ、攻撃用意!」
まだ、暗闇の向こうは何も見えない。が、あの暗闇のすぐ向こうに、我々を狙った敵が押し寄せてきている。
『哨戒機隊、発砲! 撃てーっ!』
前方にいる哨戒機7機が、先に発砲する。パパッと青白い光の筋が散ったかと思うと、無数の光の玉が一斉に現れる。
『83機、撃墜! 一部、撃ち漏らした! 10機ばかりが、そちらに行った!』
「了解、こちらでも捕捉した! 撃ち方、用意!」
あまり長距離攻撃ができないこの人型重機は、まるで我々の魔物退治の時の銃士隊のように、敵を引きつけてから撃つしかない。頃合いを見定めるデネット殿が、叫ぶ。
「距離1200、撃てーっ!」
ババババッと、五月雨式に青白い光のビームが放たれる。慣性制御の効いているこの中も、その銃撃による衝撃でビリビリと揺れる。が、肉眼では、その敵を見ることができない。
が、それは突然、現れる。
真っ黒で、楕円の形をした、まるで昆虫のような身体を持つ奇妙な物体。そう、それはまるで、台所の端などによく現れる、あの虫にそっくりだ。
そんなおぞましいものが、人型重機めがけて、突進してくる。
先端からは、青白い光の筋、すなわちビームというやつを吐き出してくる。こちらはそれを、バリアと呼ばれる盾で受け止める。ビシビシと、音を立ててその光の筋を弾き飛ばす。
猛烈な速さですぐ脇をすれ違うその昆虫のような敵、その一瞬見せた後ろ姿を、デネット殿は見逃さない。すぐさま、この機体の右腕につけられた武装で、その後方を狙い撃つ。
あっという間に、火だるまとなって森の中に落下する。他にも、いくつかの赤い光が見える。が、あの光が敵か味方かは、ここからは分からない。
しかし、これではっきりしたことがある。
やはりここには、何かある。
『新たな敵集団、捕捉! 距離3万! 数、およそ500!』
再び、ヴァルモーテン殿の声が響いてくる。さらに多数の敵を見つけたようだ。
『艦砲により、まずこれらの大半を排除する! 全艦、右砲戦用意ぃ!』
数が多過ぎるためか、まず20隻のあの船の強力な砲で、これらを片付けるつもりらしい。にしても、今日のヴァルモーテン殿は張り切っているな。声の調子からもよく分かる。
『目標、前方敵集団500ぅ! 砲塔艦20、距離2万で号令、一斉砲撃ぃ! 撃ち方、用意!』
その活き活きとしたヴァルモーテン殿の号令の後、無線は再び沈黙する。
しばらく続いた沈黙が、破られる。
『撃てぇーっ!』
哨戒機や人型重機の持つ武器など、比較にならぬほどの太い光の筋が、幾重にも重なり伸びる。その無数の光の筋の先からは、再び白い光の玉が横一線に生じる。
『弾着! およそ400、消滅!』
本当にあの一撃で、その大半を落としたようだ。が、まだそれでも、かなり多くが残っている。
再び、襲い掛かってくる虫のような形の敵。人型重機が黒い害虫の如きそれらを排除する。バリバリと、乾いた音が再び響く。
バタバタと、その未知の敵は落ちていく。しばらくするとその敵の集団は一掃されて、再び静かな暗い夜に戻る。
そこで私は、ふと気づく。
今のところ、私は何の役にも立っておらぬ。これでは、ただのお荷物だ。
私がここにいる意味は、果たしてあるのか??
『総指揮官のワンだ! 各小隊、状況確認!』
『レドモンド隊、本命目標、未だ発見できず!』
『エルー隊、同じく! 味方も一機、撃墜!』
次々と状況が報告される。が、どの隊も、肝心の「本体」を発見できていないようだ。
「デネット隊! 同じく! 味方機は全機、健在!」
どうやら、ここの小隊は無事らしい。ひどいところは10機の内、5機失ったところもある。手痛い被害だ。
味方がやられているというのに、何もできない。何と歯痒いことか。
『第3波、来る! 距離3万3千! 数、およそ400!』
また敵が現れた。再び現れる敵に、デネット殿が苛立つ。
「クソッ! 敵の本体を見つけるどころじゃないぞ!」
確かに、あれだけの数の敵が散発的に現れると、探索どころではないな。ヴァルモーテン殿も、その辺りは承知している。
『敵はここから3万メートル先の地点より現れている! ここから推測すると、おそらく「イアぺトス」はその奥にいると考えられる! 全機、そのまま前進せよ!』
敵の出現する場所から、ヴァルモーテン殿は本体の場所を、その奥にあると考えた。当然だろう。そこに守るべきものがあって、それゆえにあの気味が悪い姿の敵が次々と沸いてくる。実にありきたりではあるが、無難な戦術だといえる。
にしても、逐次投入というのもいやらしいものの、こちらからすれば各個に撃破できて、おかげでどうにか対処できるというものだ。ここの敵は存外、頭が悪い……
いや待て、どうして戦力を小出しにする? 実に不可解だな。いくらなんでも、脆すぎる気が……
「デネット殿!」
と、その時、私は叫ぶ。
「どうした、リーナ殿!?」
「左だ! この左に、何かある!」
急に私に、あの黒色騎士の時と同じ感触が襲ってくる。それは不意に、私の左側から感じ取られた。
「なんだって! どうして、左だと!?」
「あの時と同じ感触だ! 何かいる!」
この感覚を、言葉にするのは難しい。違和感、嫌悪感、いや、戦慄とでも言えばいいか?あらゆる不快な感情が、折り重なって襲ってくる。
それが今、急に襲ってきた。この左に、何かいる。
「分かった! こちらテバサキ!デネット隊、各機へ!」
デネット殿は無線で呼びかける。
「リーナ殿が、何かを見つけたらしい! 全機、左へ転進! 高度を下げつつ、探索行動に移る!」
10機いるデネット殿麾下の人型重機が、一斉に左方向へと進路を変える。幾つもの人型重機の排気口から出る青い光が向かうその方向から外れ、我々は暗闇へと突入する。
当然、指揮官代理のヴァルモーテン殿はこの行動を見逃さない。
『こらぁ! そこの人型重機隊、コースから外れているぞ! 直ちに戻れぇ!』
「デネット大尉だ! リーナ殿が、何かを感知した! デネット隊はそちらへ向かう!」
『な、なんですと、リーナ殿が!? 了解しました! 全人型重機隊、および哨戒機全機、左に転進! おい、バカ犬! ちゃんと仕事するのです!』
『ふぎゃふぎゃ!』
真っ暗な森の上を飛ぶ、10機の人型重機。その行く手に、小高い山のようなものを見つける。
「こちらテバサキ! 前方に、何かを見つけた! 全機、着陸する!」
減速し、その山の手前で停止する。その山の周辺は、木々がなく、開けた場所だ。この人型重機は、その場所に降り立つ。他の機も続く。
「……なんだか、嫌な場所だな」
デネット殿も、何かを感じるらしい。私も、さっきから続くこの嫌悪感が、まさに頂点に達している。
「間違いない、ここに、何かいる」
「だろうな。それじゃ、さっさと片付けに……」
そう、デネット殿が言いかけた、その時だ。地面が、なにやら蠢き出す。
グラグラと揺れたかと思うと、それは盛り上がり、徐々に人型に変わっていく。デネット殿が、叫ぶ。
「おい、なんだこれ……ゴーレムじゃないか!」
ゴーレム。そういえば、そんな化け物がいたな。まさかこんなところにもいるとは、思いもよらなかった。
湧き出したゴーレムは、全部で3体。それらは手近なところにいる、このデネット殿の操る人型重機に向かってきた。
が、そういえばデネット殿は、ゴーレム退治の手練れであった。迫る1体に向けて重機の左腕を押し当てる。
ブーンという鈍い振動音の後に、そのゴーレムは砂に変わる。残る2体へもすぐさま懐へと飛び込み、砂へと変えていく。
「対ゴーレム戦だ! 全機、左腕の削岩機を使え!」
と、それを聞いた1機の人型重機が、猛然と走り出す。
『うおおぉっ!』
その先には、新たに数体のゴーレムが、まさに湧き出そうとしているところだった。その重機は出てきたばかりのゴーレムに掴みかかると、左腕を押し付ける。
『筋肉こそ正義!』
ああ、あの掛け声で、あれの操縦士が誰か分かってしまった。ドーソン殿が手前のゴーレムを砂に変えるも、その後ろから次々とゴーレムが迫る。
2体同時に、ドーソン機に襲いかかってくる。が、右腕で一方を抑えつつ、もう一方に左腕を押し当てる。
『プロテイン・アタック!』
その1体が砂に変わり果てるや否や、今度はつかんでいたもう1体をその右手で引き寄せて、まだ崩れかかっているゴーレムに押し付ける。そして、砂を被ったそのゴーレムに左腕を強引に押し込み、砂へと変えていく。
『マッスル・ブリザード!』
で、残る2体にも戦いを挑むのだが……どうでもよいが、あの掛け声はなんとかならぬのか。
「おいドーソン、後を頼んだぞ!」
と、デネット殿がそう言い残すと、ドーソン機の脇を通り抜け、山の方へと走り出す。
「さて……ここに何があるのやら……」
他の重機がゴーレムとの戦いを繰り広げている中、我々はその岩肌沿いを調べる。
「デネット殿、あれを……」
と、私はその岩肌に、窪みのようなものを見つける。
「何かあるな、よし、行こう」
あれだけ厳重に、ゴーレムで守ろうとしているくらいだ。当然、何かがあるに決まっている。それもわざわざ、大量の黒い浮遊物体を使って目を逸らさせようとするほどの何かが、ここにはある。
この重機ごと窪みの中に入ると、すぐに行き止まりとなる。その奥の壁の手前には、台座のようなものがある。
「なんだ、あれは?」
「うむ……まるで、祭壇のようでもあるが……」
歩みを進め、さらに近づく。するとその祭壇らしき場所には、赤く光るものが見える。人型重機に付けられた投光器の光により、その透き通る赤い色が浮かび上がる。
間違いない、あれは魔石だ。つまりあれが、我々の探していた「本体」なのだろう。
「魔石?」
「そうだ。あれから、強い力を感じる。間違いなくあれが、この辺りの全てを牛耳っておるのであろう」
「なるほど……てことは、あれを破壊すれば、作戦は終了ということか」
私の言葉を聞き、うなずくデネット殿。そして、人型重機の右腕の砲を、あれに向ける。
「それじゃ、一撃で片付ける。発射!」
バンッという轟音と共に、青白い光が放たれる。が、真っ直ぐあの祭壇を狙ったその光は、どういうわけか弾き返される。
「うわっ!?」
すぐ脇をかすめるビーム光。危うく、この重機に当たるところだった。あのビームの光を、いとも簡単に弾き返したというのか。
「なんてことだ……こいつ、エネルギー砲が効かないぞ!」
だが、それを見た私は、デネット殿に告げる。
「デネット殿、すまぬがこの扉を、開けてはもらえぬか?」
「それは構わないが、リーナ殿、何をするつもりで?」
「あの祭壇に行く」
「えっ!? いや、リーナ殿、今、見てたでしょう! ビームすら弾くというのに、生身のまま接近をしたら……」
「いや、大丈夫だ。構わぬ、降ろせ」
訝しげに、ハッチを開けるデネット殿。私は、人型重機の腕伝いに降りると、祭壇へと向かう。
不思議と、こやつは私の接近を拒絶しない。私の前では、ただの岩の台座と大きな魔石でしかない。外でゴーレム退治に奔走し、暴れ回るあの人型重機の方が騒がしい。
「やれやれ、散々と振り回してくれたものだな。だが、これで終わりだ!」
私はそう、宣言すると、その魔石目掛けて、自身の魔剣を突き当てる。
そして、一気に剣先を突き刺す。
魔石はあっさりと砕け、そしてその輝きを失い、岩と化した。
あれほど陸と空を騒がせたあの無数の敵は、すっかり姿を晦ます。飛んでいる敵も、バタバタと落下した模様だ。ゴーレムも、その動きを止める。
同時に、私のあの不快感も嘘のように消える。
『旗艦より全機へ!本体は、活動停止の模様!全機、帰投し、様子を見る!』
ヴァルモーテン殿の命で、我々も11番艦へと戻ることにする。
「いや、さすがはリーナ殿だ。ビームを跳ね返すような相手を、剣で貫くとはね」
感心するデネット殿だが、別に私は特別、何かをしたという感じはしない。
「そんなことより、戻るぞ。もう夜が明ける」
「そうだな。それじゃ、戻りますか」
ハッチが閉まる。ヒィーンという甲高い音を立てながら、私の乗る重機が浮上する。
もうすっかり、森の上に太陽が顔を出している。今のところ、どこからも攻撃を受けたという知らせは入っていない。宇宙にいるカズキ殿からも、あの戦闘衛星とやらが暴れ出したという話も聞かれない。
うむ、どうやら勝ったな。
「イアペトス」と名付けられたこの不可解な敵を倒すことに、最後の最後で貢献できた。その達成感に、私は酔いしれる。
「おい……ちょ、ちょっと待て!」
と、思った矢先だ。デネット殿が、何やら騒ぎ出す。
「どうした、デネット殿?」
「いや、そんな、まさかここは……」
「おいデネット殿! 何があるというのだ!?」
何やら、森を見て驚愕し出すデネット殿。私はその森を見渡すが、静かなものだ。ついさっきまで感じていた、あの不快な感覚もない。
だが、デネット殿は、驚愕した眼差しで、その森に何かを見出している。一体、この森に何が見えるというのだ?




