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#201 謎艦隊

「距離、まもなく90万キロを切ります!射程内まで、あと15分!」


 その黒色艦隊は、明らかにこちらに対し、敵対的行動をとっている。すでに横陣形に転換し、接近しつつある。僕は、ジラティワット少佐に尋ねる。


「少佐、この行動、どう思うか?」

「はっ、明らかに軍事行動です。すでに戦闘態勢にあるものと思った方が、よろしいかと」

「なれば、我々の取るべき行動は?」

「はっ、まずは通信による呼びかけ、と同時に、反撃体制を取るべきです」

「うーん、そうだなぁ……」


 僕は何となく、あの相手が無人艦隊である可能性を考えていた。全長は確かに長い。が、随分と細い。とても居住区があるようには見えない。

 黒色という色も、我々がこれまで出会ったあらゆる艦艇とは異なる。あちらの銀河で出会った岩の艦隊は、ほぼ小惑星の色そのままだったし、アルゴー船も同様だ。

 だがあれば、明らかにそれらとは違う。とはいえ、その動きがこれまで出会ってきた無人の艦艇とよく似ている。目的に一途というか、動きにブレがない。

 その艦隊は、まさに我々目掛けて、まっすぐ進んでいる。

 つまり、狙いは明らかに我が艦隊だ。こちらが捕捉すると同時に、進路をこちらに向けてまっすぐ進んでくる。

 ただ、ちょっと不可解なのは、これまで出会ってきた無人の艦隊と比べて、ステルス性が弱いことだ。捕捉した際の距離が170万キロということもあるが、艦影がくっきりと映っている。アルゴー船も岩の艦隊も、300万キロに接近してようやく捉えられるくらいだったというのに、こちらは我々の駆逐艦並みに捉えやすい。

 大きいからだろうか?いや、それを言ったらアルゴー船の方が大きかったが、捉えにくさは段違いだった。今までの無人船とはどこか違う、というのが僕の印象だ。


「黒色艦隊、さらに接近!距離50万キロ!」

「ヴァルモーテン少尉!」

「はっ!」

「あの艦隊との交戦を想定して、作戦を立案せよ!」

「はっ、承知しました!」


 残り5分ほどで射程内という段階で、僕は作戦参謀役のヴァルモーテン少尉に艦隊行動の指示を出す。

 が、攻撃はギリギリまで避けたい。あれが、無人の艦隊である保証はどこにもない。あくまでも、僕の直感だ。

 しかし、そんな悠長なことを言ってられなくなる。


「距離45万キロ!」


 ちょうど、黒色艦隊がこちらの射程内に入った、その時だ。

 事態は、最悪の方向に動く。


「黒色艦隊、発砲!」

「何だと!?全艦、バリア展開!」

「了解!全艦、バリア展開!」


 いきなり、警告もなしに撃ってきた。すぐ脇を、青色の閃光が走る。やはり、話の通じる相手ではなさそうだ。


「やむを得ない、こちらも反撃だ。全艦に伝達!砲撃開始!」

「了解、全艦に伝達、砲撃開始!」


 なし崩し的に、砲撃戦が始まった。あちらも、射程距離は45万キロ。こちらと同じだ。

 ということはやはり、これまで遭遇した無人の艦隊と同じ、おそらくは原生人類によって作り出されたと思われる遺跡の艦隊だち分かる。

 この事実は、より深刻な事態を我々に告げる。

 つまりあの艦隊は、明らかに向こうの銀河、サンサルバドル銀河と呼ぶリーナのいた銀河からやってきたものと考えられる。

 が、こちらに曳航したアルゴー船を除き、向こうの艦艇が入り込み、砲撃した例などない。ましてや、その存在も確認されたこともない。

 この宙域には、すでに第1艦隊がいる。その艦隊を通り越して、どこからか侵入したとは考えられない。考えられるのは、向こうの銀河からこの宙域に、ワープアウトしたという可能性だ。

 しかし、この宙域にはサンサルバドル銀河へつながるワームホール帯はないはずだ。

 それがどうやってここに、しかも、どうして今ごろ、ここに現れた?

 謎だらけだ。だが、今はそんなことに構ってられない。


「作戦参謀、意見具申!」


 と、ヴァルモーテン少尉が突然、意見具申を求める。


「具申、許可する。なんだ?」

「はっ!敵の、あの黒色艦隊の側面に、エルナンデス隊の派遣を、具申いたします!」

「エルナンデス隊を?」

「こちらは1000隻に対し、あちらは700隻。ならば、200隻程度を別働隊として、敵側面より攻撃することは、あちらの攻勢を挫くには有効かと愚行いたします」

「なるほど。だが、なぜエルナンデス隊を?」

「あちらの動きが、機械的です。ならば、露骨に敵意剥き出しなエルナンデス隊の方が、返って敵が反応するのではないかとの考えたからです」


 言うことがいちいちストレートだが、その意見はもっともだ。僕はこのヴァルモーテン少尉の意見を採用する。


「では、エルナンデス隊に打電。直ちに敵側面へと回り込み、牽制せよと」

「はっ!」


 その様子を、横で見ていたブルンベルヘン大尉の顔が、なぜか緩んでいる。凛々しいヴァルモーテン少尉の姿を見るのが、そんなにツボにハマるのだろうか?ところが、ヴァルモーテン少尉と入れ違うように、こんどはジラティワット少佐が意見を述べる。


「では、提督、私からも意見具申が」


 ヴァルモーテン少尉の提案の後に意見を出すとか、珍しいな。僕は許可する。


「具申、許可する」

「はっ、ヴァルモーテン少尉の作戦通り、エルナンデス隊が敵艦隊側面に着いた際に、我が艦の特殊砲撃を具申いたします」

「我が艦の?我が艦隊ではなくてか」

「はっ、あちらの砲撃が、予想以上に精密砲撃です。他の特殊砲撃艦が主砲を装填する余裕は、ほぼないと考えます」

「だが、それならばなおさら、こちらもそうだろう」

「いえ、レティシア殿がいます」


 この少佐の、ある意味冷酷な提案を受け、僕は一瞬、頭に何か衝撃を受けたような錯覚を覚える。が、少佐は続ける。


「提督の仰りたいことは分かります!が、たった数秒で装填でき、しかも通常機関からの切り離しが不要なあの特殊砲撃は、この艦の負担を少なくする上に、我が艦隊にとって絶大な貢献をしてくれます!ぜひ、ご決断を!」


 要するに、魔石の暴走を誘発し、それを用いて特殊砲撃を撃てと言うのだ。レティシアにかかる負担を思えば、あまり許可を出したくはない。


「……だが、相手は無人の艦隊だ。カテリーナは、当てられるのか?」

「先ほどより、砲撃の結果を見ておりますが、命中率はほぼ100パーセント、十分当てられるものと考えます」


 ちょっと待て、カテリーナが当てていると言うことは、もしかしてあれは無人の艦隊などではないのでは?と考えるも、今はどのみち、戦闘を停止できるような状態にはない。


「機関室に繋げ、レティシアを呼び出す!」


 僕が士官の一人に命じると、すぐに機関室から応答が入る。


『レティシアだ!突然なんだ、カズキ!?』


 あれだけ嫌がっていたレティシアだ。電話だけで、納得させられるだろうか?などと考えながらも、僕は説得を試みることにする。


「レティシア、一つ、お願いがある」

『な、なんでぇ、お願いってよ!?』


 何を興奮気味に聞いてるんだ?艦内電話で、興奮するような内容のお願いなど、するわけがないだろう。僕は切り出す。


「レティシア、あの魔石を、暴走させて欲しい」

『はぁ〜!?』


 単刀直入に、僕はレティシアに言ってみた。案の定、嫌そうな反応が返ってきた。


『おめえ、何言ってんのか分かってんのかよ!』

「分かっている。分かっている上で、お願いしている」

『なんであんなものを、暴走させなきゃならないんだよ!おめえだって、やべえって分かってるじゃねえか!』

「いや、たった一つだけ、あれを暴走させることによるメリットがあるんだ」

『め、メリット!?』

「ごく短時間で、特殊砲撃を装填させられる、ということだ」


 しばらく、黙り込むレティシア。だが、僕は続ける。


「今対峙している未知の艦隊の攻撃が、あまりにも苛烈だ。このままでは、味方に犠牲が出かねない。だが特殊砲撃の速射により、多くの人員を救うことになるんだ」


 それを聞いたレティシアは、ゆっくりと応える。


『いつ、撃つんだ?』

「こちらから、合図する。砲撃体制が整い次第、攻撃を行う」

『分かった。そういやあモハンマドのやつが、改良したって言ったからよ、何とかなるだろうな』


 といって、電話が切れる。だが、レティシアだって内心、穏やかではないはずだ。この前ほどではないとはいえ、レティシアに負担がかかることは間違いない。

 だが、艦隊の多くの人員の命を救うと聞いて、覚悟を決めてくれた。そういう度量が、レティシアにはある。


「エルナンデス隊は!?」

「現在、全力で迂回中!あと5分で、配置につきます!」


 すでにエルナンデス隊は艦隊主力を離脱し、大きく黒色艦隊の左側面に迂回し始めている。かなりの速力を出している、ということは、魔石エンジンではなく、今は従来の新型機関を使って移動しているのだろうな。その間も艦隊主力は、砲撃を続けている。


『ターゲット421、撃沈!』

「目標を433に変更!」

『了解、ターゲット変更、ナンバー433!』


 にしても、カテリーナは絶好調のようだ。先ほどから、すでに7隻を撃沈している。命中率は、ほぼ100パーセントだ。いつもの艦隊戦と変わらない。

 どうやら、あちらにもバリアシステムのようなものはあるようだ。が、回避運動も機械的で読みやすく、バリアの展開も妙に遅い。およそ人の所業とは思えない。なんというか、洗練さがないのだ。

 しかし、無人の艦艇と思われる相手に、カテリーナはきっちりと当てている。カテリーナは、人の殺気を察して、そこを目掛けて狙い撃ちする砲撃手だ。が、相手が無人の艦艇だとするならば、どうして狙い撃ちできるのだろう?

 同じことを、アルゴー船の時にも感じていた。カテリーナはあの無人の船を、たった一撃で葬った。同じことが、あの黒色艦隊に対しても起きている。


「エルナンデス隊、配置につきました!」

『よし、順次、砲撃を開始!敵艦隊の側面を撃ち、混乱させよ!』


 エルナンデス隊が、砲撃を開始する。側面を、次々と撃破される黒色の艦隊。

 だが、おかしなことに、全然陣形に乱れが生じない。妙な言い方だが、エルナンデス隊に対しては、なされるがままだ。次々と撃沈されているというのに、こちらへの攻撃を止めようとしない。


「味方の損害は?」

「はっ、今のところ、撃沈はゼロ。ただ、故障艦が2隻出まして、戦線を離脱しております」

「そうか」


 こちらの損害も、思ったほどではない。あちらの攻撃は、かなり正確だ。が、逆にいえば読みやすい。それが幸いして、こちらの損害は極めて軽微だ。

 だが、これも長時間続けば、我々の方が不利だ。こちらは疲労するが、あちらは疲労などない無人の艦隊である可能性が高い。さっさとけりをつけねば、こちらにも損害が出かねない。


「レティシア!」


 僕は、艦内放送で叫ぶ。


『あいよ!』

「これより特殊砲撃を開始する!魔石暴走、準備!」

『分かった!ロックを外して、合図を待つ!』


 まさか、機関冷却が専門だったレティシアが、攻撃の切り札になる日が来るなどとは、考えもしなかったな。


「砲撃管制室!特殊砲撃準備!」

『こちら砲撃管制室!特殊砲撃、準備完了!』


 つまり、ナイン大尉とカテリーナの席が、ひっくり返ったことを示す。ともかく、準備が整った。


「レティシア、魔石暴走、開始!」


 変な掛け声だが、他に適当な呼び方がない。この合図に呼応して、レティシアが動く。


『それじゃいくぜ、おりゃあ!』


 冷却作業の時と、掛け声が同じだな。だが、それが引き起こす現象が全く違う。

 キィーンという甲高い音が、艦橋内にも響き渡る。


『こちら機関室!エネルギー値、急上昇!』

「特殊砲撃回路開け!主砲充填、開始!」

『了解!回路開きます!主砲充填、開始!』


 魔石の暴走で生じた膨大なエネルギーが、一気に砲身へと流し込まれる。ものの数秒で、砲撃管制室から応答がくる。


『管制室!主砲充填、完了!』

「特殊砲撃、開始!撃てーっ!」


 艦長の号令と同時に、窓の外が真っ白に変わる。これまでとは異なり、慣性制御は生きたままだ。だから、音と光以外の衝撃は伝わらない。が、心なしか、これまでの特殊砲撃よりも強力なビーム光が放たれている気がする。


『砲撃、完了!』

「了解、特殊砲撃、終了!回路戻せ!」

『こちら機関室!魔石エンジン、正常!航行に支障なし!』


 通常砲撃ほどの短い時間で、あの特殊砲撃が放たれてしまった。これまでのあの緊張の3分間は、何だったのか?


「観測員、およびレーダー手!敵艦隊の状況を報告せよ!」

「敵艦隊、砲撃停止!退却中の模様!」

「黒色艦隊、数、100以下まで減少!特殊砲撃により、約500隻撃沈!」


 撃沈数は、特殊砲撃ならさほどおかしな数値ではない。が、相手のほとんどを沈めてしまった。無人の艦隊かどうかは分からないが、さすがに撤退行動に移った。


「ちょっと待て、撤退ということは、やつら、どこに帰るんだ?」


 と、僕は急にその残存艦艇の行く末が気になり出す。すると、ジラティワット少佐がこう進言する。


「このまま、エルナンデス隊に追撃させましょう!艦隊出現の場所が、わかるかもしれません」

「そうだな……では、エルナンデス隊に連絡、敵艦隊を追尾せよ、と」


 戦いは、終わった。幸いにも、我々の側の損害はほとんどない。

 が、この戦いでは、多くの課題が残される。

 あの黒い艦隊は、どこからきたのか?なぜ急に現れ、軍事行動を起こしたのか?

 この戦いでは、謎ばかりが残された。

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