#189 超大型艦
「戦艦ゴンドワナまで、あと30キロ!」
タナベ大尉が、寄港先の戦艦までの距離を報告するが、その戦艦はすでに、窓の外にその姿を晒している。
ここは白色矮星域、ちょうどあの門があるところだ。その宙域に、この超大型戦艦がワープアウトしてきたのは、今から3日前のことになる。
西暦2491年2月10日。地球1010に戻る間も無く、第8艦隊はこの宙域にやってきた。この超大型艦と、合流するために。
コールリッジ大将の命で、僕の乗艦するこの駆逐艦0001号艦に、あの魔石とその魔石からエネルギーを取り出すという得体の知れない装置を取り付けることとなった。予定期間は、およそ2週間。
別に地球1010でも可能ではあるが、人の住む星での作業は避けたい、だから、この大型艦でその作業を行うことになった。
そしてその大型艦は、30キロ離れたこの場所から肉眼ではっきり見えるほどの巨大な軍艦だ。
戦艦ゴンドワナ。古代の超大陸の名前を冠するこの戦艦は、全長700キロ、質量900兆トン、収容艦艇数1万隻、10メートル級砲門3000門、2000メートル級砲門2門の、まさに超大型戦艦。
一言で言えば、化け物だ。超大型戦艦などと言っているが、ほぼ準惑星と呼んでも差し支えないほどの規模の船だ。中には3つの街が存在し、それぞれが工業、農業、水産区画を担う。総人口は120万人。
我が第8艦隊も戦艦キヨスを所有するが、全長4700メートルのそれが可愛く見えるほどの船である。
で、この戦艦ゴンドワナは、第7艦隊に属する。いや、正確に言えば、第7艦隊が戦艦ゴンドワナそのもの、と言ったほうがいいか?これに随行する駆逐艦は、およそ1000隻だそうだ。
僕も、この超大型戦艦を見るのは初めてだ。常に宇宙のどこかを回っており、ほぼ地球001に接近することはない。
これだけ大きいと、戦艦と呼ぶのも憚られるほどだ。もはやこれは、要塞と呼んだ方が相応しい。超要塞ゴンドワナ。その方が、どう考えてもかっこいいのに、どうしてわざわざ「戦艦」と名付けてしまったのか?
「な、なんだ、これは!?」
すでにゴンドワナまでの距離は10キロを切った。窓の外を見て叫ぶのは、リーナだ。
それはそうだろう。もう目前には岩肌しか見えない。こんな光景、今まで経験したことがない。
「戦艦ゴンドワナは、元々3隻建造が計画されていた超大型戦艦の一隻であり、250年前にその一番艦として建造され、それ以来ずっと、この宇宙最大の戦艦として君臨し続けた、いわば地球001の象徴とも言える軍艦なのですよ」
「おい、ヴァルモーテン、それじゃ残りの2隻はどうなったっていうんだ?」
「計画は中止されたんです。明らかに無駄ですからね。ちなみに2番艦はローレンシア、3番艦はパンゲアと名付けられる予定だったのですよ。いずれも、地球001にかつて存在した超大陸からつけられてます」
「へ、へぇ、超大陸ねぇ……で、今から向かうのはその、巨大なゴボウ大根とかいう船ってわけなんだな……」
ヴァルモーテン少尉のウンチクが炸裂するが、レティシアにそんな話をしたところで、どうせ碌な解釈をするわけがないだろう。しかしレティシアよ、ゴボウ大根ってなんだ?
そのゴボウ大根……じゃなくてゴンドワナが、目前に迫る。もはや、準惑星表面を航行しているようなものだ。
その大型戦艦の第1301番ドックに向かう。そこはこの艦内でも数少ない密閉型ドックである。他の艦艇も、順次入港する。しかし、1000の艦隊を全て入港可能な戦艦など、この艦をおいて他にない。
「第1301番ドックまで、あと20キロ!」
ここはもう、戦艦の表面に到達している。にも関わらず、まだ20キロも進まなければならないのか。こんなこと、他の戦艦ではあり得ない。
やがて、目の前にドックの入り口が見えてくる。
もはやここは、宇宙要塞並みのドックだ。もっとも、この戦艦自体が動く要塞だから、当然か。艦橋にいる乗員も、その多くがこの光景に唖然としている。
「なんだ、こいつ? ゴボウ大根のくせに、レンコンみてえな穴が空いてるんだな」
「レンコンとは美味そうだな。揚げレンコンならシャキシャキしてて、私も好きだぞ」
ただしここに若干2名、驚き方がズレてるやつがいるが。おいレティシアよ、この戦艦はゴボウでも大根でも、レンコンでもないぞ。それにリーナよ、よくこの状況で、食い物のことが連想できるものだ。
「第1301番ドックに侵入!」
「両舷停止!」
「了解、両舷停止!」
「ロックまであと、40……30……20……10……接舷!船体前後ロック!」
筒状のドック内にもぐりこんだ0001号艦は、その船体の前後をロックされる。と同時に、後方のハッチが閉じ始める。
直後、猛烈な速度で、内部に空気が充満し始める。30分ほど待機していると、ほぼ満たされたとの報告が入る。
「ドック内気圧上昇、乗艦許可、下りました!」
「了解した。艦内マイクを」
「はっ!」
オオシマ艦長は艦内マイクを受け取ると、艦内放送でこう告げる。
「達する。艦長のオオシマだ。ただいま、戦艦ゴンドワナより乗艦許可が下りた。これより当艦乗員は戦艦ゴンドワナに移乗、当艦の改造終了まで滞在する。出港予定日はおよそ2週間後、艦隊標準時で2月25日、1200(ひとふたまるまる)。予定変更の場合は、追って連絡する。以上だ」
この放送を聞いて、艦橋内にいる20人の乗員らがぱらぱらと立ち上がり、各々が出入り口に向かい始める。
「それじゃ行こうか、ダニエラ」
「ええ、タナベ様」
この夫婦……って、もう夫婦でいいんだよな?ともかく、この2人は時々喧嘩をするし、ばらばらに行動することもあるが、未だに仲は良い。その2人が仲良く艦橋の出口へと向かう。
「よし、俺らも行こうぜ」
「そうだな、この大きな戦艦にある街も気になる。果たして、どんな食い物があるのであろうか……」
リーナの関心は、やはり食い物か。もっともここは、普通の大きさの街ではない。7キロ四方、高さ600メートルの空間が3つ。第1から第3ゴンドワナシティーと呼ばれるその街には、それぞれ農業、商業、工業機能が割り振られている。
そのうちの第2ゴンドワナシティーに、我々は向かうことになっている。ただし、ここは全長700キロの巨大戦艦。簡単には辿り着けない。
「おい、電車に乗るのか?」
「ああ、そうだ」
「なんでぇ、街の近くじゃねえのかよ……」
「いや、近いところでも、どのみち鉄道を経由する必要はある」
「げっ、そうなのか?」
「それだけ巨大だからな、この艦は」
戦艦キヨスにも、鉄道は走っている。が、我々は艦隊旗艦であるがゆえに、艦橋の真横にあるドックに入港していた。そのため、鉄道に乗らずとも街に入ることができた。
戦艦キヨスでも、通常のドックにたどり着いたなら、一旦、鉄道を使って街まで移動しなければならない。
ところがこの艦の大きさは、戦艦キヨスどころではない。なにせ700キロだ。このため、ドックからまず電車に乗るが、それだけではたどりつけない。そこから高速鉄道の駅へと向かう。
その駅でリニア式の高速鉄道に乗り換え、そこから3つの街に向かう。途中、いくつものドック接続鉄道の駅に立ち寄ることになる。
「……というわけで、ここからしばらくは鉄道に乗ることになる。乗り換えの待ち時間を含めて……だいたい1時間はかかるかな?」
「げっ、そんなにかかるのかよ?」
「私はあまり、鉄道というのは好きではないのだがな。あの独特の騒音が、冥界の王の叫びのようで嫌だな」
「あれが、冥界の王の叫びに聞こえるのか……いや、まあ、分からなくもないが」
確かに、普通の鉄道の騒音は、時折、何かの唸り声のように聞こえなくもない。リーナの言も、一理ある。
その冥王の叫びを発する乗り物……ではなく、電車に乗り込む。戦艦キヨスの電車よりも少し長いそれに乗り込むと、ドアが閉まる。ガタンと動き出す電車。
「ふぎゃあ!」
……何か、どっかで聞いたような妙な叫び声が聞こえたぞ?振り向くと、ボランレがいる。
徐々に唸り音を上げる電車の中で、ボランレのやつ、頭のてっぺんのあの耳を押さえながらふぎゃふぎゃ騒いでいる。
「なんでぇボランレ、お前、この音苦手か?」
「ふぎゃあ! やかましいのは、嫌いだよぅ!」
お前が一番、やかましいのだが。それはともかく、伊達に耳が大きいわけではない。その分、聴力も高い。それゆえに、こういうところでは不便極まりないようだ。
「早く、駅に着くといいのですけどね」
と、つぶやくのは、ヘインズ中尉だ。ボランレの新しい飼い主……ではなく、お相手だ。
「ヘインズ中尉。」
「はっ……何でしょうか、提督」
「腰痛は、もういいのか?」
「……はっ、もうすっかり」
一瞬、間があったな。やはり腰痛の原因は、やましいことに違いない。ただ、僕はそれ以上追求することなく、電車が駅に着くまで、騒ぐボランレに、それを茶化すレティシア、騒音に眉を顰めるリーナを見て過ごす。
そして、やっと駅に到着した。
「ふぎゃ!? また電車に乗るのかよぅ!?」
「ここからが本線だからな。あんな遅い電車では、とても街までたどり着けない。だから、より高速な鉄道に乗り換えるんだ」
ボランレが、ウンザリした表情でこっちを見ている。まだ乗るのかと、あの耳が訴えている。
だが、この巨大戦艦の大きさは、それこそ九州と台湾を合わせたくらいの大きさだ。高速鉄道で繋がねば、行き来は不可能だ。
さて、一方のリーナとレティシアはといえば、売店に釘付けだ。
「なんだここは……弁当ばかりが売られているぞ?」
「そういやあ、ここには鉄道駅の『駅弁』が残ってるんだな」
「駅弁? 何だそれは」
「電車の中で食う弁当だよ。何でもよ、あと1時間くれえは乗るみてえだから、その間に食えるものが売ってるんだよ」
まあ、地球001では今でも、国境をまたいだ遠距離バスでは「駅弁」なるものは売られてはいるのだがな。鉄道そのものがほとんどなくなってしまったため、本来の鉄道駅向けの駅弁というものは、この巨大戦艦ぐらいでしか見られなくなってしまった。
に、してもリーナよ、お前、いくつ弁当を買うつもりだ?大量の駅弁を抱えてレジに向かうリーナとレティシアを、僕はやや戦慄を覚えつつ見送る。
ヘインズ中尉も、ボランレと一緒に駅弁を買っている。この限られた容積に盛り付けられた食材を、興味津々に覗き込む。
そして僕らは大量の弁当を抱えて、その高速鉄道のホームへとたどり着く。
やがて、その高速鉄道車両が滑り込んでくる。
びっちりと閉じられたレールとホームの間にある扉が、風圧でガタガタと揺れる。と同時に、長い車両が猛烈な速度で滑り込んできた。それはものすごい勢いで減速し、僕らの目の前で止まる。
「ふぎゃ! なんだよぅ、これは!?」
その勢いに、ボランレが叫ぶ。が、目の前の扉が開き、ヘインズ中尉に連れられて中に乗り込む。僕らもそれに続く。
『この列車は、戦艦ゴンドワナ環状鉄道です。次の駅は、第15ブロック駅。第2ゴンドワナシティー到着は、艦内標準時、午後1時23分の予定です。まもなく、発車いたします』
機械音声の案内が流れると、発射のベルが鳴り響く。やがてこの列車の扉が閉まり、ゆっくりと列車が動き出す。
「ふぎゃ? なんか、さっきのより静かだよぅ?」
あっという間に加速し、トンネルに入った列車だが、あまりの静けさに、ボランレが不思議そうに窓の外を眺める。
それはそうだ。この列車は、いわゆるリニア式。さっきの電車とは異なり、浮上して走る。最高時速は500キロ。
トンネル内は真空であるため、空気抵抗がないだけでなく、音を伝えない。それが結果的に、静音さと速度をこのリニア式列車に与えてくれる。
そこから8駅ほどを、この高速列車の中で過ごす。
「おい、リーナ、おめえ食いすぎじゃねえか?」
「いや、まだ食える! 特に、このシウマイ弁当というやつは美味いな! ああ、そういえばこの幕の内とかいうのも美味かったぞ!」
一体、何種類の駅弁を食べているんだ、こいつは?まさか売店の店員も、こいつ1人分の弁当だとは思わなかったことだろう。空容器が、リーナの脇に席に積まれていく。周囲の目線が、リーナの食べっぷりに注がれる。
「う、うみゃ〜っ!」
一方のボランレも、向こうで叫んでいる。量を食べるわけではないが、このセリフのおかげでやはり目立つ。
どうしてもこの2人は、人目を引くなぁ。きっとカテリーナもザハラーも同じだろう。巨大戦艦の中で、変な伝説にならなきゃいいが。
などという心配をよそに、このリニア列車は高速に移動する。そしてようやく、長いトンネルを抜ける。
「うわっ! な、なんでぇ、ここは!?」
窓の外に現れた光景に、レティシアすらも驚く。僕も話には聞いていたが、実際にその光景を目の当たりにして、驚きを隠せない。
まるでここは、地上のようだ。といっても、空を見れば確かに岩肌が見えており、そこが巨大な小惑星をくりぬいて作られた場所であることを教えてくれる。が、地上に目をやれば、そこは街の中だ。
7キロ四方、高さ600メートルの人工空間を高速に駆け抜ける列車は、やがて駅の中に滑り込む。
ホームに滑り込むこの列車は、しかし慣性制御により乗客はその減速度を感じることなく、メインの駅にたどり着く。扉が一斉に開き、大勢の乗客が降りる。
「……おい、ここって確か、戦艦の中だよな?」
そういうものに慣れているはずのレティシアが、むしろ信じられない様子だ。逆にリーナは、何が来ても「想定外」であるがゆえに、いちいち驚くことがなくなりつつある。ボランレに至っては、狭い列車を降りられたことを喜んでいる。
「それでは提督、それにレティシアさんにリーナさん、また駆逐艦0001号艦にて」
「ふぎゃあ!」
「おう、またな!」
同行したヘインズ中尉とボランレから別れを告げられる。そして2人は、街中に消えていった。
「さてと……で、どうするんだよ?」
「そうだな……まずはホテルへ向かう。部屋を確保したのちに、少し街に出よう」
「そうだな、まずは食事を取るべきであろう。腹が減っては、戦さはできぬ!」
おいリーナよ、お前、今の今まで……いや、やめておこう。こいつの胃袋に常識など通じないことにいい加減、慣れなければ。
ようやく僕らは、この巨大戦艦の中の街にたどり着く。
地球001が誇る大戦艦ながら、僕自身、乗り込んだのはこれが初めてだ。
その初めての船の中での、2週間の生活が始まる。




