#168 闇向こう
僕と接触したあの女射手の名前は、エルヴィーラという。
元々は、カテリーナと同じ女射手だった。ペリアテーノ帝国が攻めてきた時には当然、弓矢を持って立ち向かう。が、多勢に無勢、負けて戦士を辞めざるを得なくなる。
で、その後、ダミアにさまざまな資源の鉱脈があると知れると、地球042とペリアテーノの人間がたくさん押し寄せてきた。
するとあの神官が、生活に困窮している彼女らを巧みに囲い込み、それらのこの街にやってきた男性向けに、あのいかがわしい商売を始めた。行き場のない彼女らは、不本意ながらもそれに従う。
なんだ、あれは神官の皮を被った最低野郎だったってことか。それを知った途端、僕はあの男に憎悪する。
だから、あの10人を連れて行こうとすると、あの神官は当然、抗議してきた。だがそこは、その神官に大金を握らせて手を引かせる。もちろん、軍の経費だ。
そりゃあ、軍が金をかけるだけのことはある。なにせ、カテリーナクラスの砲撃手がいっぺんに10人も増えたのだ。それなりの大金だったが、その代わりに我々が得るものは大きい。
だが、当然そこは軍だ。後でグタグタ言われないように、裏で……おっと、これ以上は言えない。
前回の戦いでは、カテリーナの能力低下がみられた。だからこそ、彼女と同様の砲撃手が欲しいと思っていたところだった。肝心の謎の方はたいしたものは得られなかったものの、思わぬ収穫である。
ところであの時、エルヴィーラの放った木の棒が、真っ直ぐレティシアに飛んで行ったのには理由がある。僕を見送ったのちに、どうも様子がおかしいと勘ぐったレティシアが、僕が小屋に入っていくのを見て、怒りが頂点に達していた。
その怒りに、エルヴィーラは反応した。そして彼女が放った棒が、真っ直ぐレティシアに向かっていったわけだ。
「まったくよ、カズキもカズキだぜ!みりゃあ分かるだろう、あそこまで入り込まなきゃ、気づかねえものなのかよ!」
「もういいだろう、結果オーライだ。おかげで彼女らも救い出せたし、我々も大きなものを得た」
「うう、そうだけどよ……なんか、納得がいかねえな」
などと言いながら、ボランレを膝枕し、耳をマッサージしながらゴロゴロ言わせているレティシア。
「まあ、いいではないか。しかしなんだな、カテリーナに大量の姉妹ができたみたいだな」
と語るリーナ。確かに、ぱっと見ためにはカテリーナが10人増えたようにも見える。
その10人のカテリー……いや、女射手達は、カテリーナに連れられてこの宇宙港を巡っている。
「イニ、ミソカツ!」(これが、味噌カツ!)
で、今は僕らと共に、あのとんかつ屋に来ている。揚げたてのカツに、茶色の味噌ダレのかかったその料理を、まじまじと見つめる10人の女射手達。その彼女らに「ミソカツ」の名を教えるカテリーナ。
しかし、カテリーナが誰かを引き連れて歩くなんて、珍しい光景だな。カテリーナもいつになく、テンションが高い。
「ずっと、あの調子ですよ。カテリーナのやつ、彼女らに何かを教えることが、嬉しくて仕方がないようです」
と語るのは、ナイン大尉だ。あの10人に向かって、味噌カツの食べ方を教授するカテリーナの頬はいつになく赤い。
「なんだか、カテリーナさんが増えちまったみてえだな」
そう語るのは、とんかつ屋の店主だ。
「やはり、そう見えるか?」
「ええ、そりゃあもう。現にカテリーナさんの故郷から来たんでしょう?」
「それはそうだが、同じ故郷だからといって、姿形までそっくりと言うものでもないだろう」
よく見れば全然違うのだが、遠目には同じくらいの背丈に、同じ髪型、小柄な顔。しかもカテリーナのやつ、全員に自身と同じ服を着せてるから、ますます見分けがつかない。ちょっと目を離すともう見分けられない。せめて、番号をつけて欲しいなぁ。
「まったく、あなたと言う人は……また賜物持ちを、我々に無断で奪ったのですか」
と、そこに、この人聞きの悪い抗議をしてきたのは、ポルツァーノ大佐だ。無論、サマンタも一緒だ。
どこでどう聞きつけたのか、僕が射手をたくさん集めてここに連れてきたことを察知したらしい。だから、賜物持ちを奪うのは約束違反だと、わざわざ僕に告げに来たのだ。
「うわぁ、カテリーナがたくさんいるみたい……あたい、引いちゃうわ……」
「ということは、この星のどこかに、サマンタのそっくりさんもたくさんいるのかもしれないな。探してみるか?」
「いやあ、いいよ、そんなことしなくても。フランコにとってのあたいは、1人だけで十分だろう?」
「まあな。たとえそっくりな人物が現れても、この世でサマンタはたった1人だ」
何をとんかつ屋で惚気てるんだ、こいつらは。というか、何しに来た?抗議なのか見せつけに来たのか、どちらかにして欲しい。
で、11人のカテリーナ風の集団は、一斉に味噌カツを食べ始める。その仕草がまた、カテリーナそっくりだ。一口食べる度に頬を押さえながら、にやけている。
しかし、困ったな……これではどこにカテリーナがいるのか分からなくなったぞ。
「これでは、カテリーナの所在が分からないな」
「えっ?何をおっしゃるんですか。あそこにいますよ」
そう言ってナイン大尉は指を差す。ああ、確かにあれは、カテリーナだ。さすがは毎日見ているだけあって、ナイン大尉には簡単に見分けがつくようだ。それによく見れば、この中で唯一、フォークではなく箸で食べている。
「ああ、そうだ。うっかりヤブミ少将閣下に、大事な話をするのを忘れるところでした」
と、さっきまで惚気ていたポルツァーノ大佐が話しかけてくる。
「なんです、話とは?」
「ええ、実は最近、我々は奇妙な電波をキャッチしましてね」
「奇妙な電波?」
「はい。我が軍の哨戒艦が、あの星間物質帯の向こうを探索していたのですが、そこで明らかに人為的な電磁波をキャッチしたのです」
「うーん、つまりそれは、連盟軍のものだと?」
「いえ、それはありえません。その電波は、あまりに多いのです」
「多い?どういう意味だ?」
「つまりですね、雑多なのですよ。解読不能な通信も混じってますが、大半は暗号化などされていない、メディア用の電波と考えられます」
「それはつまり、どういうことだ?」
「我々の見解では、それは未知の地球から発せられたものではないかと、結論付けたのです」
衝撃的な言葉が飛び出す。未知の地球?そんなものが、あの宙域にあったというのか?
「ちょっと待て……どうしてそんなものが、今の今まで発見もされずにいたんだ」
「あの星間物質帯によって、覆い隠されていた、そういうことなのでしょう」
「いやいや!電波を多量に出しているということは、相当進んだ文明だぞ!?そんな星が、どうしてすぐに見つけらなかったのか!?」
「過去を詮索しても仕方ありません。おそらくはまだ、連盟側には察知されていない模様。ならば、先手を取ってその星を連合側に組み込む。我々がなすべきことは、ともかく先手を取ることです」
ポルツァーノ大佐は、僕にそう告げる。確かに大佐の言う通りだ。そんな星があるならば、連盟側に察知される前に早く向かうべきだろう。
「と、言うことはすでに、先遣隊が向かっているのですか?」
「いえ、まだ向かってはおりません」
「……ならばなぜ、そんな話を僕に?」
「当然、貴艦隊に先遣隊として向かっていただきたいからですよ」
「はぁ!?」
「我々、地球042側は、ここ地球1010防衛で手一杯です。ならば、その先遣隊はあの宙域から最も近く、そして最も優秀な艦艇を揃えた艦隊が向かうのが、理にかなっているでしょう」
「いや、待て!どうして我が第8艦隊がその星に行くことになってるんだ!?」
「すでに地球1019での折衝を行なった実績もある貴艦隊ならば、この任務は楽勝でしょう。ですから昨日、宇宙統一連合本部に対し、正式に要請を行いました。その事後報告をしようと思いまして、こうやって訪ねた次第です」
事後報告って……このポルツァーノ大佐という男、どうにも油断ならないな。よりによって、今度は艦隊全体を振り回すほどの話を持ち込んできた。
「まあ、少将閣下はあのような精鋭を10人も追加なされたのですから、なおさらこの任務にはうってつけでしょう。成功を期待しておりますよ。おい、サマンタ」
「あいよ」
「そろそろ行こうか。話は終わった」
「おう、それじゃあ、あのパン屋に寄っていこうぜ」
「相変わらず好きだな。で、今日は何パンだ?」
「そうだなぁ……なんだかマリトッツォってのが美味そうだなぁって思ってるけどな」
「おい、ちょっと待てサマンタ。あれはパンなのか?」
などと、仲の良さを見せつけるかのように振る舞いつつ、ポルツァーノ大佐とサマンタの夫婦は去っていった。
後に残るのは、似たような11人の集団と、ナイン大尉。そしていつもの3人である。
「今の話聞いてるとよ、また知らねえ星に行くっていうのか?」
「ああ……おそらく、そうなりそうだ」
「そうか。美味いものがあるといいがな」
「俺はそいつらに、ひつまぶしを食わせてやらあな」
「ゴロゴロ……」
まったく能天気な3人だ。話を聞く限りでは、それなりに文明の進んだ星だぞ。そんな星相手に、フィルディランド皇国のようにあっさりと国交が樹立できるとは到底思えない。
「ああ、ということはまた、この星を離れなきゃいけないのか。なかなか落ち着かないなぁ、僕の生活は」
「なんでぇ、元々落ち着いた試しなんてねえじゃねえか。波乱万丈な人生、上等だぜ」
「そうだな。私も気づけば、魔物退治から宇宙を駆ける騎士となった。これはこれで、悪くない人生だ」
「ゴロゴロ……」
リーナの場合は、単に食い物を見つけては食ってるだけだろう。よくあれだけ食べて、太らないものだ。
一方で、あの集団をどうしようか?まずは砲撃手としての教育を行いつつ、それから各艦に配属して……いずれ1000隻になる我が艦隊だからな。その中でたった10人というのも、振り分けが難航しそうだ。しまったな、ダミアには射手はもっといたんじゃないのか?もっとよく探すべきだったが、今頃はもう、ポルツァーノ大佐の手が回っているだろう。すでに、手遅れだ。
「あれ!?カテリーナちゃんが、11人!?」
と、そこにまた、別の人物が現れた。グエン少尉だ。
「おい、どうしてグエン少尉がここに?」
「そりゃあ、食事のために決まってるじゃないですか。他にとんかつ屋に来る理由なんて、あるんですか?」
ごく正論で返された。遅れて、今度はジラティワット少佐が現れる。
「ああ、リエン、お待たせ……あれっ!?カテリーナさんが、たくさんいる!?」
異様な光景を前に凍りつくジラティワット少佐。
「あれはカテリーナの故郷から連れてきた射手達だ」
「えっ!?射手達って……なぜ、そんな人たちを連れてきちゃったんですか?」
「カテリーナと同じ能力を持つ人物ばかりだと言ったら、その理由は分かるだろう」
「えっ……ほんとですか、それ?」
ジラティワット少佐は、僕の言葉の意味をすぐに察した。が、グエン少尉はあらぬ方向に解釈する。
「ちょっと待ってください!カテリーナちゃんのそっくりさんばかりをこんなに集めちゃって、何するつもりなんですか、この変態提督!」
ああ、こいつは事の重大さを分かっていないようだ。それじゃまるで僕が、ハーレムでも作るつもりで集めたみたいじゃないか。そんなことは、断じてないぞ。
「おう、グエン。ぐだぐだ言ってねえで、さっさと味噌カツ食え」
「そうだ。早くしないと、そろそろ昼時で混み始めるぞ」
「ふぎゃあ!」
「ちょ、ちょっと、レティシアちゃんにリーナちゃん!そんな呑気に構えてていいの!?」
「リエン、もういいから、早く食べよう」
このグエン少尉の反応を見ていると、ちょっとだけ心配になってくる。僕が彼女ら10人をここに連れてきた理由は、まさにカテリーナ級の砲撃手に育てるためだ。
だが、我が艦隊の連中が、そう思ってくれるかどうか?全員が女というのがちょっとなぁ……ただでさえ、僕に関して間違った認識が広がっているから、どう解釈されるかが怖い。僕としてはこれ以上、あらぬ誤解が広まらないことを願いたい。




