#132 接敵
「へぇー、モーちゃん、ツボに詳しいんだねぇ」
「ツボだけではありませんよ。茶器にコーヒーカップ、そして器。和洋問わず、いろいろと集めてるんです」
ここは食堂。ヴァルモーテン少尉が抱える妙なツボに興味惹かれるフタバ。ちなみに今、少尉が抱えているのは、景徳鎮の「青花八吉祥文壺」と呼ばれるツボ……らしいが、そんな文化財級のツボが、少尉如きに手に入るはずもない。おそらく、いつもの模造品をつかまされたのだろう。
にしてもフタバよ、なぜヴァルモーテン少尉のことを「モーちゃん」と呼ぶ?お前の命名ルールなら……ああ、そうか、その場合は「ヴァルちゃん」になるが、バルサム殿の「バル君」と被るから、敢えて名前を変えたのか。しかし、モーちゃんって……
すでに我々は地球1010を進発し、白色矮星域に入ったところだ。そこから通常航路を大きく外れ、あの門のある宙域へと向かう。
「いや、ヴァルモーテン殿、ツボなんて集めたって、食べられないだろう」
「何をおっしゃいますか、皇女様!この透明な上塗りの向こうには、文化の香りを感じるのですよ!分かりませんか、この繊細な模様から漂う、歴史と文明の息吹を!」
「いや、感じないな……」
リーナはヴァルモーテン少尉の戦術論には関心があるものの、陶磁器の趣味だけは理解できないようだ。食い物を載せるための用途くらいにしか思っていないから、それ自体を愛でる感覚が理解できない。
「私には、分かりますわよ。ペリアテーノではネレーロ様が、そのような器をたくさん集めておいででしたから」
「おお、さすがは元皇女様です!ダニエラ殿には分かりますか!」
「この真っ白な白磁の表面に描かれた草花や竜の紋様、一つ一つは単純ながらも複雑で繊細なその意匠には、豊かな自然と先人の深い想像力を感じさせますわね」
「まさにおっしゃる通りです!この景徳鎮は、我が故郷であるマイセンの陶磁器が生まれるきっかけともなった陶磁器でして……」
長いウンチクが始まった。僕は目線を変えて、その横の集団を見る。そこには、レティシアがいる。
「なんだよ、筋肉がねえとダメなのかよ?」
「ダメだな」
「そんなもんなくったって、俺は人型重機くらい持ち上げられるぜ」
「まやかしの力だ、そんなものは」
「なんだと!やるか!?」
「おい、レティシアにドーソン大尉、喧嘩はやめろ!」
また喧嘩が始まるところだった。ドーソン大尉とレティシア、この2人は時折、筋肉論争で火花を散らす。
「美味い!」
「……美味しい……」
と、そんな2人に構わず、食事に徹するのはザハラーとカテリーナだ。ザハラーはピザにポテトに唐揚げに……ジャンクフードだらけだな。一方のカテリーナは、相変わらず納豆ご飯だ。最近はそれに、きゅうりの酢漬けを添えて、それをピザの上に乗せて食べるという暴挙に出ている。どういう味覚の持ち主なのか、こいつは。
「また提督は、いやらしい目で見てくる!いちいち見ないで下さい!」
と、相変わらず僕に非難の言葉を投げかけるのは、グエン少尉だ。別にそんな目で見ているつもりはないのだが……一時期、そういう暴言も鳴りを潜めていたのだが、ヴァルモーテン少尉が、ジラティワット大尉の浮気対象などには到底なり得ないと分かり始めた途端、元通りだ。
「そういやあ、カズキよ」
と、レティシアが僕の隣に座り、話しかけてくる。手には、とんかつとご飯が乗ったトレイを持っている。
「なんだ?」
「向こうに行くのはいいんだけどよ、どこに住むんだ?まさか、また駆逐艦暮らしか?」
「さあな……だが、呼びつけておいて駆逐艦暮らしをさせるなど、考えられないけどなぁ」
「そうだな。せめてホテル暮らしくらいは、してえよな。」
などと言いながら、手に持っていたチューブ式の味噌を取り出すと、それをとんかつの上にかけて「味噌カツ」に仕上げる。相変わらず、こういう食べ方が好きだな、こいつは。
「あ、提督。ひとつご相談が」
と、僕の前に、ジラティワット少佐も現れる。
「なんだ?」
「はっ!これから向かう地球1019ですが、どのような事態が想定されるか、ご意見を伺いたく」
「事態?」
「現状、向こうのことをまるで聞かされていません。ですから、いくつかの状況を想定し、即応できるよう構えた方が良いと思うのです」
恋人の方は僕を変態呼ばわりするが、こっちは真面目も真面目、軍務に忠実だ。
「そう言うからには、貴官自身も何か考えているのだろう。どのような事態が想定されると考えているのか、まずは貴官の考えを聞こうか」
「はっ!まず想定されるのは、ゴブリンと呼ばれるあの小鬼の魔物の集団が、組織的に活動している場合です。地球760が救援要請を出すほどですから、それが各地で散発的に起こっている可能性が高い。小官はそう考えます。他にも……」
淡々と、自身の考えを述べるジラティワット少佐だが、その様子をチラチラと、不機嫌そうな目で見てくるグエン少尉の姿が僕の視界にも入る。どうして、僕を不機嫌の元凶のように見るんだ、グエン少尉よ。この件に関しては、僕は何も悪くないのだが。
そんな調子で、食堂に1時間ほど過ごしてしまった。まもなく、門にたどり着く。ジラティワット少佐らと共に、艦橋へと急ぐ。
「門まで、あと3分!」
ギリギリのところで間に合った。僕と、司令部付きの2人の幕僚が、それぞれ持ち場に着く。
「連盟軍のいない場所ではあるのですが、一応、構えは取っておいた方がいいですね」
「そうだな。全艦、砲撃戦用意。敵との接触に備えよ」
「はっ」
この先にあるのは、地球ゼロだ。連盟軍が進出している可能性は、ほぼない。やるだけ無駄だとは思うが、ルール通りに、構えを取る。
「門内ワームホール帯まで、あと300……200……100……突入!」
「超空間ドライブ作動!ワープ開始!」
真っ白な門を潜り、真っ黒な空間に突入する。それにしてもこのワープ空間と呼ばれる場所は、不思議なところだ。星が見えないと言うことは、ここに生命体は存在しない、そういう場所だと言うことになる。
このワープ空間こそ、今から向かうサンサルバドル銀河以上に不思議だと思うのだが、あまりに当たり前すぎて、誰も気にしている様子はない。
が、そんな空間をものの数秒で通り抜けて、通常空間に戻る。普通の星空だが、ここはもしかすると宇宙人類の発祥の地ではないかと言われている、地球ゼロの宙域だ。
しかしだ。ここにある赤色矮星は、できてからすでに数万年以上は経っている。もしあれが太陽と同じ恒星だった時に、ここにあった惑星にその原生人類がいたとすると、少なくとも数万年は前ということになる。
いや、赤色矮星というやつは、あの姿になる前に膨張した恒星という過程を経ているはずだから、それより遥か前に惑星は飲み込まれているはずだ。となると、さらにそれ以前まで、原生人類発祥の惑星は遡ることとなる。
それが数千万年か、あるいは数億年前という人もおり、そんな以前に生まれた人類が、我々のような宇宙人類を形成できたのかという疑問もある。
さらに、この赤色矮星から推測される元の恒星は、我々の太陽よりもずっと小さいものだったようだ。そんな星で、そもそも知的生命体など生まれるものなのか?いや、惑星すら形成できたのか?今でも議論が続いているらしい。
これが、僕が調べた限りのこの地球ゼロの情報だ。一言で言えば、謎だらけの宙域、ということしか分かっていない。
「……ならばどうして、ここが我々、宇宙人類の住む地球の中心となったのだろうか……」
思わず、脳内の言葉が口に出てしまった。すると、ヴァルモーテン少尉が応える。
「いまだに解明されていない、まったくの謎です。が、一つの仮説がございます」
「……仮説?」
「はい。そもそも、ここは我々、人類の発祥の地ではない、という仮説です」
最近、仮説という言葉が妙に聞かれるな。カワマタ研究員、それにマリカ中尉。学者肌の者は、根拠のない、あるいは薄いものの上に構築された理屈を、仮説と呼ぶ。
あくまでも、立証されていないこと、しかし、それが正しいと心のどこかで信じ込んでいる。それを仮説から、定説へと置き換えたい。そういう信念のようなものも感じられる言葉でもある。
「なぜ、そんな仮説が?」
「ここで宇宙人類を生み出すだけの知的生命体が発祥できるほどの、惑星や恒星といった土台があまりにもなさすぎる。こことは別のどこかで原生人類は発生し、ここを足掛かりとして1万4千光年もの地球群を築いたとしか考えられない。あくまでも、現状から可能性を探った結果、生まれた仮説なのです」
まあ、僕が調べた限りの情報でも、ここで知的生命体が生まれたとは到底考えられないと考える人が多いよな。だが、それならばなぜ、ここが我々の「宇宙」の中心なのか?
などと、軍人が一人、考えたところで答えなど出るはずがない。そんな考えを巡らせているうちに、次の門、すなわち、サンサルバドル銀河と呼ばれる場所へ通じるワープ地点にたどり着く。
「門まで、あと2分!」
「全艦、砲撃戦用意!」
すでに我が第8艦隊は異なる銀河、いや、カワマタ研究員の「仮説」によれば、異なる宇宙の入り口へと差し掛かっていた。この地球ゼロ以上に連盟軍など現れようがない場所だが、一応はルール通りの対応をとる。
ところで、この先には非常識なものがいくつもある。宇宙空間上には、なぜかリーナが操れる岩の艦隊、レティシアが「発掘」してしまった岩の浮遊船、そうでなくても、2倍の直径の地球に、浮遊岩が浮かぶけったいな自然、そして魔物の出現。
わずか2、3か月のうちに、これだけのおかしなものと遭遇し続けた。ということはだ、今度の旅でもまた、おかしなものや事実と出くわすんじゃないだろうか。
いや、考えちゃダメだ。それがフラグになる。僕の人生、そんなことばっかりだ。あまり深く考えるのはよそう。
「門まで、300……200……100……ワープ!」
「超空間ドライブ作動!ワープ開始!」
再び、真っ暗な空間に入る。どこの銀河とも宇宙ともわからない場所に続くこの真っ暗なトンネルは、我々の宇宙にあるそれと、ほとんど違いがない。
そして数秒後に、我々は通常空間に戻る。
正面には、あの棒渦巻銀河が見える。フアナ銀河と命名されたばかりの銀河だが、あれのおかげでここが、銀河系ではあり得ないことを如実に示してくれる。
だが、異なる銀河に到達したとは思えない報告が、僕の耳に届く。
「レーダーに感!艦影多数、およそ100!3時方向、距離320万キロ!」
なんだ?艦影だって?もしかしてあれは、この辺りに置いていった岩の艦隊ではないのか。それならば、100という数に辻褄が合う。
だが、そんなものではないことを知らせる続報が入る。
「光学観測!艦色視認、赤褐色!連盟艦隊です!」
全く予想外の艦隊が、僕らの眼前に突如、出現した。




