#128 平民街
「ほほう、それで皇女様を。ふーん……」
朝っぱらから、僕はいきなり問い詰められている。家の前で朝の鍛錬を始めたリーナに付き添っていたら、ポルツァーノ大佐に出くわした。
「へぇ、あの方も皇女様で。ということはやっぱり、この皇女様にも別の名前もあるんで?」
「いや、ダニエラじゃないんだから、リーナという名前だけだ」
「ふーん……にしても、あんまり皇女様らしくないっすよねぇ……」
と、大佐の横で僕に尋ねるのは、大佐の奥さんのサマンタだ。
「それはそうとポルツァーノ大佐、先日、地球1010につながるワームホール帯近傍で、久しぶりに『ニンジャ』を使う艦隊に遭遇した。また連盟軍は、あれを多用し始めたのか?」
「いえ、そこまで多くはありません。最近の報告から、おそらく小回りの効く100隻以下の少数の艦隊で、偵察用途に絞ってのみ使っているものと推測されます。ダニエラ様や、サマンタのおかげもあって、この宙域で大規模な『ニンジャ』を使うことはなくなりましたな」
「そ、そうか……」
「まあ、私としては、異銀河にあるという岩の艦隊の方が気がかりですな。我々のレーダーを持ってしても、近距離に入らねば捉えられないというその船体材料や塗装の方が、『ニンジャ』以上の脅威です」
にしてもポルツァーノ大佐は、相変わらずよく探っているな。ただし、その岩の艦隊をリーナが操れること、そして山の中から突如現れたあの大型船らしき浮遊物のことなど、まだ知らないことも多い。
「そういえば近々、大規模攻勢があるかもしれません」
そんなポルツァーノ大佐が、話を変えてきた。
「大規模攻勢?連盟軍のか?」
「はい。近頃、中性子星での連盟軍の動きが活発化しています。今までのパターンからすると、一個艦隊以上の艦隊決戦を挑んでくる可能性がありますね」
「そうなのか。しかし、今さら一個艦隊程度を動かしても、我々の防衛ラインを突破することは難しいだろう」
「いえ、あの宙域は元々、彼らの支配領域でした。我々の知らないトラップがあるかもしれません。それを使って、我々の意表をついてくる可能性だってあります」
そういえば、この白色矮星域の占拠、掌握の際にも、彼らは星間物質の層を上手く使い、少ない兵力で攻勢に出てきた。中性子星だって、何かあるかもしれない。
でも、できれば戦闘は避けたいな。これまでの戦闘で、相当多数の敵艦艇を沈めてしまった。いくら最新鋭艦で構成された艦隊を率いているといえど、無益な殺生は避けたい。
「おい、カズキ殿!」
と、一通りの訓練メニューを終えたリーナが戻ってくる。
「なんだ?」
「今日は、平民街に行くぞ!」
そういえば昨日、そんなことを言っていたな。そんなところに行って、どうするつもりだ?
「リーナ、ひとつ聞いていいか?」
「なんだ?」
「平民街に行って、どうするつもりだ?」
「民の生活を知ることは、為政者としての当然の義務だ」
いや、リーナ、お前はペリアテーノの為政者ではないだろう。
「リーナ、そういうことは別にお前がしなくても……」
「たとえ国が違えど、私は皇女だ。民の幸せのために働くのは、当たり前のこと。そのためにはまず、彼らのことを知らなければならない」
うーん、ごもっともだが、それを知ったからと言って、何ができるというのだ?お前は、ここでは一人の宇宙港の市民に過ぎないんだぞ。
「うむ、なかなか良い志をお持ちの方のようだ。ヤブミ准将殿、本当に彼女は、提督の2人目の奥方なのか?」
何が言いたいんだ、ポルツァーノ大佐は。つまりは、リーナは僕などにはもったいない人物だといいたいのか?だが、この司令部付きの佐官の洞察力は認めるが、人を見る目というか、そういうものがあるようには思えないな。リーナの実態を知れば、そうもいっていられないだろう。
「なんでぇ、平民街に行くのか?」
と、そこに出てきたのは、レティシアだ。なぜか以前買ったあの杖を持ち、意気揚々と現れた。
「レティシア、一つ聞くが、その杖はなんだ?」
「なんだと言われてもよ、俺は魔女だぜ。この方が、らしいだろ?」
いや、杖が似合う魔女というイメージは全くないんだがな。どちらかと言えば、武闘家の姿でもしてもらった方がまだ怪力魔女らしい。
と、いうわけで、僕はこの2人を伴い、宇宙港の門へと向かう。ポルツァーノ夫妻からの、生暖かい視線を受けながら。
ところで、レティシアは相変わらずベージュの古風なワンピースと、あの魔女っぽいと自称する杖を抱えている。一方のリーナは、いわゆる騎士服と呼ばれるタキシード風の上着を着て、腰にはあの魔石の埋め込まれた魔剣を身につけている。
本来、この街で帯刀は禁止なんだけどなぁ……とりあえず、リーナは無理やり、上等兵待遇の軍属ということにしているから、街の外での護身用の武装は許可されている。もっとも、あの剣が護身用と呼べるかどうかは微妙だが。
門まではバスで向かい、門からは徒歩で入ることにした。僕も思わず、2人に釣られて軍服できてしまった。いくらなんでも、この狭いバスの中で飾緒付きの軍服は目立つ。おまけに、奇妙な杖を抱えた古風な魔女に、誰がどう見ても帯刀した騎士にしか見えない人物を引き連れていて、目立たないわけがない。
こんな怪しげな3人を、門の警備員は見て見ぬふりをして通してくれる。多分、僕の軍服を見て判断したんだろうな。これが私服だったら、間違いなく止められただろう。
こうして、僕らは平民街に入る。
以前、ここにきた時はもう少しゴミゴミとしたイメージの街だったが、今は随分とスッキリ、清潔な感じになっている。道のど真ん中にあった汚物用の排水路は埋められており、道の脇にやや剥き出しに埋められた簡易の下水管が、その代わりを担っている。
石造りの4、5階建ての建物はそのままだが、その上を電線が張り巡らされている。電化が進んでいるようで、1階部分の食べ物屋には、どこも電灯が取り付けられている。
店自体で扱う食べ物も、その種類が増えている。冷蔵庫やIHヒーター、電子レンジなど、調理家電が普及したことも大きい。パンも、以前のような硬いせんべいのようなものから、我々の知る柔らかなものに置き換わっている。フライドポテトもあれば、手羽先も売られ……
えっ?手羽先?ちょっとまて、あれが平民街にまで出てきたというのか?
よく見ると、ラーメンを扱っている店もある。そのラーメンだが、どう見てもあのチェーン店の肉入りラーメンだ。その店の前には、あの丸目、丸顔、二股の三つ編み。間違いなくここに、ナゴヤのあの店が進出している。
悪い予感がしてきたぞ……振り返るとそこに、レティシアもリーナもいない。再び僕は、あの店に目を移す。
「おーい、カズキ!お前は肉入りラーメンでいいよな!?」
……やはり、あの店に入ってしまったのか。めざといな、あの2人は。しかもリーナのやつ、途中で見かけた手羽先の店でテイクアウトで持ち込んだ手羽先を、すでに頬張っている。
「まさか、ここであのラーメンが食えるとはな……やはりこのラーメンは、平民街にこそ相応しい」
などともっともらしく述べて、ずるずると麺をすすり始めるリーナ。お前、大盛りを2杯も頼んだのか。しかもその横には、クリームぜんざいまである。
幸せそうにラーメンを食すこの2人を前に、僕はちびちびと肉入りラーメンを口にする。なんだろうな、確かにあの味なのだが、どうも場違い感が先行して、あまり味わえない。
向かい側の店では、ういろうを売っている。それを子連れの母親が一つ買って、子供に与えている。オオスでも見かけた光景、だがここは7000光年も離れた、古代ローマ風の街だ。そこでういろうを食べる子供の姿など、実際に目にしても、どこか頭が状況判断に追従してくれない。
向こうには、鶏の丸焼きを売っている店がある。あれはおそらく、元々からここにあった店なのだろうが、オオスにある店を連想してしまうほど、ここはあの商店街にある店々に類似しているところが多い。
そんなのどかな街並みを眺めながら、僕はナゴヤ飯を味わっている。
が、そんなのどかな雰囲気を、一気にぶち壊すような出来事が起こる。
その鶏の丸焼きを売る店の、その向こう側からいきなり、ガシャーンという何かが割れる音が響く。
てっきり、そこの店員が大量の皿でも落としたのかと思っていた。が、店員の叫び声が響き渡る。
「キャー!誰か、私の財布が!」
それを聞いた瞬間、何が起きたのかを察する。僕は立ち上がり、腰にある銃に手をかけた。
通りの真ん中を、男が走り抜ける。僕はその男の前に向けて、銃を構える。が、人が多過ぎる。僕は、発砲をためらう。
が、その男に立ち塞がるように、一人の人物が男の前に飛び出す。黒めのタキシード、金色の髪、その人物は、鞘ごと剣を男の前にかざす。
鞘に顔面をぶつけて、後方に弾き飛ばされる男。すると、鞘から剣を抜き取り、倒れる男の喉元めがけてそれを突き立てる。
「動くな!」
リーナが叫ぶ。まるでスローモーション映像のように、僕はその一部始終を見届けたが、その間、わずか1、2秒ほど。あれだけ重い剣を抱えながら、なんという身のこなしか。
が、そのリーナの背後に、棒を振り上げた男が襲いかかってくるのが見える。もしや、あの男の仲間か?するとリーナはそれを察したのか、その場でしゃがみ込む。
しかし、棒は振り下ろされている。しゃがんだところで、避けようがない。危うしリーナ、だが、その時、どこかで聞いた声が聞こえてくる。
「おりゃぁーっ!」
しゃがんだリーナの頭上を、この掛け声と共に透明な丸い塊が飛んでくるのが見える。その塊は男にぶち当たり、その場で弾け飛ぶ。
ふと、真横を見る。あれをぶつけたのは、やはりレティシアだ。レティシアのやつ、近くの井戸の水をいつものように丸めて、それをリーナに襲いかかる男にぶつけたようだ。
それを見た僕は、銃を上に掲げる。そして1発、発砲する。バーンという乾いた銃声が、辺りに響き渡る。
「動くな!さもないと、今度はお前らに向けて撃つぞ!」
銃声に慄いたのか、ずぶ濡れの男も、リーナに剣を突きつけられた男も、猫に睨まれたネズミの如くフリーズする。僕は、銃口を向けたまま、牽制する。
「提督!」
と、またどこかで聞いたような声が聞こえてくる。僕の横に現れたその声の主に、僕は命じる。
「ヴァルモーテン少尉か!すぐに警察に連絡を!」
「はっ!」
なんでここに、ヴァルモーテン少尉がいるんだ?尋ねたいのはやまやまだが、今はそれどころではない。2人組の窃盗犯を捕縛するのが先だ。
「おらおら、動けねえだろう。どうだ、ちょっとでも動いたら、手足か胴体か、あるいはその頭を撃ち抜かれるぜ?」
僕が銃口を向けているずぶ濡れの男の顔に、杖で突いて悪戯を仕掛けるレティシア。一方で、財布を奪って逃走しようとしていた男の方は、リーナが剣先を向けて牽制している。
しばらく、その状態が続いたが、やがて現れた警察官らによって、この2人は捕まる。
「ありがとうございました!」
財布を奪われたのは、地球042の出身者だった。治安のさほど良くないこの場所で、無防備な姿を晒して目をつけられたらしい。
「おう、やったな!」
「いや、油断した。まさかもう1人いたとは……レティシアがいなければ、私はやられていた」
「どうってことねえよ。あっちだって、こっちに2人いるとは思わなかっただろう。あいこだ」
いや、僕もいたんだから、3人だろう。とはいえ、僕がやったことはただ、銃を向けて、牽制しただけだ。もしかしたらあちらにも3人目がいたかもしれないが、たとえいたとしても、恐れをなして出てこられなかった可能性がある。それほど、リーナとレティシアの連携は凄まじかった。
その後、警察官から事情を聞かれて、それに応える僕ら3人。ようやくそれが終わり、すっかり伸び切ったラーメンを口にする僕。
「いやあ、あんちゃんらはすげえな!あの状況で、よくあの2人を捕まえたもんだ!」
周りの人々は、口々にそう褒め称える。が、僕は言われるほどのことを何もしていない。レティシアとリーナの、即興の連携プレー、それがあの2人を捕まえることに最も貢献した。
そんなリーナとレティシアは、周りの人々から話しかけられている。勝ち誇るでもなく淡々と語るリーナに、持っていたあの杖を掲げてドヤ顔のレティシア。対照的な2人だが、あれほど見事な連携を見せるとは、僕も驚いた。
「いやあ、まさかあんなところで盗人に出くわすとは、思わなかったぜ」
「しかし、大した奴らではなかったな。あの程度の腕では、魔物に襲われればひとたまりもないぞ」
何やら口々に好き勝手語る2人と共に、再びその平民街を歩き出す。
突如現れた窃盗団2人に、立ち向かった3人の異星人。はたから見ればそういう構図だが、ことはそれほど、単純な話ではない。
警察の話によれば、あの2人はおそらく、職にあぶれた街の住人だという。急激な街の変化は、一部の職人の仕事を奪い、さりとて新しい仕事に馴染めず、ああいった犯罪に手を染めるケースが増えているのだという。一見すると豊かさを増しつつあるペリアテーノの平民街だが、ある種の歪みを、僕は垣間見たことになる。
「……ところで、どうしてヴァルモーテン少尉はここにいるんだ?」
と、その後ろからついてくるあの作戦参謀に、僕は思い切って尋ねてみた。
「はっ!ここに、アンフォラボトルのようなものが売られている店があると聞いたものですから」
「アンフォラ……なんだって?」
「要するにツボです。古代ローマでは、オリーブオイルやブドウ、ワインなどを入れるのに用いられた、アンフォラボトルというくびれた容器があるのですよ。それが手に入ると聞いたものですから、いてもたってもいられなくてですね……」
……なんだ、またツボか。にしても、そんなもの買ってどうするつもりなんだ?こいつのコレクションの基準は、さっぱり理解できないな。
「で、そのツボというのは、見つかったのか?」
「いえ、それがですね……どういうわけか、その場所の売られていた店には、外が赤く、内側が白く、そこに三つ編みの奇妙なキャラが描かれたラーメン鉢ばかりが売られておりまして……どうして、こうなったのでしょうか?」
ああ、それは間違いなく、この辺りと同様に異文化、それもナゴヤ文化の影響を受けた結果だな。まさか、そんなところにまで文化汚染が進んでいるとは。
そんな新人幕僚の歪んだ趣味はともかく、異文化がもたらす歪みを実感する出来事に出会ってしまった。が、いつかそんな歪みも解消されて、早くここにも平穏な日々が訪れることを切に願う。




