#111 浮遊
「まずは、魔物地帯を通過する。その先が、ゴーレム発生ポイントだ。ダニエラ!」
「はい!」
「この辺りで、間違いないのだな?」
「はい、間違いありませんわ。かなり強く感じます。ただ……」
「どうした?」
「強すぎて、この中のどこを指しているのかが、私の『神の目』では分からないんです」
「仕方がない。ダニエラの神の目の分解能による制約だ。あとは、足で補うしかないだろう」
『では提督、テバサキ、前進します!』
ようやく私にも、あのデネット殿の人型重機につけられた呼び名「テバサキ」の意味が分かってきた。ということは、その後ろからついてくるドーソン殿の「ウイロウ」にも、おそらく似たような由来があるのだろう。いかなるものか、食べてみたいものだ。
さて、我々は山の麓に降り立ち、あの人型重機と呼ばれる仕掛け人形に護られつつ集団で進む。特に、気配を感じない。この辺りは先ほど、ザハラー様が浄化された場所。逃げ遅れた瀕死の魔物ぐらいしかいないはずだ。
ところどころ、魔物の死骸が転がっている。なぜか魔物は、瘴気から出ると途端に息苦しさを覚えるようで、バタバタと倒れる。広大な瘴気が、聖女様らの活躍で消えた結果、このような魔物の死骸は今、あちこちで見られる。
伝説の聖女様は、全ての瘴気を消すのに5年と5か月をかけたと言われているが、ザハラー様はわずか4日だ。急過ぎる瘴気の消滅で、魔物らもその異変に耐えられなかった。魔物ながら、気の毒な話だ。
だが魔物の中には、瘴気の外でも生きられるやつがいる。そいつが我々を襲ってくることは、十分に考えられる。
「それにしても、バル君のおかげで、魔物がいなくなっちゃったよね」
「そうだね、フタバ」
と、フタバのやつがバルサム殿と会話している。ああ、そうだった。この男も瘴気の消滅に一役かっていたことを忘れていた。どうしても「聖女様」の方が存在感があるからな。気の毒だとは思うが、皇国内ではバルサム殿には、なかなか振り向いてはもらえない。
「で、カズキよ。どこに向かうんだ」
「分からない」
「なんでえ、分かんねえのに、歩いているのか?」
「しょうがないだろう。だが、ゴーレム発生場所の付近には、何かがあるとは思うんだが……」
案外、適当だな、この男は。もうちょっと緻密な男かと思ったのだが、存外大雑把だ。
「ところでナオキさんは、何かあると思ってるの?」
「さあね。ダニエラのその鏡の方が、よく見えてるはずだよ」
「まあ、そうかしら?」
にしても、ここの女は皆、対になる相手がいるな。ダニエラがタナベ殿、カテリーナはナイン殿、ザハラー様はドーソン殿、そして後ろでぜえぜえ息の上がっているマリカも、デネット殿がいる。
なんだ?もしかして、相手がおらぬのは私だけか?いや、別に焦る必要などないのだが、こうもツガイだらけでは、何かこう居心地が悪いな。
「にしても、魔物なんて現れねえんじゃ……」
レティシアがそうぼやいた、その時だ。突然、バンッという乾いた音が鳴り響く。
何事かと、私は後ろを振り向く。すると、カテリーナがあの小さな銃を横に向けて、引き金を引いていた。
こいつ、何を……と思ったが、その時、茂みから何かが倒れる音がする。
ゴブリンだ。小鬼の魔物が、こんなところに潜んでいた。このゴブリン、瘴気の外に出られる数少ない魔物であり、数も多く、時折、人里を襲うことで知られている。
そのずる賢い小鬼を、なんの前触れもなく狙い撃ちする。どうなっているのか、こやつの目は?
と、そのカテリーナが無言のまま、さらに茂みに向かって引き金を引く。バンッ、バンッと、音が響き、その度に茂みの中で何かが倒れる音がする。
「カテリーナ!」
「いる、茂みの中!」
ヤブミ殿の声に応えるカテリーナ。そういえばこやつ、確か狙撃の達人だと言っておったが、見えない敵を撃つことができる。さらに数発、茂み目掛けて撃ち続ける。
「これを使え、カテリーナ!」
と、ナイン殿が銃を渡す。おそらく、弾切れなのだろう。ナイン殿から受け取った銃を持ち、さらにまた思わぬ方角に向けてそれを放つ。また何体か、倒れる音がする。
1匹見かけたら、30匹はいると思え、というゴブリンだ。おそらくは相当数、潜んでいるものと思われる。姿の見えないそれを、正確に撃ち続けるカテリーナ。
いや……こやつ、話で聞いた以上の力だ。なんという正確な射撃。伊達に聖女様のそっくりさんではないな。この力、第8軍にも欲しいものだ。
私も魔物襲撃に備えて、あの魔剣を備えている。が、どうやら私の雷神炎の出番はなさそうだ。
と、そこに、今度は別の敵が現れる。
『前方、ゴーレム、現れました!』
と、先行するデネット殿の人型重機が叫ぶのが聞こえる。みるとそこには、岩が人の形をした、ゴーレムと思しき化け物が現れる。
背丈は、ちょうどあの人型重機と同じくらいだ。まさに岩の化け物。サイクロプスよりも恐ろしい。その人型の化け物が、デネット殿の人型重機に襲いかかる。
……と思ったが、いきなりその動きが止まる。腕を振り上げたまま、その場で固まったように止まる。
『おいデネット!ザハラーが、止めたぞ!』
と、後ろを歩く人型重機に乗っている、ドーソン殿が叫ぶ。
『うおおおぉ!筋肉パーンチ!』
と、そいつはいきなり止まったゴーレム目掛けて、人型重機を走らせる。私の脇を、猛烈な速さで通り過ぎて、固まっているゴーレムの1体目掛けて、いきなり殴りかかっている。
すると、ガラガラと音を立てて崩れるゴーレム。デネット殿が叫ぶ。
『おい、ドーソン!殴ってはダメだ、粉砕しないと!』
『構うものか!ザハラーが止めてりゃ、どうしようが関係ねえ!』
案外、あのドーソンという男は無茶苦茶だな。どうしてあんな奴が、聖女様と恋仲なのか?
「各機、まだ先がある。速やかに前進せよ。カテリーナは今のうちに、リロードしておけ。ダニエラ」
「はい!」
「この辺りはまだ、反応しているか?」
「はい、鏡いっぱいに光ってます!この辺りに何かあるのは、間違いありませんわ!」
「そうか……では、前進を続ける」
何かというのが、なんなのかは分からない。だが、直前の会合でヤブミ殿は、人の成り立ちに関わるほどの根源的な何かが見つかるかもしれない、と言っている。それがどういうことなのか。私にはさっぱり分からない。
その後も一向は、時々、ゴーレムやゴブリンと遭遇しつつも、順調に奥へと進む。
そして、2時間ほどが過ぎた。
「うー……いい加減、寒くなってきたな」
ここは北の大地。ただでさえ寒い場所だが、日が山影に隠れてしまった。冷たい風が吹きつけ、レティシアが震えている。
「今ごろ、ナゴヤは夏なんだがなぁ……」
またヤブミ殿の口から、ナゴヤという名前が出てきたな。なんなのだ、そのナゴヤとは?
が、そんな無駄口をかき消すように、先頭を歩く人型重機の内の1体が、叫んだ。
『前方に、洞窟らしきものを発見!』
「なんだって!?洞窟!?」
それを聞いたヤブミ殿は、小走りに人型重機の足元まで走る。
「なんだぁ!?面白いものでも見つかったか!」
レティシアも走る。他の者もつられて駆け寄る。私もその後を追った。
そして、正面を見ると、何やら大きな穴が見える。
「……洞窟にしては、ちょっとおかしくないか?」
「そうか?」
「これを見ろ、この辺り」
その洞窟の出入り口にたどり着くと、ヤブミ殿が足元を指差す。それを見る、レティシアと私。
「お、おい……なんだこりゃあ!?」
「あの門にあったやつと、同じものだ。おそらく、この辺りにも……」
そこにあったのは、まるで文字のような、模様のような不思議な文様だった。その周辺の土を、足で払いのけるヤブミ殿。すると、その文様がさらに続いて現れる。
「多分、この中に何かあるな」
「何かって、なんだよ!まさかお宝か!?」
「まあ、宝には違いないだろう。ただしいわゆる財宝ではなく、超技術である可能性の方が高いが」
「面白そうじゃねえか、おいカズキ、すぐに行ってみようぜ」
「バカ!慎重にいかないと、どんな罠があるか分かったものじゃないぞ」
と言いつつ、慎重に入り口付近を見るヤブミ殿。そして、一歩前に進む。
「重機2機は、ここに残れ!その他は全員、前に進むぞ!」
そして、ヤブミ殿を先頭に、そのひんやりとした空気漂う洞窟の中へと入っていく。
……薄暗い洞窟の中は、広い通路だった。罠を警戒してゆっくりと進むが、特に何かが出てくるわけでもなく、ただ静かに、暗い空間だけが続く。
だが、いくらかも歩かないうちに、行き止まりになる。前に立ちはだかる壁を見上げて、ヤブミ殿は言う。
「レティシア。これは多分、扉だな」
「ああ、そうだな」
「開けられそうか?」
「これくらいなら、軽いもんだぜ」
そう言って、レティシアが右手をその壁に当てる。
「よーしよし……それじゃあ、動かすぞ!」
と、レティシアが叫ぶや、ゴロゴロと音を立ててその壁が動き出す。
ゆっくりと開いた壁の奥には、二回りほど小さな通路が続いている。その奥を、ヤブミ殿が見渡す。
「提督、先行しましょうか?」
「ああ、頼む」
ナイン殿が、ヤブミ殿の前に駆け寄る。そして銃を構えたまま、開いた扉の奥に入る。その後ろを、カテリーナも続く。
ヤブミ殿を始め、我々も入る。そういえばさっきから、マリカ殿の姿が見えないが……ああ、おそらく歩き疲れて、デネット殿の人型重機に乗り込んだのか?
「提督!」
と、奥でナイン殿が叫ぶ。それを聞いた一同は、その通路を走る。
「どうした!」
「いや、あの……こんなところが……」
奥に入ると、驚くべき光景が広がっていた。
その小部屋のようなところには、窓がある。真四角に切られた、大きな窓。薄汚れてはいるが、ガラスのようなもので覆われている。
窓からは、外が見える。ここはゴーレム山の中腹ほどのところで、麓にいる駆逐艦0001号艦が停泊しているところまで一望できる。
そしてその窓の手前は、なにやら不思議な文様の描かれた、机とも椅子とも分からぬ台座のような形のものがいくつも並んでいる。
「驚いたな……あからさまにここは、人が作ったものじゃないか」
ヤブミ殿が呟く。いや、確かにその通りだが、どうしてこんなものが、ゴーレム山の中腹に作られているのだ?
「なあ、ヤブミ殿よ」
「なんだ?」
「これは、なんなのか?」
「さぁ……山の麓が見渡せるから、見張り台か何かか?いや、さすがにそんな単純な役割のものじゃないとは思うがな……」
何かあると考えていたヤブミ殿の直感は、確かに当たった。だが、それを見つけたら、ますます謎が深まってしまった。
宇宙で出会った岩の艦隊。ゴーレム、そして瘴気の魔物……これら全てを結びつける何かが、ここにはあるはずだとヤブミ殿は言っていた。が、見つかったのは、奥深い洞窟を抜けた先にある部屋だけだった。
「……これ以上、何かあるわけではなさそうだな。写真だけ撮って、戻ろう」
ヤブミ殿も、これ以上ここに何かがあるとは思えないようだ。それはそうだろうな。もう扉らしきものも、通路も見当たらない。仕方なく、ヤブミ殿はこの部屋の中を、スマホを向けて写真とやらを撮り始める。
他の者も、ヤブミ殿に倣って写真を撮り始めた。私はスマホというものをまだ、手に入れていない。だから彼らの様子をただ、見ているしかない。
が、私はふと、台座の一つに目が留まる。
「おや?」
私のこの呟きを聞いて、レティシアがやってくる。
「どうしたよ、リーナ」
「いや、こんなところに、魔石のようなものが見えるんだが。」
「魔石?あの赤い石のことか?」
土をかぶっており、くすんいてで気づかなかったが、それを手で払うと、中から大きな魔石が見えてきた。
「ほんとだなぁ、おめえの剣の根本についているやつとそっくりだぜ」
「うーん、こんなところに魔石など、何のための物なのか……」
「魔石って、魔力を貯めるとか、そういうやつだろ?」
「いや、違うな。正しくは、そのものの持つ魔導の力を引き出し、不可思議な力に変えるための石だ」
「そうなのか。でもまあ、ここにはこれぐらいしか財宝はなさそうだな。どれ、こいつを引っこ抜いてやるか」
そう言いながら、レティシアがその魔石に手を伸ばす。
「おいレティシア、魔石というものはだなぁ、何か意味があってそこに……」
「関係ねえや。ここまで歩いて、手ぶらで帰るのも癪だしよ、俺の力で取り出してやらあ。おりゃあ!」
なんということか、レティシアのやつ、魔石を引っこ抜こうとする。楕円形のその赤い石を鷲掴みにし、力を込めた。
が、その瞬間、異変が起こる。
突然、部屋全体がガタガタと、揺れ始めたのだ。
「なんだ!?地震か!」
突然の出来事に、ヤブミ殿も焦る。だが、その揺れは収まるどころか、さらに増幅する。
「お、おい、俺はまだ何もしてねえぞ!まだ、何にもしてねえんだよ!」
レティシアが動揺する。だが、あれを見る限りでは、どうみてもレティシアが引き金だろう。
レティシアが魔石に触れることで、何かが起きたのだ。それは、間違いない。
「提督!直ちにここを出ましょう!」
「いや、ダメだ!通路に向かうと、かえって崩壊して閉じ込められる!」
「では、どうすれば!?」
「窓だ、この窓を破壊する!」
ヤブミ殿が、ナイン殿やタナベ殿、そしてカテリーナに向かって指示を飛ばす。
「窓の四隅を、全員で一斉に撃つ!ヒビが入ったらそれを蹴破り、外に出る!いいな!?」
「了解!」
「では、全員、構え……」
そしてヤブミ殿が、窓目掛けて銃を向けて、まさにそれを放とうとしたその時だ。
更なる異変に、ヤブミ殿は気づく。
「そんな……バカな……」
私も、窓の外を見た。そして私も、愕然とする。
窓から見える光景は、明らかに先ほどと違っていた。
先ほど見えていた、山の麓と、そこにあった駆逐艦0001号艦の姿はもう見えていない。代わりに、目の前を雲が漂っている。
『提督!ヤブミ提督!こちら0001号艦!応答願います!』
と、ヤブミ殿のスマホから、大声が響く。それに応えるヤブミ殿。
『ヤブミだ、どうした!?』
先ほどと比べると、随分と揺れがおさまりつつある。ヤブミ殿はその声に応える。
が、さらに我々へ追い討ちをかけるような報告が、そのスマホから伝えられた。
『提督の向かわれたゴーレム山の一部が、浮遊し始めました!』




