036:ミルトアーデンの未来
領主の館、というかミルトアーデンの城についたわけだが。
もはや大騒ぎすぎてエラいことになっていた。
なぜって、ゴルガッシュみたいなクソバカでかい、城と変わらんサイズのドラゴン様が300年ぶりに現れたからだ。
そりゃ、城みたいなのが超高速で飛んできたら誰だってそうする。
当然、街は全面防衛体制になるが、その程度でどうにかなるゴルガッシュ様でもない。
「おいゴルガッシュ!? 聞いてねえぞこんなの!」
「言ってないからな」
「ざけんなてめえ、考えなしかよ!」
「不満なら、ココで全員振り落としてもいいのだが」
はいすいません、すべてドラゴン様が正しいです。
まあ、領主が背中に乗っているのが分かったんで、やっと収まりがついた。
ゴルガッシュのやつ。これをやったらどうなるか、後々の影響まで分かってて、ワザと周辺に見せつけてやがるな。
代わりに、街は悲鳴とパニックと見物で、天と地をひっくり返したような大騒ぎになったが。もうめちゃくちゃだ。
そのせいで城の中も超絶慌ただしくなってたようだが、とにもかくにも一瞬でサイズ調整したゴルガッシュたちと一緒に、大急ぎでボンテールの娘の部屋へ向かう。
「ああ、こちらが我が娘、エウレーダになります……!」
ボンテールがどうにも落ち着いていられないと言った様子で紹介する。
見れば、色白で亜麻色の髪をした少女が、病床で臥せったまま意識もないようだ。しかも呪いとかなんとかだって言うし。
たしかに、そんなもんいつ死んじまうかもわからないんで、親からしてみりゃ気が気じゃねえだろう。
「ふむ、なるほど……まずは呪詛を外そうか」
ゴルガッシュは軽く手を握ると「キン!」という空間が弾けるような感覚と共に、あたりの雰囲気が軽くなる。
見た感じ、どうも呪詛を「握りつぶした」らしい。すげえなドラゴン。
「三層空式呪だな。人を対象にせず、付随する空間のみを呪う特殊な呪詛だ。故に、人をいくら解呪しても防護してもほぼ効果はない。まあ、呪詛破りは通常、倍返しだ。相手がどうなろうと知ったことではないがな?」
うんちくをたれながら得意げにギザっ歯を見せるゴルガッシュ。
倍返しとか言ってるけど、そんなんじゃ絶対済まさないタイプだと思う。怖え。
「ま、ひとまず安心ってトコかな」
「そうだね、ゴルガッシュが言うなら心配ないだろう」
ヴィーデが明るく言うが、話の確度で言ったらヴィーデのがすげえので、二重の意味で安心だ。
「ああ、今回は……まことに、まことにどれだけ礼を言っていいものやら」
涙ながらに喜びを隠せないボンテール。
人としてしかたないとはいえ、案外涙もろいのかもしれない。
「いらぬ。試練を受けた者の権利だ、胸を張るがいい。礼なら、まずはエイヤに言え」
「俺に?」
いきなり振られてビビる。
「決まっておろう。未熟な連中を率いて、試練を受けさせたのは此奴だ。我はその結果に過ぎん」
あー、見た目の荒っぽさに反して、ホントに几帳面だなコイツ。
ヴィーデがそう言ってたのが分かった気がする。
「そして、それが我が条件でもある」
「「条件?」」
よりにもよってボンテールとハモった。
なんか、微妙にゴルガッシュにも領主にも負けた気がする。
「そうだ。条件付きと言ったであろう? エイヤの望みをなんでもひとつ叶えろ。それが条件だ」
「……は?」
変な声が出た。
ゴルガッシュのやつ、どういう振り方だよオイ。
すげえニヤニヤした様子で「してやった」って態度だ。あからさまに狙ってやがる。
「え、俺? なんで俺?」
「当然のことだ。この領主とやらの試練達成なぞ半人前。なら、あと半分の望みを叶える義務は、領主にある」
「はッ、仰せのままに……!」
ゴルガッシュの宣言に、ボンテールは深々と頭を下げる。
つられて、城の部下共も頭を下げる。
うわー、くっそやられた……このドラゴン野郎。メスだけど。
こいつ、俺の願いなし迷宮踏破のお返しと、ボンテールの半人前達成を同時に処理して、自分は一切手を下さないままに、俺の報酬を強引にひねり出しやがった。
でもなー。わかるしありがたいんだけど、そこが欲しいわけじゃねえんだよなあ。
「では、改めて礼を言う、エイヤよ。そして、望みをなんなりと言うがよい。恩人の願いだ、出来る限りのことは尽くすぞ」
ボンテールが、真剣な目をして、俺に深々と頭を下げる。
思えば、初めてこんだけ真面目に俺を見たな。やーっとで「人間扱い」ですよ。
「まあ……そうだなあ、望みとか特にねえんだよ、【俺】はね? まともな報酬と、違反の割り増し分だけ貰えりゃいいわけ。こっちもプロなんで」
「……なんだと?」
意外そうに驚いた顔で、ボンテールにまじまじと見つめられる。よせやい照れるぜ。
「そりゃ、俺がしてほしいのは、スラムの連中を人間扱いしてほしいってだけですもん」
「……む」
思うところがあるのか、おっさんがさらに真剣になる。
「ボンテールのおっさんさあ、俺も含めて、人間だと思ってなかったろ? スラムの連中なんて、利益にたかって食いつぶすだけのゴミだと思ってたろ」
「……ぐ、うむ。…………たしかに、申し訳ないが、認める」
見りゃわかるよ、あんだけ他人を見下して金さえ出せばいい感じの対応してたやつが、今回部下ともども、初めて人間に触れて、部下たちにさんざん人間らしく助けられたんだからな。
「俺はね、仕事したからその分がもらえりゃ、それでいいんだよ。だけどさ、仕事しても仕事分もマトモに貰えるかどうか分かんねえ連中が、世の中にはたくさんいるんですよ」
「…………」
「せめて、人間として見てやってくれねえっすかね?」
人間、まともに存在を見てもらえないってのが一番クる。
とりあえず俺みたいなヤツのおかげで助かったと思うなら、見てやってほしいからな。
助けの求め方も、まともな息の仕方さえ知らない連中が、世の中には大勢いるんだから。
「……うむ、そうだ……そうだな。私はまだ人間を知らない、元は商人なのに、だ。まだ知らなければいけない。これは、街を、私の人生をも変えることにもなろう」
ボンテールのおっさんは深く考え込んだあと、二度三度うなずいて、色々と納得したっぽい。
もちろんすぐに全部変わるわけでもねえだろうが、少なくとも、これからはスラムでも呼吸は出来るようになったと信じたい。
あと、たぶんまともに対応しなかったら、契約不履行でゴルガッシュが城殴りに来ると思うし。ワンパンで塔のひとつふたつ吹っ飛ぶぞ。
「……あ。あーあー、いたいた!」
そんなとこに、せっかくいい感じにまとまった雰囲気をぶち壊す、「知った声」が響く。
ってか、この場に普段のノリで領主無視してズカズカ踏み込んで来れるっておかしくね?
領主その他があっけにとられているが、なんの遠慮もなくゴルガッシュに突っ込んでいくもんだから誰も止めらんない。だいたい、コイツがなんで城の中堂々と歩いてんだ?
「ゴルガッシュお姉さもふー……もがごが」
「……離れろ」
うん、ユアンナだ。どうしようもなくユアンナだ。完全に冷たくあしらわれてるが。
っていうか、ゴルガッシュにまでモフりに行くのかよ、無敵か!
「おおおおい、こんなとこでなにやってんだよ天然色ボケ女が」
ゴルガッシュから、尻尾ふりふり狐女をひっぺがす。
「色ボケ女とは失礼な、ちゃんと仕事やってますぅー。言っとくけど、ゴルガッシュお姉さまをそっちに向かわせたの私ですからね!」
「なぬ!?」
変な声出た。
なにをどうやったんだこの女。
「ああ、我が城を攻めに来たところで、たまたまこの狐女と合流してな」
「そそ。あからさまに変な雰囲気のお姉さまがいて、そのときはノーマルサイズだったんでモフろうとして、ぶん殴られて危うく昇天しかけたわ」
ゴルガッシュに初対面でそれやるんだ……どんなノリだよ。
だいたいゴルガッシュのヤツ、いきなり城攻めにきてたのかい、怖えな。
「で、色々聞き出してみたら、目的がおんなじだって分かって、城の準備進めとくから向こう行ってあげてって話になったの」
「……まあ大筋はそうだな」
ゴルガッシュが色々言いたそうだが、言うとまた面倒くさいコトになるって顔をしているのが面白い。いいぞもっとやれ。
細かいことは、たぶんヴィーデが絡んでるんだろうなって思った。なるほど道理でタイミングよくなったわけだ。
「そういうことで、これ。帳簿まとめといたから」
いきなりでかい袋の荷物を渡される。中身全部帳簿かよこれ。
ドコから持ってきたんだ。
「なんのだよ」
するとユアンナは、不躾にも、いきなり小声で俺と領主を呼びつけ、とんでもない暴言を吐いた。
「およそ7年前からのミルトアーデン裏帳簿。帝国に知られたら一発アウトなやつ」
「「はあああああああ!?」」
また領主とハモった。おのれ。
結局、ユアンナがとんでもなく絶対やばい爆弾を持ってきたせいで、領主が口約束どころではなくスラムの再開発や保障を確約するはめになった。
めでたしめでたし。
ゴルガッシュ様をモフりたいです_(:3」∠)_




