035:戦い済んで日が暮れて
「さて、我は迷宮の主、震竜ゴルガッシュドーンである……面を上げて良いぞ、皆の者」
場の雰囲気を一瞬で持っていったゴルガッシュが、高らかに宣言する。
とはいえ、みんな顔面蒼白でそれどころではない。
そりゃそうだ。竜の言霊で押さえつけらんなくなっただけマシだが、状況はそんなに変わんないっていうかやりすぎ。みんな人生の終わりみたいな顔してるじゃねえか。
まあ、こんだけエッラそうなクソドラゴン娘に、やりたい放題されたらどうしようもない。
外見なんか一切関係なく、クソほど強烈なふざけた威圧感あるせいで、どいつもこいつも心底からコイツを迷宮の主だって魂に刻まれるぐらいに認めちまってる。
でも、こんな格好で出てきたってのは、もしかすると初心者向けなのかもしれないので、ゴルガッシュなりのささいな気遣いかもしれないんだが。
実際、あんな城みたいな巨大ドラゴンに言霊食らったら、死んじまいそうなやつもいるしな。
なんにせよ、まるで大人に怒られたガキどものように、全員がガクブル状態で震えている。
「試練は、すべて見ていたぞ。そなたら、探索者としてはクズ中のクズだ。いままでありえないほどに。本来、あるべき試練すら超えられておらん、反吐が出る!」
……ハッキリ言っちゃったよ。
マジでムカついてたみたいだからな、ゴルガッシュも。
おかげで、領主を含め全員が、この世の終わりなんじゃねえかってぐらいに小さくなって怯えてやがる。ひと睨みされただけで、たぶん死ぬぞこいつら。
俺が来るまでのクソ攻略とか俺を追いかけてのクソ攻略とか、とにかくやらかしまくりなのはその通りだし。そんなの、心臓のほうが耐えきれなくなってもおかしくない。
「だが、コレほどの大人数にも関わらず、手に手を取り合って、未熟極まるそこの領主とやらの願いを叶えるため、皆が自発的に一致団結したことは評価に値する」
「おお……」
兵士から安堵の声が漏れる。
あー、マジでこれ、地獄の審判を待つようなもんなんだろうな……。
冷静に考え直すと俺、よくこんな圧力の中でゴルガッシュに言い返せたなって気にもなる。
「また、願いも、私利私欲にまみれたものでなく、子供の未来を願うささやかなものである。よって、ココに条件付きで試練の達成と宿願の履行を確約するものとする!」
「おおおおお! まことか、まことに助けていただけるのか……ッ!」
「あああ、ついにやりましたね領主様ぁ!」
「これ、迷宮のドラゴンに……俺達は認められたんです、よね……」
「うぁ、おおおおっ!」
誰よりも速く、領主が突っ伏して、恥も外聞もなく泣き出した。
それと同時に兵士たちが駆け寄り、みんなで抱き合って歓声が上がる。
もはやすごすぎてどうしていいかわからくなり呆然としているヤツさえいる。
ゴルガッシュのプレッシャーに押さえつけられてた分が解放されて、もうみんなめちゃくちゃだ。嬉しすぎて、嬉しいのかどうかもわかんねえんじゃないだろうか。
そんな中、ゴルガッシュが自ら手を差し出す。
「条件は後でよい、まず我が責務である願いの履行から始めるぞ。さあ、急ぐのであろう、領主よ」
「はい、娘の状態が日に日に悪くなっていて……薬も効かず……コレは呪いかと……」
ボンテールのおっさんは、もう領主ってより、完全に親の顔になっている。涙でぐしゃぐしゃだ。
やっとのことでゴルガッシュの手を取る。
「では、我についてこい。エイヤたちもだ。その他の者はココでしばらく待っておれ」
「え、俺も?」
「わぁ、ゴルガッシュに乗せてもらうなんて久しぶりだねえ」
なかば強引に領主の手を引いて、どんどん先に行ってしまうので、ヴィーデと一緒についていく。
そして。
俺らはゴルガッシュの背に乗って、夕焼けの空の中、ミルトアーデンの城までひとっ飛びした。
「お、おおおおお……!?」
ボンテールのおっさんは、うん、すげえ予想通りだ。
元商人だからか、ただ震えてるってわけでもなさそうだが、こんなドラゴンに乗せてもらうっていう恐怖と感動で会話できる状態じゃないっぽい。
「いやあ、やっぱりゴルガッシュは気持ちいいねえ」
ヴィーデはというと、完全に楽しんでやがる。すっかりくつろぎモードだ。
まあ、コイツは大体のことを楽しんじまう気はするけども。
ゴルガッシュの背中は、すげえ速さなのに、俺が自力で飛ぶときと違って魔法で守られてるのか、それほどバンバン風も来ない。そういう意味では超快適な空の旅でもある。
まあオッサンがあの状態なんで、今のうちにヴィーデに聞いとくか。
「ヴィーデ、あのタイミングでこいつが来たのって、やっぱなんかやってた?」
立ってても仕方ないので、隣に座りながら話しかける。
「あ、わかった? エイヤはそういうところにまで気がつくんだから、本当にすごいよねえ。なにかまずかったりしたかい?」
……やっぱりか。
動くって言ってたくせに、変におとなしそうだったもんな。
見えないトコで、細かい調整入れてっかもしれない。
「いや、問題ねえよ。別にやりたきゃバンバンやってもいいと思うんだよ。世の中そんなもんでさ。俺もこうやって、いろんなやつの運命動かしちまってるからな」
「ボクとしては……そうだね、最初より肩の力は抜けたと思う。けど人間っていうのはもっとわからなくなったなあ」
遠くを見ながら嬉しそうに言うので、たぶんまんざらでもないんだなってのはわかる。
でも、知ったから余計わかんなくなったってやつだな、こりゃ。
「や、ほら。人間っていってもさ。別になにが人間なのかって、よくわかんねえんだよ」
「……む。そういうものなのかい?」
そういうものなんですよ。
「人間族だけが人間じゃねえだろ? みんな自分の種族があってさ。それぞれに特性があって、相応に上手く使いこなして、自分は自分って感じでいいんじゃねえかなあ」
「ボクもそうだって、エイヤは言ったよね……正直、嬉しかった」
うわ、すげえいい笑顔。
このタイミングで夕焼けをバックにそういうのマジやめてほしい、ヤバイ死ぬ。
可愛すぎて死ぬ。
「たとえば、ゴルガッシュは別にドラゴンであることにホコリはあっても引け目とか一切ねえだろ? そういうナチュラルな感じでいいんじゃねえかな、とりあえず」
俺も顔が少し赤くなってる気がしなくもないが、きっと夕焼けでごまかせるはず。たぶん。
「そうだねえ。じゃあボクはとりあえず、エイヤの使い魔っていうのがちょうどいいかな」
うぼああぁー!?
そう言って、サクッと嬉しそうによりかかってくるのやめませんかヴィーデ先生!
俺、こう見えても健全な男子なんですよ。
もう男子って年でもないけど、男性なんですよ、オトコノコなんすよ!
このシチュやべえ、やべえって。
しかも、ふたりきりじゃなくて、隣にうろたえたおっさん、真下にはすげえドラゴンのくせして変に拗ねるゴルガッシュがいるんですよ!
うん。
結局こう、色々迷った挙句、なにも手を出せないまま固まっておりました、ええ。
どうしてこうなった。




