028:領主到着
「も、申し訳ありません、領主様!」
「……それで、この有様というわけか」
例の野盗もどきを追い、部隊を引き連れてやっとダンジョンにたどり着いてみれば、入口は散々な状態だった。
領主用に用意させた野営セットは焼かれているし、賊の侵入も許している。
ハッキリ言って、衛兵たちの仕事がマトモに行われていたとは言いがたい状態にある。
だが、ココで衛兵長や部下を強い言葉で叱ることに意味はない。声を荒げて責める必要はない。
わかることは。
……これは、私の予想が大幅に間違っていたということだ。
私の兵はどこまで行っても二流。
つまりは、本物の一流を相手にするとココまで違うのかということでもある。
ひとつ間違えただけでこれほどの差になるから、一流ということだ。ダテにソロで探索などやっていない、ということの証拠でもある。
所詮、スラムの連中と思って侮っていた。
いや、侮っていたわけではないから依頼したのだが、それでもココまでとは思っていなかった。
これでは、国家レベルの隠密陽動のできるような諜報員とかわらないではないか。認識を大幅に改める必要がある。
「良い。いや、良くはないし確かに失態ではあるが、これは私の落ち度でもある」
「いえ、私どもの不徳の致すところです、まことに申し訳ありません……」
深々と衛兵長は頭を下げてくる。
だが、むしろ彼はよくやっていると思う。
「気にするな。過ぎた仕事だと気づかなかった私が悪いのだ。むしろ、よく報告してくれた」
通常、こんな大失態でもすれば己の失態を隠すために、大きく話を盛るものだ。
だが、この男は己の首をかけてまで、正直に「賊は1人から数名」だと話してくれた。
しかも、相手の数が明確に把握できなかったにもかかわらず、可能な限り正確に伝えようとして、だ。
『正直さと忠義』……こればかりは金で買うことができない。
こんな衛兵長を愚直と呼ぶ者がいるかも知れないが、これは得難い才能でもある。
しかもバカ正直ではない。おそらくは自身が、部下の失態まで責任を取る覚悟を決めておる上での報告だ……さりとて、賞罰は明確にせねばならない。
「衛兵長よ、ご苦労だった、よく耐えてくれた。だが失態は失態、衛兵長の任を解く」
「……はっ、当然の沙汰であります。今回の不始末は私の責任でありますので」
強い男だ、こうなることは理解していたのだろう。
ためらいがちにだが、自分の人生の岐路を実感している。
罰は受けねばならない……だが。
「うむ。代わりに、領主直属の親衛隊に入れ。この失敗を言い訳もなく、自暴自棄にもならず、後続のために報告できる忠義には見上げたものがある」
「っ……!!」
「これだけの失態にもかかわらず、己の身かわいさに保身やごまかしなどをしない。そんな者には、罰と同時に報いるのが領主の務めであろう」
「はっ……ありがたき幸せ…………謹んで拝任いたします!」
顔を真っ赤にし、目には涙が潤んでいる。
このような男が金で買えるなら安い。これは生涯、私を裏切らぬであろう。
「最初の任務だ。疲れた衛兵たちをただちに街に帰し、平時の任に戻せ。まずは慣れない遠出の任務をねぎらってやれ。そして私が戻るまで待機だ、よいな?」
「はっ!!」
善い男だ。有能ではないかもしれんが。
そして、私は働きには報いる君主でいる必要がある。
そうすれば部下は勝手に金と評判を私に届けてくれる。世の中とはそういうものだ。
だが、スラムの連中は違う。
金を産まないばかりか奪っていき、面倒を見てやれば依存する。
勝手な都合で文句だけは言う、なにもせずに欲しがるだけのおめでたい存在だ。
それは義務を果たしたものだけに許される権利であって。
だいたい、住める場所だけなら与えてやっている、とやかく言われる筋合いはない。
街の中である以上、土地でさえ本来はタダではないのだ。
モノは、欲しければ買うべきであり自己責任だろう。
税も払わず、忠義も信用もないような、半ば臣民でないものにまで生きる権利をくれてやっている以上、十分な対応と言えよう。感謝してほしいぐらいだ。
そんな、マトモに生活も自治もできないような連中をかろうじてまとめているのが、盗賊ギルドという存在ではある、だが……
所詮は街のギャングや、チンピラ崩れの集合体でしかない。
他の街と違って、斥候ギルドと呼ばれていないワケはそこにある。連中はもともとスラム出身で構成されており、犯罪者集団の集まりなのだ。
そのため、冒険者ギルドとは契約関係にあっても、直接の下部組織でも系列組織でもない。
そのため、他のギルドと違って冒険者のランク制度にも関われないような連中だ。
今回は冒険者ギルドに依頼できない依頼である以上、仕方なく使ったのだが、まさか、あんな連中に本物の一流がいるとは思わなかった。
それでも、やはり盗賊でしかない。
契約もマトモにこなさず、逆に条件をつけてくる始末。
裏切り者には厳罰を。それが社会のルールだ。
「では、これより”宿願の迷宮”におけるダンジョン踏破を開始する!」
「「「はっ!」」」
洞窟前に響く良い返事だ。訓練が行き届いている証拠と言えよう。
兵士長を始めとした、総勢100名からなる我がダンジョン攻略部隊には、元冒険者の連中も多く在籍する。
必ずや、例の盗賊を追い詰めてくれようぞ。




