024:そのころ、領主の城にある秘密の部屋
その少し前。
ボンテール子爵は、領主の城で部下の報告を聞いていた。
ここは密室。子爵と直属の部下しか入れない、秘密の部屋。
領主には、このような相談室が必須に決まっている。
表向き【話のわかる領主】であり続けるためには、人に聞かれたくない話をするための場所が絶対に不可欠だからだ。
「おそれながら、依頼した盗賊は例のダンジョンを最深部まで到達し、アイテムを持ち帰ったものと思われます」
蓄えたヒゲをなぞりつつ、ギルドを見張らせていた部下から【伝達魔法】で報告を聞く。
高価な使い捨て呪文の巻物で、私の許可さえあれば誰でも使える。これ以上に便利な魔法もない。
金で買える時間は、移動でも伝達でも大いに使うべきだ。
それはそれとして。
依頼終了とともに、迷宮の奥から持ち帰ってきたという特別なアイテムがあるという。
だが、私はそのような依頼まではしていない。探索と調査のみだ。
せっかく物資も人員も充分揃えたというのに、迷宮攻略がいつまでたっても進まぬ。やむなく凄腕を雇ったのはいいが、どうやら腕がよすぎたようだ。
ダンジョンの最終目的である【我が望みを叶える】というところまでいかれてしまっては困る。
「アイテムは私のところへ。そして門番に命じ、その者を発見次第拘束しろ、至急だ」
これだから外部の者は信用に値しない。
なぜなら、彼らには失う恐怖がないからだ。
だが、部下には高い給金を与えてある……よそでは稼げないほどの金額を。
つまり、生活のランクが上がってしまう。人間、一度上がってしまった生活ランクを下げるわけにはいかない。
そもそも彼らは、私の部下でなければ暮らせない二流かそれ以下の者たちだ。それは、本人たちが身をもって知っているだろう。
そうだ、世の中は金だ。
金が私を守ってくれる、力のないものを守ってくれる。
「やれやれ……金の尊さをわかってない連中が多すぎる」
そう、金があれば爵位すらも買える。人生が買えると言っても過言ではない。
だからといって、いつまでもこんな辺境で買った田舎子爵に甘んじているわけにもいかない。
過去の栄光にすがっているような没落貴族連中なぞ私の相手にもならんが、地位は通行手形でもある。面倒でも、貴族社会の交通ルールは守らなければならない。
だが、古代帝国期のダンジョンとなれば話は別だ。
それも、300年前から所在が失われた、偉大なるドラゴンが願いを叶えるという迷宮。
どんな貴族王族とて、単純な力の前には敵うすべもない。一番わかりやすい権力だ。
苦労して文献を集め、やっと探り当てた古代の迷宮……断じて渡してなるものか。
部屋を出て、部下に宣言する。
「私も出るぞ。兵士長、第一隊準備せよ。これより迷宮の最終攻略を開始する!」
第一隊に関しては、私個人の兵だ。
冒険者くずれや傭兵くずれのチンピラ共ばかりだが、相応の金はくれてやっている。こういうときこそ、しっかりと働いてもらわねば。
そう、時間は金。人が一日働けば、相応の給料が出る。それは、対価として時間と労力を使ったからだ。
人生は、生きる時間をどう金に変換するかで、その換金率は一定ではない。
効率よく時間を金に変えた人間が、よりよい人生を過ごせるというものだ。
だが、冒険者の連中はだいたい違う。
あいつらは、時間よりも効率よりも、自分勝手さを取る。
好き勝手するというのはクジみたいなものだ。当然、ハズレのほうが多いに決まってる。
そのくせ、金はいくらでも欲しがるという、最低最悪きわまりない者たちだ。
まったくもって人間として価値がない。スラムのクズどもと大して変わらん。
ギャンブル人生の冒険者がどうなろうと知ったことではないが、だからといって私の邪魔をされると困る。
私の時間は、お前たちの時間とは金額が違うのだから。
まあいい、それもこれまでだ。
さえない部下共のせいでだいぶ効率は悪かったが、それは仕方ない。あとは迷宮をクリアしてしまえば良い。
最後のひと押しだけは自分で行くしか無いが、それは上に立つものの義務や責任というものであろう。
「そうだ。力さえ手に入れば、金に変えられる。金さえあれば……すべて平和になるというものだ」
人生、幸せ、愛、友情。
すべて、金があれば手に入る……運命さえもだ。
あとは、それを手に入れにいくだけ。
そのための準備は、すでに終わったのだから。




