010:宴会
ミルトアーデンの街までは2日ほどだ。
考え直してみりゃ、こんだけ街の近くにあんな10層クラスの未踏破ダンジョンがあったってのもおかしな話だが、偶然見つからないような感じの色んな理由があったんだろう。
主にコイツのせいで、俺が来るまで見つけらんないような運命になってたんだと思うんだが。
「ほう、これが街か、街なんだな! やはり、実際に見るのは雰囲気があって素敵だね!」
で、当のお嬢様ときたら、街に着くなりこのひとことだ。
どんだけ箱入り娘だったんだか。
まあ、1000年引きこもってたんで、そりゃ筋金入りだって気もするが。
「ま、これから毎日のように見ることになるんで思う存分見てくださいよ。人間どもはだいたいこんな感じでよくも悪くもなく日々を過ごしてるからな」
ミルトアーデンの街はこのへんで言えば大きい方に入ると思う。
とは言っても、俺も辺境育ちで中央のバカでかい都市とかよく知らないから、立派な城がある城壁都市のこの街が中規模、とかいう商人連中の言葉はよくわからん。
村やそのへんの勝手にできた町じゃなきゃ、だいたいデカイでいいんじゃないのか。
「ボクは長く生きてるし、それなりに物事は知ってるとは思うけども、外はほとんど見てないんだ。案外、知ってるからいいやと思っていたが、体験するといろいろ違うんだなあ」
ヴィーデは、さっきからずっとほくほく顔である。
「そりゃそーですよ、見るとやるとじゃ大違いだもんよ」
まあ世の中なんて、いずれ慣れちまうもんで。新鮮なのもいいが新鮮じゃないのが悪いわけでもないってのが面白いところですけどな。
それはそうと、こいつ街に入っただけでも目立って仕方がない。
おかげで街の門番が、どこぞの貴族令嬢のお忍びと勘違いしてひれ伏してたからな。
とりあえずマントを頭から被らせてるせいで、余計にそれっぽい。
まあ世間離れした風貌と態度だし、世の中にこんな生物がいていいのかって感じだ。
あと、さすがに一応、頭の角は消すまじないをかけてもらった。この程度は魔法ですらないらしい……魔法すげえな。
その気になれば運命とやらでどうにかなるものらしいが、ヴィーデは見たまんま魔族なんで、この辺境で帝国関係者だって思われるのもあんまよくない。
なんにしても、服も早いうちになんとかしないといけない。
「あー、それでヴィーデお嬢様。なにをどうしても死ぬほど目立つっぽいんで、ちょっと目立たない服を考えたいんだが、いいかい?」
「うん、いいぞ。なんでもやってくれ。だいたいボクはキミの使い魔だぞ、マスターの言うことに従うのは当然だろう。そう、世界の摂理というやつだよ」
なんでそういうことを、なにか期待するような目で言うかな。
ああもう、天然で誘うのやめて欲しい。
「いや、そのマスターっていうのも、そろそろやめよう。少なくとも仲間は上下関係じゃないし」
「そうか? エイヤはボクをモノにしてるんだから、好き放題言ってくれていいんだぞ、なんだって思いのままだぞ、やりたい放題したい放題だぞ?」
そういう、他人が聞いたら誤解を招きそうな表現は勘弁してください。
俺が悶えます。
「あー、前にも言ったが、むしろ街ではヴィーデがお嬢様で俺がそれに仕える従者って感じのが合ってるんだ。だからそれっぽい服にするってわけ」
今の格好だと、さすがにどれもこれも正装レベルの上物過ぎるし年代物すぎてな……生地だって最近の織り方かどうかすら怪しい。
「ふむ、それならいっそ、今の服を路銀の足しにしてしまえばどうかな? 1000年前の古いものだが、宝石やアクセサリーも上物だと思うよ?」
「あー、その手があるか。まあ確かにここから中央に向かうってこと考えると、さすがに俺の金も心もとないからな……でも大丈夫なのか? それって大事なものじゃないのか?」
今回、準備でいろいろお金使いましたからね……。
「まあ、これだけ持ってればいい。帝国の皇帝石だからね」
「なるほど皇帝石、って……はああああ!? マジで!!?」
ちょっと待て、最初からさらっと胸元にぶら下げてくれてますけどね?
皇帝の石って言ったら、失われた伝説の帝国皇帝位継承アイテムじゃねえか!!
そんな伝説級のお宝、一般人がお目にかかれるものじゃねえぞ……知らずに鑑定させたらいろいろヤバイところだった。
「うん、別れのときにくれたものだからね。これだけは大事に持っておきたいんだ」
「伝説ってこんな簡単に転がってていいものなのか……」
うーわー。
なんかえらいことに巻き込まれている気がする。
うん、ブツは選んで売ろう……変に足がつきかねない。
「……なにか問題でも?」
「いやまあ、うん。ちょっと自分の常識が崩れそうなだけだ。大丈夫」
そりゃあ、古代帝国で特別待遇されてればそうもなるよな、うん。
とりあえず深呼吸。
すーはー。
「……よし、じゃあ俺がダンジョンで拾ってきたってことにして、装飾類は一部売る。服は必要なことがあるかもだから残す。着替えて宴会する。オーケー?」
「ボクは問題ないぞ、好きにしてくれればいい」
「よし決まりだ」
そうとなったら、さっそく行動するに限る。
適当に見繕ってから、いつもの店だ。
***
「おかしくないかな、大丈夫か?」
「似合ってる似合ってる」
おどおどしながらすごく格好を気にしているが、すごく似合っている。
っていうかこれ、だいぶ店員が着せ替えで遊んでたっぽいしな……どれ着せても似合うし喜ぶし楽しそうから、店員の方も楽しくてしょうがなかったんだろうな。
お忍びだから目一杯地味にしてくれって言ったのに。とりあえずはフード被せとけば様になるかなあ。
まあでも、本人も気に入ってるならそれで。どうせ貴族って設定だしな。
これくらいは運命ってやつに甘えてもいいんじゃないかな。
「そうか……ならいいんだけど。そっちはどうだった?」
「おう、上々だったぜ」
服を選んでいる間に、こっちはブツを換金してきた。
多少急いだんで足元見られてる気もしなくはなかったが、向こうは向こうでブツを逃したくなかったみたいで、まあそれなりにいい感じの額に落ち着いた。
っていうか、さすがは古代帝国の遺産って感じだったし、ヴィーデが持ってるのは当時のままなんだから状態も最高なんで、当然といえば当然なんだけど。
なんにしても、これで当分困ることもない。
服も金も揃ったとなれば、宴会だ。
こういうときは、少し裏通りだが馴染みの店に限る。
まあ俺みたいなやつが表通りの店で騒ぐわけにもいかないし、お忍びってんだから表通りじゃなく、いろいろと融通が利く店のがいいに決まってる。
そんな感じで、いかにも宴会って感じの品を注文して、テーブルにいろいろ並べる。
料理の皿が並ぶだけでも宴会って感じですよ……ささやかだけどな!
「おお、エイヤ。この食事はなかなかすばらしいね!」
「おう、宴会だからな! どんどん食べていいぞ!」
骨付き肉を手づかみでガブガブと行く、いい食べっぷりだ。
庶民の味でうまいものを集めたほうが、ヴィーデは喜ぶに決まってる。
こいつたぶん、お貴族様の食事以外知らない可能性すらある。
ってことは変に良いもの食わせたら、こいつにとっては日常食の可能性まであるからな。
こういう「いかにも肉!」って感じの、うまくてお値段そこそこでボリュームがあって、でも宴会とか祝い事でないとさすがに頼みにくいってやつがいいんだ。
「宴会ってすごいんだな! こんなものを食べれるってだけでも価値があるよ!」
「喜んでくれてなによりだな……連れてきたかいがあるってもんですよ」
「うん、すごい。キミ風に言うならマジヤバイっていうやつだね。トロみのある少し甘しょっぱいソースなんだけど、変にしつこくないし、なによりダイレクトに肉を食べているっていう感じがするのがいい、すごくいい、うまうま」
骨にかぶりついて豪快に肉を頬張るお嬢様は、大変に嬉しそうでご満悦である。
そうかそうか、たーんとお食べ。
店の隅っこで絶世の美少女が嬉しそうにごちそう食ってるんで、そこそこ目立ってる気はするけど、こんだけ喜んでるならまあいいよな。見てるこっちも嬉しくなる。
……などと思ってたら、声をかけられた。
「あら、アンタがつるんでるってのも珍しいわね?」
盗賊ギルドの副長、ユアンナだ。
狐の獣人だけあって目端は利くんだが、ちょっと計算高い割に天然で、すこしめんどくさいタイプでもある。
こういう時にはすかさず声をかけてくるあたりからも優秀だし、気も回るし、悪いやつでもないんだがなあ。
「誰かと思えば副長じゃないすか。まあ、個人的な件でね、たまたまだよ」
ホントたまたまだからな。
運命ってのも、こういう時には便利な言い回しかもしれない。
「へーえ。なんでもいいけど、肉パーティできるだけの余裕あるなら、それなりの成果あったってわけ?」
「骨折り損のくたびれ儲けってやつで、残念会だけどな」
目ざとい。
たしかに、なにもないならこんな事するタイプでもないからな、俺。
でも、まともに話すのもなんだし、どうするかな……。
「……む、エイヤ、この人は?」
「狐獣人でギルドの副長。おせっかい焼きで美人を鼻にかけている。いけ好かない女」
「そうか、エイヤが世話になっているんだな。よろしくな、イケスカナ=イオンナ」
「それ名前じゃない!?」
あ、怒った。
面白いからもう少し流しておこう。




