009:夕焼け
「あー、その……すまん。そういうの俺からすると無理だから」
うん、帝国の皇帝様とか無理、物理的に無理。むーりー。
「む……?」
「ああそうか、そっから説明しなきゃいけないのか……」
もう何回目になるかわからんが、頭を抱えた。
帝国ってこう、でかいんですよ! そんで、やばくてやばいんですよ!
今や魔族メインの集合国家で、いつか世界征服するんじゃねえかってくらいのやつだ。
ここは辺境で大陸の西の端っこの方だってのに、影響あるぐらいなんで。
俺なんか、そのへんの余り物からオコボレにあずかってるだけですからね、ええ。
でも、コイツにとっては、そうしたいと思ったら出来ちまうことだもんな……。
「まあ、今の帝国ってのは、おいそれと近づけないんだよ」
「そうなのか?」
きょとん、とした感じのヴィーデ。
「そうなの。今の帝国ってやつは古代帝国から分裂したりしたんだけど、現状は魔族中心の大帝国でしてね。いわば魔王軍ですよ。周りの国をきゅーきゅー言わせまくりですよ」
古代の頃の帝国がどうだったかまで知らんが、少なくとも最近の帝国っていえば、まあ、素敵に強烈な魔族の侵略国家。
100年前の魔族戦争の結果、北から攻めてきた魔王軍に帝国が取り込まれる形で落ち着いた。
ココ30年ぐらいは、帝国を含めてどこも大きな戦争こそ起きてないが、近隣の小国家群を調略したりで、裏ではどういうことやってるかわかんないよなあ。
そういった影響があまりない、こうした西の辺境あたりでコソコソと暮らすのが身分相応ってやつだ。
……俺も男なんで、でかいロマンにまったく憧れがないとまでは言わねえけどな。
いろいろ面倒そうだけど。
「ううむ、大変なのだな……ボクの見立てでは大丈夫そうなんだが」
「とにかく、そういう面倒には近付かないようにしつつ、古代帝国の遺跡とかダンジョンの探索やって、宝物探しとかで日々を過ごすってのが俺みたいなやつの定番だねえ」
ヴィーデはなんか不思議がっているようだが。
君子危うきに近寄らず、ヤバイところには手を出さねえってのが長生きの秘訣ですよ。
魔物狩りやクエスト受注なんてのも、俺には合わねえし。地道に取りこぼしやスルー案件を拾いに行く生活がいいとこですよ、ええ。
なにせ、一攫千金を狙ったらこの始末ですからな。
「まあ、エイヤがそういうならそうなんだろう。先の楽しみにしておこう」
「マジか……先の楽しみにできる程度の物事かよ……」
ヴィーデが面白そうに、ニヤニヤした顔を向けてきやがった、猫か!
こっちは面倒事とか勘弁してほしいってのに。
「エイヤはもう少し、自分の価値を知るべきだと思うぞ。キミのスキルだってもっと大きな物を手に入れられるんだ。何度も言うようだが、キミはボクの運命の人なんだから」
さも当然って感じに言い切りやがった。
そういう言葉をさらっと、この外見この声この表情で真剣に言われると、いろいろ勘違いしそうになるんで勘弁して欲しい。
それに、運命の人とかっていうのはもっと重い言葉に思うんだが、ヴィーデが言うと日常感覚ぽいっていうか、おそらく実際に日常だしすげえ軽く感じるんだけども。
たぶんガチでマジで、かなりヤバイぐらいの内容だってのはわかる。
コイツにとっての運命ってのは、俺らが顔を洗うぐらい当たり前の感覚だからな。
まあ、せめて26年分の価値がありゃいいけどねえ……。
「そんなもんかね、しがない野郎には宝の持ち腐れってこともあるかもだぜ?」
「ふふ……ボクは、キミがこれからどんな人生を選んでいくのか、楽しみで仕方ないんだ。それだけで十分だよ」
「あー、俺は自分でいたいだけだよ。それ以上でもそれ以下でもねえっての」
ヴィーデさんや。
夕焼けをバックに、そういうことを明るくさわやかに言うんじゃない。
ホント人を駄目にしそうなことばかりだなこいつは。
人によっちゃ、たしかに運命の出会いかもしれないが、どんな人生だって選び方次第ってもんだ。
ただ単に、俺はそこで変な自分にはなりたくないだけってヤツだ。
所詮、かすめ取っていくだけの人生だからな。
「だいたい、ボクみたいなお宝を探し当てたってことは幸先いいじゃないか。お互い楽しみが増えるのは悪いことじゃないだろう……売ったらすごいことになりそうだし?」
まあすごいことになりますよ実際。
能力抜きにしても、この見た目と素直さなら、どこに売り飛ばしてもとんでもないことになりそうですからな。
だからって、お宝ってのはあまりに貴重品すぎるモノはおいそれと売れないんですよ。
っていうか、ひとつ間違えると、どこかのお偉いさんにそれはそれは丁重にもてなされたあと、事情を知る邪魔者は一服盛られて、ぐっすりお休みの間にひっそり始末されるんですよ、ええ。
それに、言ってることと態度がぜんぜん違うじゃねえか。間違っても見捨てたりしないだろうって安心しきった澄んだ瞳で見やがって。
だいたい、幸先もへったくれもねえ。
こうなったのはお前の仕掛けだってのに。
それでも俺が自分で選んだんですけどね……男ってホント悲しい生き物だ。(二回目)
まったく……運命を操るとか、自分が帝国最大のヤバイ禁呪みたいな存在だって自覚あるのか?
ないんだろうなあ。いろいろ知ってるクセに、まるで自覚ないし。
「しかしお前さん、自分でお宝って言うだけあって、どこに行くにも死ぬほど目立つからなあ……なんとかしないとな」
「すまない、やはり見た目が問題なのか」
「逆だ逆。良すぎて問題なの。アレだ、銅貨の中に、純度の高い特製の超レア物の古金貨が1枚あるようなもんなんだよ」
きょとんとした様子で、よくわかってないって感じだ。
可愛くて困る。
「うーん……ボクは自分の見た目が心配で仕方ないんだが」
どう見ても、心底からその通り思ってるのがわかるだけに、世の中ってやつは、なかなかうまくバランス取れなかったりするんだなって思う。
俺からすると、コイツぐらい見た目がいいやつなんて探すの無理じゃね? なんて思うんだが、本人はまったく自覚がないどころか不安がってる始末だ。
人にはそれぞれいろんなものの見方があるってやつだな。なにが本人にとっていいかなんて、食べ物の好き嫌いぐらいにわからねえってことか。
「そういうもんだって思っとけ。なんにせよ、まずは街に帰って祝杯だ。俺の生還記念とヴィーデの封印解放記念の宴会はする必要あるだろ」
そうそう、宴会ですよ宴会ってことで、はぐらかしてみせる。
ただ、それでも、多少でいいからこの外見は隠す必要あるなあ。
この世のものとは思えないどころか、リアルにこの世のものではない美女がいたら、どこだって噂になりまくりだ。
ちょっと街に行くのも気をつかうのかと思うと、世の中の美人ってやつも意外と楽じゃないのかもしれない。
ああ、フード付きのまともな外套が必須だが、女物は買わないといけないよな……金もねえのに出費が……。
だからって、記念日までおろそかにするってのもおかしな話だ。
コイツにしてみれば、いくら長生きしてたってはじめての自由だしな。
「……む、宴会か。それは聞いたことあるぞ、貢ぎ物みたいなものと考えていいのか?」
興味津々な様子で上手く話題がずれたようだ、いいことだ。
でも、言われてみれば人間ってより女神待遇だったのかもしれないな。守護女神とか戦女神とかそういう立場だったとしてもおかしくない。
なら、人間と一緒の宴会なんて、まともにやったこともないだろう。
「まあ、個人的な祭りみたいなもんだな。なんかいいことあったときに、なにもありません普段通りですってんじゃ寂しいだろ? そういうときにぱーっとするのが宴会だ」
「なるほど、準備も少ないし合理的だね」
「お祝いとか記念日とか理由はなんでもいい、そういう気分のときにちょっとはいいものでも食べて幸せになろうってやつだ」
「日々を過ごすための知恵というわけだな。なかなか興味深い」
ふむふむとうなずくヴィーデ。
「そんなもんですよ。人間はお前さん方と違ってすぐ弱るしヘタるし、ちょっとミスるとマジ死ぬからな。だから刹那的でもいいから、できる時にいろいろやるんだよ」
「ふむ。だから宴会なんだな、楽しみにしていよう」
まったく……わくわくの期待を隠さないままのいい顔しやがって。
こうも幸せそうな笑顔のお姫様にかかっちゃ、それもただの人間らしさかもだけどな。
でも、俺にとっちゃ、いろいろアレだった人生の残念会やっとかねえと、ささくれだったハートがどうにも収拾つかねえんですよ、ええ。
そりゃもう、寝る間も惜しんでいろいろ調べて金と時間使って万全の準備して、なんとか単独で最下層まで行ったってのに!
そこまでしてやっとのことで手に入れてみれば、お宝じゃなく厄介事だからな……しかもどうにも手放せないと来た。確実に呪いのアイテムだろコレ。
まあ、運命だろうとなんだろうと自分で選んでる以上、いまさら呪われてたところで文句もねえんだけど……。
やれやれ、こういうときはなんとか重い腰上げてさっさと帰って、しがない運命とやらに乾杯しますかね?
ああまったく、男ってやつは悲しい生き物だな、ちくしょう。(三回目)




