90話 お、俺は何もやってねぇ!(やってる)
「マヒルさん!いつまでそうしているんですのっ!?」
フォレストドラゴンとの遭遇から一週間。俺は想像とかけ離れたドラゴンの姿に打ちのめされ、心敗れ、絶賛引きこもり中だった。
そんな中、ベルがいきおいよく部屋に突入してきた。
「お、おい、ノック位しろよ――」
「ええいもう、うるさいですわ!急いでギルドまで行きますわの!」
「へ?なんでギルドに?」
「冒険者だからに決まってますわよ!? それに、ワタクシたちが発見したフォレストドラゴンがちょっと問題になっているらしいんですの」
「フォレスト……あぁ、あのゾウのことか。よし、分かった」
俺はそう言うと、ベルの体の向きをくるりと変え、ドアに向かってずいずいと背中を押す。
「ちょ、ちょっと、ワタクシは補助されなくてと自分で歩けますわ!」
ったりめーだろ何言ってんだこいつは。
「で、でも、やっと動いてくれるんですのね?ワタクシ、ちょっと嬉し――」
「それじゃあ、また」
バタンッ――ガチャッ。
『ちょ、えっ!?何してるんですの――って、あぁ!?鍵をかけましたわ!鍵をかけましたわ!?』
ドアの向こうでは、誰かが甲高い声で騒いでいる。まったく、騒々しいったらないね。
「っし、ベッドに戻るとしますか」
邪魔者を無事に排除した俺は、のそのそと聖域へと戻る。
ガチャッ――
「へ?」
確かに施錠したハズだった。しかし、事も無げに俺の部屋のドアはぎいっと開く。そこには、金色の髪を荒々しく逆立て、鬼の形相で俺を凝視するヒト型モンスターの姿があった。
「きゃ、きゃあぁぁぁぁ――――!!!」
「い・き・ま・す・わ・よっ!!!」
こうして俺の自堕落的な平穏は終わりを告げた。
* * *
「……お前なぁ、ミレナさんに頼んで鍵を借りるなんて卑怯だぞ」
「うるさいですわ。人をしれっと追い出す人こそ、卑怯だと思いますわよ」
「ぐうっ……」
ちくしょう、何だか最近ベルの口が達者になってきた気がする。
「にしても、あのフォレストドラゴンに何の問題があるっていうんだよ。街からも遠いから関係なさそうだけどな」
「……それが、森の奥から出てきてしまってかなり暴れているみたいなんですの。見かけによらず、普段は大人しいはずなんですけれど」
「へぇ、そりゃあまあ大変そうだな」
そうこう話していると、冒険者ギルドへ着いた。ギルドの扉を開くと、クールな受付嬢のセラ姐が駆け寄ってくる。
「よかった、マヒルさん。実は、あなたたちが発見したフォレストドラゴンが少し問題視されていまして」
「あぁ、なんとなく聞きました。暴れてるとかで」
「そうなんです。発見した際、何かおかしな点などは無かったですか?」
「いやぁ……普段を知らないですけど、特に変わったような所は……」
「そうですか……」
セラ姐は、眉間にシワを寄せて深いため息をつく。
「フォレストドラゴンは外敵が来ない限りは暴れないハズなんですが……。 まさか、攻撃なんかはしてないですよね?」
「いやいやいや! すぐに逃げましたって!」
「そうですわよ! 大泣きしているマヒルさんを引っ張るのが大変でしたもの!」
うん、ベルちゃんはちょっと黙っとこうね?そしてセラ姐は疑問系ながらも、確信に近い感覚で聞いてるだろ。まったく、俺のことをす~ぐ疑うんだから。あの時だって、ただ麻痺させて逃げ――
「「あっ」」
俺とベルは、ほぼ同時に声を出し、目を合わせる。
額からは、脂汗がたらり。
麻痺、かけちゃってるねぇ……。ちょっかい、かけちゃってるねぇ……
「? マヒルさん、何か心当たりが……?」
そう言ってセラ姐は、つり上がった目を細めて俺に顔を寄せる。
「いやいやいや、本当に分からないですって! 俺たち二人じゃ勝ち目なんてなかったですし!」
「そ、そう、そうですわよ! もう、逃げるのに必死でしたわ!」
「ふぅん……まあ、いいです。緊急でクエスト発行しなければならないですね……」
うわぁ、なんかすっごい、すぅごい罪悪感。いや、でも仕方なくね?逃げる為にこちらも必死だった訳で……!
「マヒルさん、マヒルさん」
ベルが俺の腕を引っ張り、コソコソ声で喋る。
「やっぱり、ワタクシたちのせい――いえ、マヒルさんのせいですわよね?」
「おまっ、馬鹿っ!黙ってろ! それに一緒にいたんだからお前も同罪だ!」
「なっ……! でも、さすがに悪い気がしますわ」
「……それは、俺もそうだが……」
フォレストドラゴンにしたって、ただそこにいただけで何度も何度も麻痺られて体の自由を奪われては、そりゃあぶちギレるわな。
良心の呵責に苛まれながら、今からの身の振り方を考える。――が、やはり結論は一つしかないな。
「あのぅ、セラーナさん。とりあえず俺たちが行きましょうか?」
さあ、まーた厄介事に足を踏み入れてしまったぞう!ゾウだけにな、なんってな!
……はぁ。
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