89話 嗚呼、ドラゴン様
ズズン……ズズン――
酷く鈍重な何かが、ゆっくりと歩みを進める音が聞こえる。それは森の木々を、大地を、空気を巡って俺の体に深く響く。この先に、俺の憧れ――ドラゴンがいるんだ……!
「い、いくぞ、ベリュ。まずは、正体だけ、それだけでも、確認するんじゃ……!」
「……落ち着いてくださいまし。さっきから様子が変ですわよ」
「す、すまなんだ」
心臓がバクバクと音を立てている。このままじゃ生前みたく心臓麻痺を起こすんじゃないかってくらい、急ピッチで稼働しやがる。やばい。なんなら、足も震えてきた……!
でも、それも仕方のないことだ。なぜって、俺たちの視線の先、ほんの少しの茂みの向こうには、推定ドラゴンがいるっていうんだから……!
「……うし、もう、大丈夫。静かにな。できるだけ静かに、なるべく近くで、しっかりと確認して――」
「もう、分かったからいきますわよ」
俺はベルに腕をぐいっと引っ張られ、慎重に茂みに近付く。
まず目に入ったのは、深緑色の苔に覆われた大木――いや、ぶっとい脚。
俺たちが小枝を踏みしめる音など、耳に入らないだろうという程の重厚な地響き。一歩進むだけでそこら辺の木々は軽く踏み倒される。
全身は今まであったどのモンスターよりもでかく、バスとかトラックなんかよりも巨大だ。そして上の方では、バタバタと翼のようなものがはためいている。
これはもう、確定だろ。今、ほんの十メートルそこらの距離に、ど、ど、デュラゴォン(流暢に)様が……!
大地を踏み鳴らしながら、ドラゴンはゆっくりと向きをかえる。ついに、そのご尊顔を拝むことができるんだ……!これだけ距離が離れていなければ、その姿を視界に抑えれなかっただろう。
鉄板をいとも容易く貫きそうな恐ろしく鋭利でたくましい牙が二本。バタバタ動いていたのは、翼ではなく……耳?それから、人間くらいの太さで数メートルはあろうという…………鼻。鼻?少しばかり、俺のイメージしていたドラゴンとはかけ離れていたというか――
「あれって……ゾウ……?」
思わず口をついて、その単語が出てしまった。口にすることで、嫌でも認識してしまう悲しい現実。四本足で大きい体、大きなお耳に長ぁいお鼻。さて、これな~んだ?
ゾウ!そう、ピンポンピンポン大正解!
……ははっ、子ども騙しのなぞなぞにすらならない。
「あれは、あいつは……《フォレスト・ドラゴン》ですわ……!」
「フォレスト……なんだって?」
「フォレスト・ドラゴン……!頑丈な苔を全身に宿した雄大なる森の主、ですわ……!」
ベルの表情は、真剣そのもの。まるで尊敬と畏怖の念が入り混じったような顔つきで、フォレストなんちゃらを見つめている。こんな時に冗談を言うとは思えない。つまり、俺が目にしているゾウっぽいこいつは、アフリカとかインドに棲んでいて動物園でも大人気のアイツなんかじゃなく、この世界でもけっこう名の知れた、れっきとしたドラゴンなんだ。
「お、俺の……俺の知ってるドラゴンじゃ……ない――」
俺は膝からがくりと崩れ落ち、雄大な森の大地に額をすりつけた。
こんなの、こんなのって、あんまりだ……!だって、違うじゃん!ドラゴンじゃないじゃん!
俺の頬を、熱い涙が幾度となく伝い落ちる。
「ちょ、マヒルさん!?何やってるんですの!?」
「うっ……うっ……ぢぐしょう……!!!」
「な、泣いてるっ!?ちょっと、そんなことしてないで、逃げますわよ!こんなの、敵いっこないですわ!」
「うぅ~……!」
またもやベルに腕を引っ張られながら、涙目敗走。情けないことこのうえないが、異世界まで来てこんな仕打ちってあんまりじゃないか……!
フォレストドラゴンは俺たちに気付いたようで、まるで虫けらでも踏みつぶすが如く、ドシィン、ドシィンとゆっくりと足を踏み鳴らす。
「バァオォッ、バォッ……パオォォォンッ――!!!」
「お前ゾウじゃねぇかあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!【パライズ】ぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
俺はもう、無我夢中で、我を忘れて麻痺をかけまくった。
しまいには、魔力がつきてヘロヘロになった……気がする。正直それすらも覚えていないけど、大変だったと後でベルから聞いた。
俺たちは無事に街へと帰り着いたが、俺が心に負った傷は深かった。あまりにも酷い損傷だ。
俺はしばらくの間たんぽぽ亭の自室に引きこもることとなった。
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