70話 牛追い祭り
今日、アルクーンの街は異様な様相を見せていた。静まり返った市街地に、それに見合わない異様な熱気。広場には街の男たちが何百人と一同に会し、男臭いったらありゃしない。
そう、今日はアルクーン名物「牛追い祭り」の開催日なのだ……!
ここ最近、街の様子がどこか騒がしいと思っていたら、そういう暑苦しい祭りがあるんだとか。この時は、俺とは縁のない行事だと思っていたんだ。
「……で、牛追い祭りってなんですか?」
ある朝、たんぽぽ亭の食堂でミレナさんに尋ねてみた。
「ああ、祭りは初めてかい?」
「ええ。どこに行っても牛追い、牛追いって……そんなに有名な祭りなんですか?」
「そりゃあ、一番盛り上がる祭りだからねぇ。市街地を縦横無尽に駆け回る牛と、それを追い回す男たち」
ミレナさんはパン生地をこねながら、祭りの情景を思い起こすように語った。うん、なにその危ない祭り。絶対行かないわ。
「……なんでそんなヤバい祭りやってるんですか……」
「う~ん……そりゃ、みんなもスリルとか興奮を味わいたいんじゃないかい?」
「スリルっていうか命の危機じゃないですか」
「そりゃあね!クライマックスの牛対決では怪我人がたっっっくさん出るからね!」
ほれ見たことか。ってか牛対決ってなに??
「でも、参加しただけでお肉を貰えるし、牛を倒した人には超高級なやつが貰えるって話だよ?」
「それ、本当ですの!?」
「うわっ!?」
いつの間にか近くにいたベル。"肉"って単語に反応して降りてきたのか?相変わらずの食欲の化身っぷりだ。
「それ、参加しますわ!ワタクシ!!」
「拙者も……」
「「うわっ!?」」
いつの間にか近くにいたラヴィ。俺とベルは声を合わせて飛び退く。"肉"って単語に反応して降りてきたのか?相変わらずの狩猟本能だ。
「ふふ、残念ながら、この祭りに参加できるのは男だけだよ」
ミレナさんはそう言ってチラッと俺を見る。
いやいや、なんで俺を見るの!?俺、そんな危ないだけの意味分からん祭り出ないよ!?
「いや俺は――」
「マヒルさん!今すぐ、すぐさまエントリーですわっ!」
「行こう、マヒル殿。肉の為、尊い犠牲」
ベルとラヴィは俺の腕をがっしりと掴むと、有無を言わさずたんぽぽ亭から引きずりだした。
「おぉい、ふざけんなっ!!嫌だ、俺は嫌だぁぁぁ!!!!」
* * *
――そういうわけで無理矢理エントリーさせられた俺は、沈んだ気分のまま当日を迎えることになった。当日は、いつもの街並みとは違って至る所に赤い旗や提灯、物々しい柵が設置されている。
「なんだよこれぇ……」
街の広場には、屈強な男たちが所狭しと入り乱れ足の踏み場も無い程だ。常に体のどこかが、誰とも知れない男の体と密着している。うぅぇっ、満員電車を思わせる。
しばらく生き地獄を過ごしていると「パパーーパーッ!」と威勢のいいラッパの音が響いた。男たちからウォッ!と歓声が上がり、一気に熱気が巻き起こる。
そして広場には、ゴロゴロと巨大な木製の箱が滑車に乗せて運ばれてきた。小屋くらいはありそうな箱はガタガタと揺れ、時折中から「ヴォッ、ヴォッ」という音が響いている。
えぇ、これ本当に大丈夫なやつ……?
ミレナさんが言うには、〔ビフ〕という温厚なモンスターを街に放すというが、この箱からは異常な殺気というか、気迫を感じるんだが……
その異様な気迫を感じてか、会場の熱気は徐々にどよめきに変わっていった。
「な、なあ、あれってビフだよ、な?」「お、おう……そう聞いてるけど」「なんか、いつもと感じ違くね?」「ちびりそうだわ」
男たちもざわつき始める。……え、なに、俺初参加でなんかトラブルにでも見舞われる感じ?
視線の先で、箱がゴツッ!ガァンッ!と軋む。嫌な音が響く。
小さく、でも確かにメキメキッという音が。いや、やばい。逃げ――
メキャッ――
嫌な破砕音と共に木箱が崩れ、中から姿を現したのは二体の真っ赤な牛。全身の血管は浮き出てどくどくと脈打ち、筋肉は爆ぜるように盛り上がり、角はまるで重機のようにぶっとくて長い。これのどこが温厚だ、ふざけんな!?
「す、す、〔スカーブルズ〕だぁぁぁ!!!!」
誰かの叫びに呼応するように、真っ赤な猛牛スカーブルズは大きく「ブウオォォォォッッ!!」と唸りを上げる。平和な街の真ん中に、阿鼻叫喚の地獄が誕生した。
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