68話 お披露目会は草原で
「早くクエストに行きますわよ!!」
たんぽぽ亭にベルの甲高い声が響く。
うちのお嬢様は今日も朝から元気だ。何でも、一昨日買ったバトルドレスを早速使いたいとのことらしい……ってあれ、何これデジャヴ?
「ちょ、早ぇって。俺の優雅なモーニングを邪魔するんじゃないよ」
俺はそう言いながら、もっさもっさとパンをかじる。
「今日こそは、このドレスの真価を発揮するときですわ! 昨日はあんなどろどろのぬかるみなんかでクエストさせられましたけど……!」
「あぁ、そんなこともありましたね」
「あなたが決めたんじゃありませんこと!?」
「まあまあ……ところで、ラヴィは?」
俺がそう聞くと、ベルの後ろから完全武装済のラヴィがピョコっと現れた。だがその顔は、どこか遠くを見ているようだ。
「準備……できてる……」
「……どうした、ラヴィ。やけに眠そうだけど」
「……ベルに、起こされた。四時過ぎに」
「うわぁ……」
ああ、かわいそうなラヴィ。お嬢様の生贄となってしまったのか……
これは、ラヴィの為にも今回のクエストでベルに満足していただくしか無ぇな……
「よし、ちょっと待ってろ」
俺は残っていたパンを無理矢理口に押し込むと、ギルドへ向かった。
* * *
「さて……今日はどうしようか――」
「これですわっ!」
「はぶっ!?」
ベルは俺の顔めいっぱいに依頼書を近付けてきた。
ーーー
【討伐クエスト】
Dランク
依頼内容:グラスソーンリザード二体の討伐
目的地:アルクーン市外・南東外壁付近の草原
報酬:四千ゴルド
ーーー
「グラス……なんだこれ」
「……〔グラスソーンリザード〕。大きめの、トカゲ」
「なんでまた、こんなクエストを?」
「それはもちろん、街の近くで、水気のない場所だからですわ!」
「あぁ、そういう……」
ベルのよく分からない理屈によって、今日はグラスソーンリザードとやらを倒すことになった。昨日はカメ、今日はトカゲ……何が楽しくて爬虫類ばっかり倒さにゃならんのだ。
* * *
街を出て歩くこと二十分。情報によると、この辺りの草原にいるらしのだが……
「いないな」
「そう、ですわね……」
ヒュウッと風が吹き、辺りの草がさわさわと揺れる。心地いい昼下がりだ。
「いた」
不意にラヴィが茂みを指差す。
「いたって、どこに?」
目を凝らして探しても、あるのはどこまでも続く草っ原――いや、風になびく草に一ヵ所だけ不自然な色合いがある。
「え、もしかして、あそこ?」
「そう。普段は、ああやって擬態してる」
「へぇ、あんな分かりにくいのよく見つけたな。ベル、出番だぞ」
ベルは待ってましたと言わんばかりに、魔導書を開きながら歩き出すが……
「で、どこですの?」
「だめだこりゃ」
俺は呆れながらも茂みに向かって【パライズ】を放つ。
バシュッと手応えを感じ、直後に「ギャギャギャ……」と鳴き声が聞こえた。
「そこですわね!いきなさい、セバスチャンっ!」
彼女が叫ぶと魔方陣が現れ、勢いよく腕が飛んでいく。茂みにガサガサっ!と分け入ると、メシャアっという鈍い音が響く。
……とりあえず、一体撃破。
「ふふん、見ましたか? ワタクシの新たなドレスの力を……!」
「いや、ドレス何にも関係無ぇ……」
ベルは意気揚々と茂みに向かって歩きだ出した。
「あ、待って――」
ラヴィが小さく止めに入った次の瞬間、草を散らしながら何かがベルに迫る――!
ガキィンッ!
激しい金属音を立てたそれは、まるで草のようなヒレがなびくトカゲの尻尾だった。一メートルを越えるその全身は、薄緑色の体色により隠密効果を高め、いかにも奇襲が得意そうな見た目だ。
そしてその一撃は、まさに斬撃。
「大丈夫か!ベル!」
俺が急いで駆け寄ると、ベルはわなわなと震えていた。胸元には、うっすらと線のようなものが見えるが、傷はない。さすが冒険者用のドレス。
「……せない」
「えっ?」
「許せないですわっ……!!ワタクシの、ドレスに、傷をぉ……!!」
「えぇっ!?」
ベルはブワァっと髪を逆立て――いや、比喩じゃなくて本当に、まるで金色の炎のようにメラメラと逆立っている!魔力が溢れ、怒れる彼女の目の前にヴンッと魔方陣が展開される――!
「いきなさい、やりなさい、屠りなさいっ!【サモン・セバスチャン】ッッ!!」
彼女の怒号に呼応するかのように、一本の腕が――
「――なぁっ!?」
いや、まさかの二本目の腕がにゅっと出てきた!そしてそのまま茂みに向かって飛んでいき――
メシャバキィッ――!
痛烈なワンツーコンボが炸裂し、グラスソーンリザードは草をなぎ払いながら数メートル以上もぶっ飛ばされた。
「……ベル、すごい」
ほおぉ、と尊敬の眼差しを向けるラヴィ。
ベルは、ドレスのおかげか怒りから生まれた力なのか、確実にパワーアップはしている。
……いやまあ、凄いっちゃ凄いけど、それよりも俺はセバスチャンの正体の方が俄然気になる。
最初は片腕、次は両腕。いつの日か、完全体セバスチャンを目にすることができるのかもしれないな。
こうして、ベルの御披露目会は新たな期待と若干の不安をもってお開きとなった。
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