32話 賑わいの裏に潜むもの
巨大もぐらとの死闘を終えた俺たちは、魔結晶と素材をひいこら言いながら回収し、まっすぐギルドへ向かった。
道中、あの"腕だけ執事"のことが何度も脳裏によぎった。ベルに聞いたら「今のところ腕しかでてきませんの」とさも当然の言い放った。こえぇよ。
それ以降、俺の中では考えるだけムダだという結論に至った。
納品のときに聞いたが、あのもぐらは〔ソーンディグ〕とかいう、まさかのDランクモンスター。
そりゃ格上感あったわけだ。
ギルドのカウンターでは、いつものクールなお姉さんがジロリと俺たちを見てため息をひとつ。
いや、そんな「また面倒ごとやらかしたでしょ」みたいな目はやめてくれよ。
諸々の素材や魔結晶の査定結果――報酬は総額一万五千ゴルド。
かなりの大金だ。財布も心も、ぽかぽかしてくる。
順調に稼げていることだし、俺は皆に提案してみた。
「なあ、そろそろ、たんぽぽ亭に正式な宿泊契約をお願いしようと思うんだ。ちゃんとお金を払ってさ」
二人はすぐに大きく頷いた。
「名案ですわ! 今こそ、恩義に報いる時ですわ!」
「……正当な、対価を」
* * *
夕方、たんぽぽ亭へ戻ると、食堂内は異様な熱気に包まれていた。
どうやら土曜日ということで、いつも以上に賑わっているらしい。
……ていうか、この世界にも日本と同じ曜日の概念があるのかよ。なんで知ってる情報が妙にシンクロしてんだ。分かりやすいな。
とりあえず、お店が落ち着くまで夕飯は別の場所で――もちろん、行きつけの酒場「銀の猪」へ。
店内は相変わらず人でいっぱいだが、今日は少し静か……いや、視界の端にフードを深くかぶった怪しい客が何人かいる。
ま、いいや。俺たちは俺たちで飲もう。
「よし、今日は奮発するぞ!」
串焼きに加え、普段は頼まないスイーツまで注文。豪勢な晩飯になった。
お会計、二千三百ゴルド。……安っ。
* * *
夜十時をまわったころ、再びたんぽぽ亭へ戻ると、さっきの喧噪は嘘みたいに引き、客は三、四組ほど。
カウンター奥で一息ついているミレナさんを見つけ、声をかけた。
「お疲れさまです。大盛況でしたね!」
「ああ、マヒル。そうだね、久しぶりに疲れちゃったよ」
小さく笑うその顔が、ほんのり柔らかい。
「なんだかね、怪しい集団が酒場に入り浸ってるって聞いて、こっちのほうにお客さんが流れてかたみたいなんだよ。ありがたいけど、おばちゃんにはなかなか堪えるねぇ」
――怪しい集団。
ついさっき、銀の猪で見かけたフードたちのことだろうか。
ただ飲み食いしてるだけならいいだけど……まあ、関わらないに越したことはないな。
「……あの、お疲れのところあれですけど、少しだけお話いいですか?」
「なんだい、改まって。まあ、聞かせてごらん」
「俺たち、Eランクになって稼ぎも少しずつ増えてきたんです。なので、これからはちゃんとした金額を払って宿に泊まらせてもらえないかと思いまして……」
ミレナさんは優しく笑った。
「……ふふっ、あんたが来てから、たかだか数日なのに、あっという間に成長しちゃうんだねぇ」
その言い方、なんか親戚のおばちゃん感あってちょっと照れる。
「よし、あんたたちの気持ちは受け取ったよ。うちは一部屋百ゴルドで貸し出してんだ。長期滞在なら一ヶ月ごとの家賃を前払いしてもらってるけど、どうするかい?」
やっぱり安い。
俺はベルとラヴィを見ると、二人とも小さく頷いた。
「では、一ヶ月ごとでお願いします!」
ミレナさんは伝票を持ってきて、紙を見せる。――二千四百ゴルド。
「ミレナさん、ちょっと安いですけど」
「ふふっ、長期滞在割引だよ。来月から、月の始めに払ってくれたらいいからね」
壁にかかった日付板(日本でいうカレンダー)は4/17を指している。
「いやいや、来月ってまだまだ先じゃないですか!」
「ふふっ、まだまだひよっこなんだ。今は冒険の準備だとか、うまいもん食べて力をつけな」
……ますます天使、いや、大天使ミレナ様だ。
* * *
その日の夜、俺はさっきのことをぼんやり考えていた。
酒場に現れた、怪しいフード集団。こういう時は、だいたい一波乱起きるって相場が決まってる。
何もないに越したことはないが、念のため気を付けておかないとな。
俺は一抹の不安を抱えたまま、その日は眠りについた。
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