145話 ベルの過去①
それからとっぷりと日が暮れ、地平線の端にうっすらと夕陽の残り火が揺らめいた頃――ラヴィが鼻息荒げて帰ってきた。その背には、大きなイノシシを抱えて。
「見て……!大物、ゲット……!」
ラヴィは目を輝かせて、それはもう褒めて褒めてとでも言うように尻尾をパタパタ振っている。
「お、おぉ。 よくやったなラヴィ」
ラヴィは「うん!」と元気よく答えると、ズドンッとイノシシを置いた。
どうせ加減を知らないとは思っていたけど、ここまでとはねぇ……さて、どうしたもんか。
俺は呆れ顔でポリポリと頬をかいていると、ベルとぱっちり目があった。慌てて反らそうとしたけど、さっきまでとは違ってその目は、少し落ち着きを取り戻しているように感じた。
「……ベル、よかったな。 超大量だぞ?」
「……フフッ、絶対に食べきれないことを、ここに宣言いたしますわ」
「……ははっ。 俺も」
さあて、調理開始といきますか……!
* * *
それから数時間後――
完全に日は落ちて、半分に欠けたお月さんがぐんぐん空を昇ったところで、ようやく料理に取り掛かった。
ラヴィが解体を手伝ってくれた――というより、ほぼラヴィにお願いしてたんだが、それでもこれだけ時間がかかってしまった。
完全に食糧となった肉を前に、超一流シェフの俺は考えた。この食材を活かす最高の料理とは……!?そして、中学生レベルの俺の料理スキルで作れる簡単な料理とは……!?
俺は迷いのない包丁捌きで、食べやすい大きさに肉をカット。さらに、拾っておいたベリーや木の実、それからよく尖らせた木の枝を準備する。
そしたら後はもう、ただひたすらにそれにブッ刺していくのみだ!伝家の宝刀"串焼き"だい……!
火が通るにつれて肉からは脂が滴り、その度にジュジュウッと小気味良い音を立てた。
時期的なものだろうか、ラヴィの獲ってきたイノシシはメチャクチャ脂がのっててうまそうだ。
肉が焼きあがったら、これまたラヴィがその辺で採ってきた香草と、塩をすりつぶしてできた"特製ハーブソルト"をパラリとかけたれば――
「できたぞ!「イノシシ肉の串焼き、香草仕立て」!」
まあ、単なる"串焼き"ではあるんだけどな。
「まあ、美味しそうですわ!」
「うん、早く、食べたい」
ベルとラヴィは二人して、食い入るように串焼きを見つめている。
「っし、じゃあ、熱いうちに食べようぜ。 命に感謝感謝、だ。 いただきます!」
「「いただきます!」」
俺たち三人は、満天の星空の下串焼きをがっついた。
イノシシ肉は予想以上の脂で、噛む程に脂の甘味と野性味ある味、それから香草の香りが口いっぱいに広がった。
焚き火にチラチラと照らされながらあっという間に食べすすめ、結局俺は追加で串焼きを作るハメにもなって……何だかんだ言って、イノシシの半分近くを平らげたのには自分でも驚いた。
マジでアウトドアスパイスマジックだわ。
……まあ、それより何より、ベルがしっかり食べてくれたのが俺にとって一番の収穫だけどな。
「ふぅー、食べた食べた。 ここにキンキンに冷えたエールでもあれば最高なんだけどぁ……」
満腹の腹をさすりながら、俺が何となく呟いた。
「フフッ、マヒルさんったら、こんな所まで来ても飲んべえですわね」
「おっ、失礼だなベルよ。 俺はこれでも、時と場合をなるべくわきまえているつもりだが?」
「はいはい、そうですわね。 フフッ」
一通り食べ終わった頃には、ベルはすっかりいつも通りの様子だ。やっぱりその、どこか勝ち誇ったような笑顔が一番似合ってるな。
「……さて、明日も早いからそろそろ寝るか」
「うん、また明日も、食べたい」
「おいおい、全く話が噛み合っていないようだが? まあ、残った分は明日食べるから楽しみ待ってろって」
「……やったぁ」
ラヴィは最後まで食いしん坊だな。
この分だと、あんなにデカイイノシシも明日でキレイさっぱり食べきってしまうだろうな。
俺たちは、焼け残りの炭となって赤くチラつく焚き火を眺めながら、歯磨き代わりの噛み薬草をモッチャモッチャと噛み締める。
ぼーっと火の灯りを眺めてると、頭の奥がズーンと重く、心地よい感覚に包まれる。
まどろみに身を任せて、そろそろ眠りに入ろうという時、ふいにベルが声を出した。
「あ、あの……二人とも、今いいですか……?」
焚き火に照らされたベルの瞳には、先程の不安の色がうっすらと浮かぶ。
「……全然大丈夫だよ」
「拙者も」
俺たちの返事を聞いて、ベルは二度、三度と深呼吸。
そして、意を決して切り出した。
「あの、お二人には話しておこうと思うんです。 いえ、話しておきたいんです……ワタクシの家のこと――まだ、貴族として過ごしていたワタクシと、その生活の終わりのことを――」
焼けた炭が弾け、パチッと乾いた音を立てる。
ベルは、ぽつり、ぽつりと自身の身の上について静かに話し出した。
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