19.体育祭イベント(5)
よほど疲れていたのだと思う。
三木先輩と生徒会室に入って、お説教のあと膝枕という急展開に見舞われ……そこで意識が堕ちた。眠気から記憶が曖昧だし……
で、彼女に起こされ昼休憩に入った訳なんだが……
「静音先輩、それで足りるんですか……?私でもそこまでお弁当減らしたことないですよ……」
「お金が勿体ないもの……それより明音。あなたはもっと節約しなさい。どれだけ高価な食材を使っているの?」
「いいじゃないですか別に……」
「皆田くんは手作りなの?凄いね~!」
「ま、まあ冷凍食品も多いですけどね……」
……どういう状況なのだろうか。これは。
生徒会室で昼食をとる。それは午後の動きの確認や、写真のチェックも同時にするということで予め決まっていたことだ。
しかしそれは生徒会である三木先輩と静音、新聞部部長の明音と俺を含めた四人だと聞いていたのに……なぜ紬と根津鳥もいるのかが分からない。
いや、分からないだけで別に不満はないんだよ?
むしろ女子生徒五人に混ざって昼ご飯を食べられるというシチュエーションは、一男子としても非常に嬉しいことだ。
ただ、そう素直に喜べない理由もあってね……?
まず三木先輩とあんなことがあった後に自然と隣に座られるのは中々に辛いものがある。膝枕後はよく覚えていないが、失礼なことをしてないかと気が気でない。
あとは、まあ……そのぉ……
「……オサナナジミ……トッケン……ケンサク……」
……紬さんの機嫌がすごぶる悪くて、怖くて昼飯の味が分からんのです。
あと紬さん、それスマホじゃないから。保冷剤をタップしても検索は出来ないから……!
「見て下さい紬先輩!先輩とのツーショット写真を撮ったんですよ~!」
「ッ!!」
紬の手により、保冷剤がバキリと握りつぶされた。嘘でしょ?
それさっき生徒会室の医療用冷蔵庫から出したばかりだよね……?
根津鳥さんも止めて!悪気なさそうなのが一番質悪いからっ!
てか他の人たちは女子高生がカチカチの保冷剤を握り砕いたことについてコメントはないの!?今時の女子高生はそれが普通なの!?
「ふむ……写真は上々……って、会長。このカメラで私的な撮影は控えて下さいよー。光樹さんとのツーショットなんて、広報には使えませんからね?」
「はっ!!?」
知らない知らない!
そんな、優し気に微笑みながらもちょっと恥ずかしそうに赤面してる三木先輩に俺が膝枕されてる写真なんて知らないよ!?
俺撮ってないよ!三木先輩何やってんの!?
「その……ごめんね……?」
はい可愛い。
「仕方ないですね、後で別に差し上げますよ。光樹さんも記念にもらっておくといいです」
はい嬉しい……ってそうじゃなくて!
「ねえ明音。その写真のどこかに私も映ってないかなあ……?」
「映ってる訳ないでしょう。ほら、ちゃんと見て下さい」
もうその質問が怖いんだけど……!
いやむしろ映ってたらただのホラーだよ。ホラー特集番組にでも応募したら賞金もらえる心霊写真だよ。
「……ねえ光樹」
「はいっ!?」
「今日の午前8時46分に光樹が言ったこと……覚えてる……?」
……そんな細かいとこまで覚えてないんだけど!?
何を言ったんだ午前8時46分の俺!
「先輩。女の子にとって記念日とかはとても大事なんですから、ちゃんと覚えていてあげないとダメですよ?」
「分単位の出来事も対象なの!?」
「私の方にも顔を出すって言ってたよね……?それを忘れて後輩先輩との思い出作りは、楽しかった……?」
紬の目が本気なんだけど……!
何だこれは……暴れ狂う炎のような怒りが幻視出来るのに、身体が冷たく……!
どうでもいいけど、隣に座ってる明音はよく平然としてられるな!何かフォローとかくれてもいいんじゃない!?あと俺の玉子焼き勝手に食べないで!
「す、すまん!午後!午後は絶対、出来る限り紬と一緒にいるから!」
「……写真も一緒に撮ってくれる……?」
「撮る撮る!容量の限界まで!ダブルピースして撮っちゃうよ!約束、な?」
「……ん、やくそく……」
紬の頭を撫でると、彼女の肩から力が抜けた。
良かった、どうにか機嫌はとれた……もう少しで全く嬉しくない悲しい記念日になるとこだったぜ……!
「……先輩、私の頭を撫でると幸せになるそうですよ。撫でて下さい」
「怪しすぎるでしょ。いや撫でないから……」
「光樹さん。私もほら、残さず食べましたよ?撫でて下さいな!」
「おー撫でてやるよ。摩擦熱で煙が出るまでな」
なに俺の弁当残さず食べてくれちゃってんの?いやあと果物くらいしかなかったけどさ。
「っ……」
ただ、そんな和気あいあいとした雰囲気の中で……なぜか三木先輩だけが、少しだけ悲しそうに表情を歪めていることに、俺は気付かない。
「……もう、見てられないわ……」
「ん?なんだ、静音も撫でろとか言わないよな?」
「……皆田光樹、話がある。表に出なさい」
……へ?話?
「ほら、急いで」
「ちょ、ま、何だいきなり!?」
意味が分からないまま、強引に腕を引っ張られて廊下へと連れ出される。
後ろで紬たちが何やら騒いでいたようだが、その声も生徒会室の扉が閉じられると同時に聞こえなくなってしまった。
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「いや待て!ホントに待て!何なんだ急に……!?」
引き回されるように腕を引かれて、今は廊下の突き当り……随分と生徒会から離れてしまったものだ。生徒たちのざわめきも遠くに聞こえる。
ただ、その喧騒とは対照的に、彼女の表情はどこまでも真面目で真剣なそれだった。腕を組み、俺をジッと見つめてくる。
だからこそ、分からない。あの状況で、彼女がこんな行動に出る意味も目的もだ。
「あなた、どういうつもり?」
「それはこっちのセリフだよね!?いきなり引っ張り出して何だ!?」
「会長にあれだけの心労を与えておいて、なぜあのように振舞えるのか聞いているのよ」
狼狽していた俺の思考も動きも、ピタリと止まってしまった。
……会長の心労?
「……お前まさか、知ってるとか言わないよな?」
「あなたの持つ厄介事も、会長がそれに随分と心痛めていることも聞き及んでいるわ」
俺の個人情報が独り歩きしてるぅ……っ!!
三木先輩。三木先輩ィ!!
俺のために後輩の知恵まで借りようとしたのですか、ありがとうございます。でもまずは他人の個人情報の取り扱い方について知恵をお付け下さいお願いします!
俺の問題に対処しきれず後輩に相談したんですか。ならまず俺に相談していいかの相談をして下さい!一言でいいんで!
やべえ。やべえよこれ。
もう一度他言無用と釘を刺しておくべきでしょこれ。でないとあの人、卒業論文とか『二次元の女の子に没落する後輩と止められなかった私』とかタイトル書きかねないよ!!
「それで、会長とはどう向き合っていくつもりなの?」
「どう……とは?」
「あなたの問題がそう簡単に解決できるものではないことは理解しているわ。でも、だからこそ……会長はこれから先、ずっとあなたを見続ける。でもあなたは……それを望んでいないのではなくて?」
……なるほど。
随分とおせっかいで……先輩想いな会計さんだ。
とどのつまり、彼女は……三木先輩のことが心配なのだろう。俺の恋愛ゲーム問題に対して頭を悩まし続ける、会長のことが。
まあ言い方からして、俺にも気を遣ってくれているみたいだけど……。
「会長は本気よ。本気で、純粋にあなたを心配している。正直私は……そんなあの人の弱った姿を見たくはないの。その相手が助けを必要としていないなら、尚更」
「……そうだな。それは俺も見たくない」
恥ずかしいから。こんな情けないことで。
そう言い訳して、俺は三木先輩も……紬にも向き合おうとせず、のらりくらりと誤魔化してきた。まあそれは本音だ。事実とても情けないし、恥ずかしくて相談など出来やしない。
だって、本当に大した問題ではないのだ。たかが個人作成された恋愛ゲームだぜ?
……でもそれで泣いた(泣かされた)場面を三木先輩に見られてから、彼女と紬との関係は始まってしまったのだ。今日だって、手伝い中にあのゲームに振り回されて迷惑ばかりかけてしまった。
それで恥ずかしい?大した問題じゃない?
なにかっこつけてんだよ俺。心配かけてる事実すら見て見ぬふりしてるだけじゃないか。
「会長と距離を置けなんて言わないわ。でも一緒に笑って、話して、また生徒会室にいてくれるなら……しっかりと向き合ってほしいの」
「ああ、全くその通りだ。俺は……逃げてただけだ」
三木先輩は生徒会長で三年生。あと半年もすれば卒業だと言うのに……こんなことでいつまでも心配かけて学校生活を送らせるなんて、酷い後輩にも程がある。
だから、はっきりと。彼女の顔を見て、目を見て伝える。安心させるんだ。
「大丈夫だって伝えるよ。強がりでも誤魔化しでもない……自身の行動で示す」
「……そう。あなたはそっちを選ぶのね。まあでも、答えが出たならいいわ」
静音も満足のいく回答を得られたのか、表情を緩めて柔らかい笑顔を浮かべた。
彼女も生徒会の一員として、体育祭の準備期間からずっと一緒にいた仲だ。彼女なりに思う所があったのだろう。
……つまり彼女にも心配をかけたということになるが。
「すまんな、お前まで巻き込んで」
「勘違いしないで、これは会長のためよ。まあ、私も……あなたや会長の雰囲気が悪くなるのは望んでないし……」
急に恥ずかしくなったのか、静音は生徒会に向かって戻りはじめてしまった。
いや、ありがたいけどね。俺も恥ずかしいし。まさか恋愛ゲームが原因でこんな深い話するとは思わなかったし!
「会長も会長で、ずっと無関係なあなたを手伝わせて生徒会室に呼び込むのはどうかと思うし、申し訳ないと感じるけど……」
「?」
「……乙女の儚いわがまま、と言ったところかしらね」




