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甘やかしたい


屋敷でいつものようにくつろいでいると、ある事に気が付いた。

最近フィンを見ていない。

折角懐いてくれて撫でるとゴロゴロ喉を鳴らすようになったのに。

どこに行ってしまったのかしら。


「フィンー?」


お気に入りのソファー、机の上、カーテンの後ろ。

どこにも居ない。


「どこに行っちゃったのかしら……」

「奥様? どうかなさったのですか?」


うろうろしている私を心配してかケイトがやって来た。


「フィンを知らない? 最近見てなくて」

「……そう言えば最近見てないですね」

「心配だわ、敷地の外に出てしまったのかしら」


フローレンス家は広い。出て行く事は無いと思いたいけど。

馬車に轢かれでもしたら大変だ。

もんもんと考え込んでいると、ケイトがじっと私を見た。


「奥様の方が心配ですけどね」

「えっ、私?」

「そうですよ。最近お食事を残されますよね? シェフが頭を悩ませていましたよ」

「最近食欲が無くて……気持ち悪くなっちゃうし」

「そう言う事は早く言って下さい! お医者様を呼びますからね!」

「医者を呼ぶほどの事じゃ……」


ケイトは私の反論を聞く気が無いらしく、怒った様子で大股に去って行く。

まあ、調子が悪いのは事実なのだけど。

それよりフィンはどこに行ってしまったのだろう。

フィンの餌置場まで来た。

減ってる、と言う事は食べに来てるって事だ。

ここに居ればフィンに会えるかもしれない。


「奥様、昼食の時間です」


ケイトとは別のメイドが呼びに来た。

フィンの餌置場を真剣に見ている私に首を傾げている。


「どうなさったのです?」

「最近フィンを見ていないなあ、と思って……」

「確かに最近見てませんね」

「すごく心配で……」

「それよりも奥様の方が心配です」

「………」

「ちゃんと食べてくださいね」


そう言われても……食が細くなってるのだから仕方ない。

食事を適当に切り上げると、様子を見ていたシェフががっかりしていた。

口に合わない訳では無ない、むしろ美味しいのだけど。

後でフォローしておいた方が良いかな……

それよりもフィンはいずこへ。


「あっ、フィン!」


餌場に戻ると、フィンが餌を食べていた。


「良かったあ、探したのよ」


撫でると今までのように喉を鳴らし始めたフィン。

元気そうで良かった。怪我もないみたいだ。


「う~ん……」


フィンは元から黒いから気が付かなかったけど……

なんか、毛がごわごわしてる……

ちょっと撫でただけで手が汚れるんだけど……

一度お風呂に入れた方が良いのかもしれない。


「こんなに汚れているって事は、ずっと外に居たの?」


フィンがニマーと笑う。

飼い主によく似た笑い方だ。


「あっ」


窓からフィンが外に出て行った。

無事だった事は分かったけど、やっぱり心配で後を追いかけて行く。

薔薇園を抜けて林に出た。

日陰に紛れて黒いフィンを見失うが、鳴き声が聞こえて再び後を追う。


「どこに行くの」


答えは返ってこず、フィンは優雅に先に進む。

やがてフィンは一本の木の洞の中に入って行った。

結構大きな洞だ。恐る恐る覗き込もうと近付くと耳に猫の鳴き声が聞こえ始める。

フィンの声じゃない上に複数。


「まさか」


洞の中を覗き込んだ。

中にはフィンと生まれて間もない子猫が三匹ほど鳴いていた。


「お前、母親になってたの」

「ニャー」


いつの間に……毛が長かったから妊娠に全く気が付かなかった。

と言うか、


「どこで交尾したの……どこのオスの子よ……」


フィンはニマニマ笑うだけで何も答えない。

どうしよう、子猫を連れて戻る?

確か無理に連れて行くと悪影響があったような気が……

このままそっとしておくのが一番良いのかな……

乳をあげ始めたフィンに悩む。

取り敢えずこのままにしておいて、クライド様に報告しよう。


「フィン、子供を家に連れて来ても良いからね」


言葉は通じていないだろうけど、言うとフィンが笑った。

屋敷で出産してくれていれば手間も無かったのに。

フィンにも考えがあるんだろうけど、心配になる。

屋敷に戻るとケイトが呼んだであろう医師が待って居た。

来るの早いな……別に調子が悪いだけで病気じゃないのに。


「奥様! 探しましたよ! さあこちらにいらして下さい!」

「ケイト……病気じゃないのよ、調子が悪いだけで」

「判断するのはお医者様です!」


逃げられないかあ……正直医者が苦手なんだけどなあ。

幼少期に無理に注射されたのがトラウマで……

ケイトもそれを承知でやってる所あるし。

まあ、しょうがない……きっとこれは必要な事だ。






*****






クライド様が帰って来た。

夕方に帰って来るなんて珍しい。

いつも日が落ちてからなのに。


「お帰りなさい」

「ただいま」

「今日は珍しく早いんですね」


私の手の甲にキスを落としたクライド様が困ったように笑う。


「父上が今日は早く帰りなさいって言うんだ。意味分からないだろ?」

「………」


ライアン様はもう知ってるの?

あの人の情報網って一体……


「アイリーン?」

「はっ、はい」

「何かあったの?」


まあ色々……ありましたけど。

まずはフィンの事を話さないと。


「フィンが洞の中で子供を産んでました」

「えええ!?」

「しかも三匹」

「どこの馬の骨とも分からないオスに……」

「私も同じ気持ちです」


大事に育てていた娘を取られた気分だ。

確かに最近見なかったな、とクライド様が呟く。


「洞の中か……心配だなあ」

「屋敷で子育てしてくれたら良かったのですが……」

「何か気に入らなかったのかな……?」


答えが出ない事を二人で考える。

やっぱり分からない事は分からないので考える事を辞めた。


「まあそのうち屋敷に連れてくるかもしれないですし」

「猫って気まぐれだねぇ」


夕陽が差し込む廊下を二人で歩く。

落ち始めた太陽に目を細め、そう言えばクライド様が夕闇の貴公子と呼ばれていた事を思い出す。

まもなく夕陽が落ち、心地よい闇がやって来るだろう。


「どうしたの?」


外を眺めていたら両手を優しく掴まれた。

正面から、じっとクライド様を見据える。


「クライド様……私……」


ぎゅっと手を握り返す。


「妊娠した、みたいです……」


目をまんまるにしてクライド様が固まる。

今までの体調の変化は妊娠によるものだったらしい。

全く気が付かなかった。

だけど、その……頻繁、にしているから……この結果は妥当と言えなくもない。


「………」


固まったまま動かないクライド様に首を傾げる。

あれ? 嬉しくないのかな?

喜んでくれないとか、傷つく。


「クライド様……?」

「え……どこのオスの子?」

「私は猫じゃありませんよ? 大丈夫ですか?」

「あっ、ごめんフィンとごっちゃになって」


クライド様は落ち着くためか眉間を押さえ、深呼吸をした。


「僕の子だよね……常識的に考えて……」

「何を疑ってるんですか?」

「いやあ、ちょっと母親が脳裏に……」


浮気相手の子供を孕んだ母親の事は今だけは忘れて欲しい。

嫁いでまだそれほど経ってないし、余裕なくて他の男と会うなんて無理。

……私はクライド様しか知らないのにな。

少しだけ傷ついた心を隠す為に、クライド様の胸ぐらを乱暴に引き寄せた。


「この髪で浮気が出来ますか?」


未だに短い髪を隠す事などできない。

かつらだって寝ころべば外れてしまう。

クライド様は申し訳なさそうな顔をして私の頭を撫でた。


「そうだよね……ごめんね」

「………」

「嬉しいよ。まだ実感が無いけど……僕が父親になるんだね……人を育てるのって難しいだろうね……」

「立派に育てましょう?」

「いっぱい愛情かけてやりたいなあ。ほら、僕って親から愛情貰った事無いし」

「ライアン様は……」

「父上は僕を道具としか見てないよ。そう言う人だよ」


クライド様がおもむろに外を見た。

濃密な琥珀色の瞳に夕陽が写り、黄金に輝いていた。

その後に少しだけ恥ずかしそうに、幸せそうに、笑った。

今まで見てきた中で一番の笑顔に目が離せなかった。

私はこの人のそばで、生きて行きたいなあ……

漠然とした願いだったけど、叶いそうで、私の人生幸せだなって、思える。


「僕、アイリーンの事すっごく甘やかしたい気分」

「え?」

「子供を甘やかすのはダメなんでしょ?」

「えっと……」

「ほら、おいで」


広げられた腕の中に無意識に収まる。


「いっぱい甘やかしてください」

「うん」


短い髪を梳かれて、目を閉じた。


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