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クライド様の部屋


クライド様が飼い始めた黒猫が机の上で大きなあくびをしている。


「まあ、フィン。こんな所に居たのね」


もふもふの毛を揺らして黒猫が立ち上がる。

名前が無いのは可哀想だと、クライド様と一緒に名前を付けた。

その際、争点になったのは性別だった。

クライド様はずっとオスだと思ってたらしく、カッコイイ名前ばかりをあげた。

本当にオスか分からなかったので実際に調べると、メスである事が判明。

毛が長くて分からなかったとクライド様が何度か言った。

クライド様があげた名前の候補の中から、女の子でもいけそうな名前に決まった。


「ここが好きなの?」


ここはクライド様のお部屋だ。

フィンはクライド様に一番懐いている。

もふもふの毛ですり寄る姿は本当に可愛らしい。

残念な事に、私にはまだしてくれないのだけど。


「ニャー」


フィンが乗っている机の上には、これでもかと沢山の書類が山積みになっている。

ちらりと目に入った書類には領地について書かれている。

宰相の仕事を引き継ぎながら、領地経営まで……

机に近付くと、まだ乾ききらない机に落ちているインクが目に入った。

直前までここで書類の整理をしていたのか……

フィンの顎を撫でる。

ゴロゴロと喉を鳴らしていたが、飽きたのか場所を移動し始める。

フィンの目は美しい黄金色だ。

濃密なクライド様の目とは違った美しさがある。


「あっ! フィンそっちはダメ!」


そっちには特に重要な書類があるってクライド様が言っていた。

制止しようと手を伸ばすと、大きな声と私の手に驚いたフィンが飛び跳ねた。


「!!!」


書類の一山がゆっくりと崩れていく。

その様子にさらに驚いたフィンが違う山を蹴り飛ばした。


「ああああ!」


興奮おさまらないフィンが落ちてきた書類を叩く。

雪崩のように机から紙が溢れ落ちた。


「ど、ど、どうしよう……私のせいだわ……」


フィンはひとしきり暴れた後、素知らぬ顔で部屋を出て行った。

私も部屋を出て行きたい……


「奥様?」


私の大きな声に呼ばれてか、ケイトが顔を覗かせる。

嫁いでからケイトは私の事を『奥様』と呼ぶようになった。

まだ慣れなくて恥ずかしい。


「あららら、やってしまいましたね……」

「やってしまったわ……」

「取り敢えず、戻しておきましょう」

「……そうね」


ごちゃ混ぜになってしまったからクライド様に謝っておかないと……

思いつつ一枚紙を拾う。

領地経営にかかる費用が表でまとめられていた。

これも目を通さないといけないなんて、本当に大変だ。

ケイトと二人で書類を見た目だけ元に戻した。

ページ番号などで揃えられる書類だけは端に置いた。

結構な時間を費やしてしまった。


「どうしてクライド様のお部屋に?」

「フィンが居たからつい」

「これはフィンの仕業ですか……」


ケイトは頭を悩ませている。

同じ事を繰り返さないために、クライド様の部屋の施錠を決めたようだ。


「最重要書類は無事で良かったです」


ケイトの言うように一番重要な書類の山だけは無事だった。

と言ってもそこまで高い山では無いから被害をまぬがれたのだろう。


「鍵を持ってきます。奥様はいかがなさいますか?」

「出るわ。あまり触りたくないから」

「では少々お待ちください」


鍵を取りにケイトは小走りで廊下に出て行った。

器用なフィンは扉を開けてしまう事がある。鍵を掛けないと大変だ。

私はフィンがまた入ってこないように見張っておく。


「はぁ」


大変な目に合った。

クライド様の部屋は本人から好きに出入りしていいと、言っていたけど……

部屋を見回す。

以外と物が多い部屋で、軍役時代に貰ったものや実際に使用していたであろう剣やナイフが壁に飾ってある。

学生時代のものらしき賞状もあった。

こうしてみると文官の部屋と言うより軍人の部屋みたいだ。

……まだ父君であるライアン様に反発しているのだろうか。


「……?」


無事だった書類の山の一番上に白い封筒が置いてある。

綺麗な文字で『カザリアブランカ教会』と書かれている。

……教会?

思わず手に取ってひっくり返す。

間違いなくクライド様宛だ。


「……」


少し悩んで封筒から紙を取り出す。

中には紙が一枚入っていた。

綺麗な字体でさらさらと書かれている。




拝啓

夕陽がとても素敵な季節となりました。

その後、いかがお過ごしでしょうか。

毎月のカザリアブランカ教会への多大なる寄付金、まことに感謝いたします。

クライド様からのご支援の甲斐がありましてこの度孤児院を併設する事と相成りました。

当教会が民からの支持を受けられるようになったのはクライド様のお陰でございます。

孤児院開設に伴う式典に是非お越し下さいませ。

教会を上げ歓待させていただきます。

詳しい日程などは後日お伝えいたします。

それではお会いできる事を楽しみにしております。

敬具


感謝をこめて クリス・ハロウェイ




寄付金? クライド様が教会へ寄付をしていた?

聞いた事が無い……どれほどの金額を寄付しているんだ?

そう言えば、さっきの領地経営の書類!

端に置いた書類から出資の紙を再び見つけ出す。


「あった……!」


クライド様は領地経営で出た利益の一部をカザリアブランカ教会に寄付しているようだった。

金額は、えっと……一、十、百……


「こっ、こんなに!?」


貴族の私でも目が飛び出る金額を毎月寄付してるって事!?

そりゃあ孤児院ぐらい作れちゃうよ。


「奥様ー! お待たせをいたして申し訳ありません」

「あっ、ケイト……おかえりなさい」


思わず手紙を背中に隠した。

手紙を持ったまま部屋を出てしまった。

ケイトがしっかりと鍵を掛ける。


「ねえ、カザリアブランカ教会って知ってる?」

「カザリアブランカ教会、ですか?」

「うん」

「確かー……フローレンス領にある教会ですね、私よりも他のメイドの方が詳しいかと」

「……そうよね」


手紙はそのまま私の部屋に隠した。

フローレンス家のメイドに教会の事を聞く。


「……いえ、そのような教会存じ上げません」

「そう……」

「ライアン様には聞かないで下さい」

「どうして?」

「カザリアブランカ教会の名で激昂なさった事があります」


誰に聞いても知らない、ライアン様には言うな、と返って来る。

おかしい、ケイトでも名前だけは知っていたのに。

ケイトが何故知っていたのかと言うと、その教会はフローレンス領の飛び地にあるらしく、珍しくて覚えていたのだとか。


「確かに、飛び地なんて珍しいわね……」


ケイトが地図を持って来てくれた。

確かに少し離れた場所に不自然に小さな飛び地がある。

他の領に飛び地は無い。


「ケイト、ここに行くとなるとどのぐらいかかるかしら」

「馬車で片道五日ぐらいでしょう。王都からそれ程遠くありませんから」


フローレンス領からは飛び地なだけあって結構な距離がある。

だけど、クライド様とライアン様は共に王城に勤めている。

故にこの屋敷は王都にある。

王都からはそれほどの距離ではなさそうだ。


「この教会が気になるんですか?」


ケイトに言われ、手紙の事を話すか迷う。

重要書類を持ち出した事を叱責されそうで結局言わなかった。

そう言えばどうしてこの手紙が重要だったのだろう?

大切な教会だったのだろうか? ならどうしてメイドは存在を知らないのだろう?

気になる……意外と近いし、ちょっと行ってみようかな。


「行ってみたいって言ったら……怒る?」

「なに仰るんですか!? 輿入れしてまだ数ヶ月ですよ! まだまだ新婚です!」


唇を尖らせて不満を告げる。

新婚なのに往復で十日、家を空けるのはさすがに不味いか。

でもこの教会に何かあるのは確実なんだよね……

メイド達は知らないんじゃなくて、私に伝えたくないだけだと思う。

ライアン様には絶対に言わないようにしよう。






*****





明かりも付けずに窓を開け一人夜風に当たる。

あれから考えたけど……

やっぱり、カザリアブランカ教会に行きたい。


「う~ん」


目下の悩みはクライド様にどう言い訳をするかだ。

結婚したばかりの妻が十日も家を空ける理由が思いつかない。

ゴトゴトと馬車の音が聞こえてきた。

やっと帰って来た。もうずっと忙しいから心配になるわ。


「クライド様!」


クライド様は私が声をかけても驚かなくなった。

普通に微笑む。

そう言えば結婚してから猫のように笑う事が無い。

猫笑いは作り笑いだったのかな。


「お帰りなさいませ。お疲れですか?」

「疲れてたけど今元気になった所」

「あ、あー」


私に会ったからって言いたいんだろうな……

このやり取りは嬉しいけど恥ずかしくもある。

毎回返答に困る。


「お話が」

「うん? なに?」

「あの……クライド様のお部屋で……」


まず書類をバラバラにした事を言わないと。

部屋に向かって歩き始めると、手を握られた。

驚きつつも握り返すとクライド様はニコニコ笑った。

もっとこうして手を握ったりした方が良いのかな……?

鍵を開けて部屋に入ると、クライド様が叫んだ。


「めちゃめちゃだ!」


やはり、書類の積み方に法則があったのか。


「すみません、フィンが……」

「フィン? ああぁ、フィンか……」

「私がフィンを驚かせてしまって」


クライド様は一番上の紙を手に取り、難しそうな顔で眺めた。


「これからは鍵を掛けてフィンを部屋に入れないように……」

「えー? それは嫌だな……僕の部屋で自由にしてほしい」

「ですが」

「う~ん、まあ丁度良い機会か」


クライド様は前々からライアン様に、自室で書類整理をするな、と言われていたらしい。

仕事場所と休憩場所を分けろと言う事だろう。


「部屋余ってるし、僕用の書斎を作ってそこでやるよ。物が多いから移動したいし」


確かに物は多い。

参考書籍なのか分厚くて大きな本が並んでいる本棚もある。

本棚が窓を塞いでいるから、この部屋は外が晴れていても薄暗い。

クライド様はざっくりと書類を並べ直し始めた。


「あの……クライド様?」

「なに?」

「実はお願いがあって……」


パチッと目が合い、続きを促される。


「十日ほど旅行に行ってもいいですか?」


バサバサバサァ……

クライド様が持っていた大量の書類を床に落とす。


「あっ、あっ、あの?」


やっぱり駄目だった?

クライド様は落とした書類を見たまま動かない。

この反応は予想していなかった。


「クライド様」


書類を踏まないように注意しながら目を合わせる。


「僕の事、嫌いになっちゃったの……?」


捨てられた子猫のように寂しそうな表情のクライド様。

体が勝手に停止する。

あれ……私、今可愛いって思った。

クライド様の事を可愛いって……いやいやいや、何かの間違いだ。そうに決まっている。


「アイリーン……?」


間違いじゃなかった!

そんな泣きそうな顔しないで欲しい。

早く誤解を解かないと。


「ち、違います! 嫌いになんてなってないです!」

「じゃあなんで……?」

「えっと、その、フローレンス領を見て回りたいと思って」

「……なんで?」

「一度も行った事が無いのにフローレンス家に嫁いたので」


私は王都でデビューするまで、ブラニング領から出た事が無かった。

お父様は過保護だった。それだけは間違いない。


「十日じゃ全部は回れないよ? 広いもん」

「嫁いで日が浅いのに長く家を空けるのもどうかと思いまして……駄目ですか?」

「う~ん」


クライド様が悩みながら落とした紙を集め始めたので手伝う。


「十日も居ないのはやだな。僕も一緒に行きたい」

「でも、お忙しいでしょう?」

「そうだけど、そうなんだけど、もうちょっと待ってくれれば」

「どのぐらい?」

「あと数年」

「あぁー」


長期の休みが取れるようになるまで数年かかるのか。

今が一番忙しいから仕方ない。

集め終わり、一端クライド様が書類を机に置く。


「……あれ? あそこは元のままだよね」


そう言って指差したのは重要書類が積み重なった山だ。


「ええ、あそこだけは無事でした」

「そうだったんだ、良かっ……」


じっ、とクライド様が山を見始める。

心配になって見上げる。


「……アイリーン、何日旅行に行きたいんだっけ?」

「えっと、十日です」

「じゃあ、片道五日かかるんだ」

「そうなりますね」

「どこに行きたいんだっけ」

「フローレンス領です」

「具体的には?」

「あ、あまり決めてないので……」


教会の事など言えるはずもなく口籠る。


「……く、クライド様?」


クライド様が久しぶりにニタリと笑う。

ニマニマと猫みたいに。

妙に懐かしい笑い顔にただただ混乱する。


「十二日」

「えっ」

「馬車で山は越えられないよ。片道六日はかかる」

「あ、あの?」

「いつから行くの?」

「えっ、えっと……許可が貰えれば明日に」

「相変わらず行動的だなあ、寂しくなるね。でも……」


感情を全て押し殺した黒猫の笑み。


「行ってらっしゃい」


クライド様の考えている事が分からない。

私の行先を見抜いているのに、止めようとはしない。

カザリアブランカ教会に見せたいモノでもあるというの?


「しばらく会えなくなるね」


私の手を掬って甲に口付ける。


「部屋で待ってて。すぐ行くから」


クライド様はしたり顔で自室を出て行った。

しばらくして、今夜誘われたのだと気が付いて真っ赤になった。


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