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復讐の終わり


「……―――…!」


扉の向こうから声が聞こえた。

暴力を受け、耳鳴りがした。


「たすけて……くらいどさま……」

「――――――!!!」


何度か乱暴にドアノブが回る。

鍵がかかっている、開くはずが無かった。

扉が激しく叩かれ始めた。


「開けろ!!!」


ようやく声が耳に届いた。

聞き間違うはずもない、愛しい人の声。


「クライドさまっ」

「喋るな!!!」

「うぐっ……ぅ………」


喉を締め上げられ、完全に呼吸が止まる。

嫌! こいつに殺されるなんて絶対に嫌!

ヴィクトルの腕を深く引っ掻く。

なりふり構っていられないのかヴィクトルはさらに私の首を絞めた。

拳で扉を叩く音よりも低い打音が聞こえ始めた。

扉がミシミシと軋む。

体当たりをしてこじ開けようとしているようだ。


「か、は……」


意識が完全に落ちる前に、扉が壊れた。


「アイリーン!!!」


扉を壊して、クライド様は状況を一瞬で理解なさった。


「お前えぇええ!!!」


クライド様に殴られて、ヴィクトルが視界から消えた。


「ゴホッ、ゴホッ! ひゅー、ひゅー……」


空気が肺に戻って来た。

部屋の外に居たお兄様が慌てて私に駆け寄る。


「アイリーン! 大丈夫か!?」

「はー……ふー……ゴホッ!」


お兄様は私の喉に触れ、顔を強張らせている。

ヴィクトルの手形の痕がついてしまったのだろう。


「殺す、殺してやる」


ソファーの脇で倒れたまま動かないヴィクトルを、クライド様が見下ろしている。

きつく握りしめた拳をヴィクトルに振り下ろそうとするクライド様を見て、よろよろと立ち上がり、怒りに震えるクライド様の腕に寄り添った。


「……はぁ、はぁ」


未だ乱れる呼吸を何とかなだめる。

しかし、まともに声が出ない。


「どうして止めるんだ! こいつは生かしておいちゃ駄目だ! また同じことを繰り返す!」


ヴィクトルは床に倒れたまま動かない。昏睡している。

最初の一撃の当たり所が悪かったのだろう。


「くら、い……ど、さま……」


息を整え、自然と目に涙が溜まる。


「殺す事が……目標では、ない、はず……!」

「確かにそう言ったかもしれない……だけど!」

「こんな奴のせいで……罪を犯さないで下さい……!」


クライド様は一切こちらを見ない。

私の為に怒っているのに、私の事を見てくれない。

ヴィクトルへの怒りに支配されていた。


「僕はまた君を傷つけた、これ以上は許容できない」

「どうか、落ち着いてください」

「君が怪我をしたのは僕が、僕が、」


私はクライド様の胸ぐらをつかんで、至近距離で無理矢理視線を合わせた。

クライド様は泣いては居なかった。

ただ瞳に深い悲しみを抱いていた。

キスをする時、いつも目を閉じていたから分からなかった。

目を細め、不吉な黒猫のように笑う琥珀色の瞳がこんなにも寂しさを湛えているなんて。


「覚えていますか」


私の顔を見たクライド様が泣き出しそうな子供のような顔になった。


「死ぬよりも辛い生き地獄を、ヴィクトルに」

「アイリーン……」

「ここで殺したら元も子もありません、これからこいつに地獄を見せる事が出来るのは……クライド様、貴方だけです」


ゆっくりとクライド様が手を伸ばす。

殴られて腫れあがった私の頬に一瞬だけ触れて、一筋の涙を流した。


「……僕は、君を傷つけたくなかったんだ……」

「このぐらい、怪我ではありません……時が経てば跡も残らない……クライド様の怪我と比べれば……」


ヴィクトルは女だからと少しは手加減をしてくれていたようだ。

それとも、単に傷つけるだけの力が無かったか……

いずれにしてもクライド様の怪我に比べればなんてことない。


「ひゃっ!? ……クライド様?」


クライド様が私の事を抱きしめた。

小さな声で、ごめん、と呟いた。

一瞬迷ったが、おずおずとクライド様の背に手を回し、抱き返した。

少しして、クライド様は顔を上げた。


「アルフレッド」

「はい」

「悪いんだけど人を呼んできてくれない? ほら、寝ちゃった人も居るし」


クライド様が強制的に寝かしつけたヴィクトルを見ながら言った。

お兄様は何度か頷いた。


「承知しました。クライド様は……」

「僕は寝てる人を見張ってるよ」


お兄様と目が合った。

私は思わずクライド様の服を掴んだ。

クライド様がヴィクトルに何をするか分からない以上、離れたくなかった。

絶対に罪を犯して欲しくなかった。

お兄様は一度だけ頷いて部屋から出て行った。

私はゆっくりとソファーに浅く腰掛けた。


「ゴホッ、ゴホッ」


喉がおかしい。絞められたのが原因だろう。

クライド様はガラスのコップに水を注いで私に差し出した。


「これで少しは冷やせるかな」


コップを暴力を受けて腫れた頬にゆっくり当てる。

思っていたよりも熱を持っていた為、とても心地よかった。


「痛くない?」

「はい……ありがとうございます」

「氷持ってくる。あいつが起きたら教えて」


クライド様が部屋を出て行って、倒れているヴィクトルを見下ろした。

全く動かない。血が出ている様子は無いから気絶しているだけなんだろう。

沢山の氷が入った袋を持ってクライド様がすぐに帰って来た。

氷袋を頬に当てる。ジンジンとした痛みが少しずつ和らいでいく。


「アイリーン、これ……」


クライド様は脱いだ上着を私に差し出した。

裂かれたドレスを見ると肌が露出していた。


「ありがとうございます……」


上着を着て、しっかりボタンを閉めた。

私の様子を見てからクライド様は私の隣に座った。


「……クライド様」


思いつめた表情を浮かべるクライド様に声かける。


「そんな顔をなさらないで下さい……目標は達成できました。それに、私が怪我をしていた方が今後やりやすいでしょう?」

「復讐の為に傷つくなんて間違ってる。仕返しの為なのに……」


自身の膝を叩いて怒りを露わにするクライド様と目を合わせ、腫れた顔で精一杯微笑む。


「なら、おあいこですね」


ハッとしたクライド様は自分の腕をさすった。


「これは復讐の勲章です……私は胸を張って家に帰れます」

「僕は君をこれ以上傷つけたくなかったんだ……」

「はい、お気持ちは十分伝わっています……本当に、ありがとうございます」


クライド様の手が私の頭を撫でた。

そのままゆっくりと引き寄せられてクライド様の腕の中に納まった。


「もう恋人のふりはしなくていいんですよ」

「いいんだ、僕がしたいんだ……君の事を大切にしたいんだ……」


きっとクライド様とこうするのはこれが最後だろう。

腕の中はあたたかくて、とっても安心できた。


「本当はもっと早く来るはずだったんだ」

「お仕事なら仕方ありません」

「まさか暴力なんて……ごめん、君を危険にさらして……僕の考えが浅かった」

「いいえ……」


ヴィクトルの暴力は私が誘発したようなものだ。

クライド様の計画に悪い点など無かった。

私が悪いのだ。


「宰相になんてなれなくて良いんだ。アイリーンの方が大切なのに」

「お気持ち、嬉しいです」

「初めて殺すつもりで人を殴ったよ……本当に憎くて堪らない」

「寝たまま起きませんが……生きてますよね?」

「生きてるでしょ。武術の心得が無くて受け身が取れなかったんだよ」


クライド様が、急所を殴ったと言えばそうなんだけどさ、と呟いた。

軍に居た時の経験が生きたのだろうか。


「クライド様」


じっと見つめる。

クライド様と言えば、猫の目だ。

今日は一度も見ていない。


「笑って下さい、私達の復讐がほとんど終わったのです」

「………」

「後処理を頼んでもよろしいですか?」


クライド様が今日初めて笑った。

いつもの三日月では無く、人らしく無理をして笑っていた。

その表情から目をそらさず見つめる。


「そっか……終わったんだよね……」

「はい」

「後は任せて。楽に死なせないから」


クライド様は私を抱きしめた。

クローリナ、と小さくクライド様が呟いた。

元婚約者の……血の繋がらない姉の仇を取った。

今日は記念すべき日だ。


「アイリーン、ありがとう……愛してるよ」

「………」


いつもの返事が出来なかった。

だってもう恋人ごっこをする必要が無いから。

クライド様は氷を持っていない方の手を取って、手の甲にキスを落とした。

キスもこれが最後だ。

本当は唇に、なんて……腫れてるし不細工になってるからクライド様も遠慮したのかな……

クライド様に寄りかかる。

これが最後……最後だから……

もう少しそばにいる事を許して……


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