表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/56

43.暁の動機

 朝日がテスラに行ってから……半年以上が過ぎた。

 オレは中三になって……部活の最後の大会も終わって――今、とても退屈している。

 受験勉強もしないといけないのはわかってるんだけど……まだちょっと、その気にはなれないかな。


 そんな訳で、夏休み初日である今日は……一人バスに乗って、繁華街までふらりと出てきた。

 オレはミュービュリの人間はあまり得意じゃない。

 だけど、見知らぬ多くの人が行き交うこういう場所は……自分が埋もれて街の一部と化し、隠してくれる気がして……嫌いではない。


 本当ならこの夏にジャスラに行って水那さんを助ける予定だったんだけど……ソータさんのテスラの調査が思ったより長引いてるみたいだ。

 宝鏡(ほかがみ)が割れていたとか、ダイダル岬にも何かあるらしいとか、予想外の事態がいろいろ起きていて……入念な準備が必要らしい。

 ソータさんはそれらを全部片付けてから水那さんを迎えに行きたいんだそうだ。


 オレはソータさんの弓を射る姿に憧れて――まあ、ソータさん本人には恥ずかしくて言ってないけど――中学では弓道部に入った。テスラに行ったときにちょっと見てもらったりしたけど……。


「暁はソツなくこなし過ぎだな……」

と言われた。


「ソツなく……要領よくってこと? よく言われる。でも……それって駄目なこと?」


 ソータさんの言葉に否定的な含みがあることに気づいて聞き返す。

 ソータさんは「駄目じゃないが、良くはないよな」と答えた。


「ある程度できてしまうもんだから、より高みを目指して……っていう意識が足りないんだ。器用貧乏ってやつだ。強いて言うなら……それかな。型がどうとか、姿勢がどうとか、っていう問題じゃないな」

「ふうん……」


 そう言われた時は――全然ピンとこなかった。

 でも……今は、わかる。

 ――ユウの寿命のこと……知ったから。


 浄化の修業も、弓道も……何の目標もなくこなしていた気がする。でも……今は、ユウの意思を引き継げるフェルティガエになりたい、と思ってる。

 それまでが不真面目だったっていう訳じゃない。だけど、そう意識してから……自分の中の何かが変わった。


 ユウはファルヴィケンの、朝日はチェルヴィケンの、唯一の生き残りだ。

 今はそれらの事実は伏せられていて……一部の人間しか知らない。だからユウと朝日は、フィラではなくエルトラ王宮に住んでいる。もしその事実が公になったら……オレに皺寄せがいくからだ。


 オレはまだ、ミュービュリで暮らすともテスラに行くとも決めていない。でも三家の直系だってバレたら、絶対にフィラの人間は理央姉のところに詰めかける。

 何で自由にさせているんだって。フィラの民を導く義務があるんじゃないかって。


 万が一そうなったとき……嫌でもオレに期待されることになるだろう。フィラに住むかどうかはともかくとしても、オレはフィラに住んでいる人達にも認めてもらえるようなフェルティガエにならないといけない。

 ――夜斗兄みたいに。


 記憶喪失から復活してから……夜斗兄は以前よりもぐっと仕事を減らして……フィラにも多く関わるようになったらしい。今までしていた仕事も、ヨハネやエルトラの神官にだいぶん回したみたいだ。


 ヨハネといえば、先月テスラに行った時に会った。夜斗兄の仕事をかなりこなすようになって、忙しそうだった。特に、飛龍の扱いについては夜斗兄よりずっと上手いらしく、フィラとの行き来は主にヨハネがこなしているらしい。


 前にソータさんが言ってたんだけど、飼いならされたエルトラの飛龍は、決まった時間にはヤンルバに帰ってくる習性がある。

 だけど……ヨハネの命令はそれを上回れるのだそうだ。去年の冬、それで丸二日帰って来なかったことがあって……エルトラは大騒ぎになったらしい。

 ヨハネによると、力の使い過ぎで遠くの小さな島で眠りこけてしまい、帰って来れなかったってことだった。飛龍はその間もヨハネを心配して傍を離れなかったんだって。


 そんなこともあり……夜斗兄は、ヨハネにはソータさんのことや闇のことなど、肝心なところはまだ話せないって言ってた。精神的に不安定で、力の制御がうまくいかないことがあるからだって。


 夜斗兄は自分の仕事がないときは、ユウや朝日に同行することもあるらしい。

 だから、接する時間も多くなり……

「夜斗も……ユウの身体に気づいてるかもしれない」

と朝日がぼやいていた。


「やっぱり昔との差を一番感じているのが夜斗だから……時間の問題かも」

「でも……一時期よりすごくよくなったよね。……やっぱり、愛の力?」


 オレはちょっとからかうように言ってみた。

 てっきり赤くなって「馬鹿なこと言わないの」と怒るかと思ったら

「違うわよ。……いろいろ……頑張ってはいるのよ」

と真面目に返された。


 治療師に聞いたり、カンゼルの資料をもう一度読んだり……とにかく、あらゆる手は尽くしている。

 しかし、思うような効果は得られていない……。


 そういう感じがした。今元気なのも、朝日が何らかの手段で一時しのぎをしているだけで……結局、ユウはやっぱり……いなくなってしまうんだろうか。

 もうちょっと待ってよ……ユウ。オレは、まだ……。


「あの……君? ちょっといいかな」

「は?」


 不意に、一人の女性に声をかけられた。唐突だったから、思わず聞き返してしまった。

 いつもなら声をかけられる前に遠ざかるか、聞こえない振りをしてスルーするところなのに……。


「君……いくつ?」

「……」


 面倒臭い、スルー、スルー……。

 返事をするのも嫌なのでスタスタと歩き始める。


「あー、ちょっと待って! モデルとか興味ない?」

「ないです」

「前にも見かけて、ずっと探してたんだけど……この辺りの子?」

「……」

「とにかく、名刺だけでも貰ってくれる?」

「要りません」

「興味があれば、是非ここに……」

「ないです」


 かなりしぶとい人だ。……こういうのって、女の人の方がパワフルなんだよな……。特にこの人ぐらいの、アラサー女性って……。


“アキラ! 今、忙しい?”


 不意に、シャロットの声が聞こえてきた。

 ……手紙でなく、直接話しかけてくるなんてかなり珍しい。……ユウの許可は取ったんだろうか。


 オレは歩きながら携帯を取り出すと、耳に充てた。スカウトの女の人をジロッと睨む。

 ……これで離れて行ってくれればいいのに。


『何? まぁ、暇と言えば暇だけど』


 オレが訳のわからない言葉を喋り出したので、女の人はちょっと驚いて「えっ」という声を上げた。

 だけど相変わらず後ろをついてきている。電話の邪魔はしないようにという配慮からか、少し離れて様子を窺っているようだ。

 ……かなり根性のある女の人だな。誰かさんみたいだよ。


“今からそっちに行くねー”

『……は?』


 オレは立ち止まって辺りをキョロキョロ見回した。ここはいわゆる普通の繁華街で、シャロットが調べている次元の穴の候補地ではない。

 なのに……。


『えっ、まさかゲート!?』


 思わず叫ぶと

“そうだよー”

と言う呑気な返事が返って来た。


『おい、シャロット! こんな街中で……人目が……』

“大丈夫だから!”


 元気な声が聞こえ……プツンと通信が途切れた。

 オレはもう一度辺りを見回した。シャロットが現れそうな場所……。


「――あれか!」


 少し先に、木々に囲まれている公園がある。特に奥の方は小さな森みたいになってるから……あの場所なら大丈夫かも……。

 シャロットは夢鏡(ミラー)が使える。ピンポイントで場所を選んでゲートを開けるはずだ。


 あれ……でも……いつの間に開き方を覚えたんだ? オレだってそうそう見せてもらえないのに……真似されると困るからって。

 いや、考えている場合じゃないな。とにかく行かないと。


 オレは公園に向かって駆け出した。万が一誰かに見られたら大変だし……。

 ちょっと待て。ひょっとして、あのドレス姿で現れるのか? それとも、いつも着ている真っ白な上下の服で現れるのか?

 どっちにしても……来た後、どうしたらいいんだろう。そんな目立つ奴、連れて歩けないぞ。


 どうでもいいことを考えながらひたすら走る。

 公園に入った瞬間――予想通り、森の辺りから空間が歪む気配がした。


「――やばっ……」


 思わず叫ぶ。周りを見回したが……人はまばらで、森に行こうとしている人間も、森に注目している人間もいなかった。どうやら、オレにしかわからないみたいだ。


 息を切らしながら森に入ると……制服姿の女の子が、辺りをキョロキョロと見回していた。

 英凛学園中等部の制服だ。夏なのに――何故か冬服。それに、やけにスカートの丈が短いな……いや、この子の足が長いんだな。――赤い髪……。


『――シャロット!?』

『あ……アキラ』

『お前、な、何で……』


 どうにかパラリュス語で話しかける。――落ち着け、オレ。


 シャロットはオレをじっと見ると

『――来ちゃった』

と言ってにっこり笑った。


『どこで覚えた、その台詞……』

『ん? 何が?』

『……いや……。それより、その制服……』

『アサヒさんが前にくれたの。……ちょっと小さいけどね』

『そりゃ朝日が着てたやつだからだろ……』

『でも……暑い』

『冬服なんか着てるからだろ。今は夏だ』

『……? あ、そっか、季節があるんだったね』


 そう言うと、シャロットはおもむろにブレザーを脱いだ。次にブラウスのボタンに手をかけ――。


『おい! どこまで脱ぐ気だ!』

『ちょっと開けるだけだよ。……それぐらいの常識はあります。スカートの下も……』

『見せるな!』

『ちゃんとスパッツってやつ履いてるのに……』

『人に見せるのは非常識なんだよ』

「――ちょっと……」


 ふいに声がして、オレは驚いて振り返った。

 さっきのスカウトの女の人だ。ぜーはーぜーはーと荒い息をついている。

 ……追いかけてきたのかよ。


「あんた……まだいたの」


 呆れて思わず言うと、その人はニヤッと笑った。


「前から探してたって言ったでしょ? とにかく、話だけでも……」

「いや、オレ、本当にそれどころじゃないんで」


 オレはシャロットを指差した。


「こいつの国に行ったり……とにかく、忙しいから。全く興味ないし」

「彼女? まあ、彼女も綺麗な子ねぇ。……ねえ、あなたも彼氏のカッコいい所、見たくない? こういうのとか……」


 女の人はズカズカと近寄ると、シャロットに雑誌を見せた。外国のお洒落な建物の前に止まったスポーツカーに颯爽と乗り込もうとしているイケメンの写真だ。


「ねぇ、彼女に通訳してよ」

「彼女じゃないし……」


 それにシャロットは日本語が分かるし。

 でもとりあえず念を押すために、オレはシャロットの方に向き直った。


『いいか、日本語は分からないフリしろよ。面倒臭いことになるから』

『わかったけど……この赤いの何?』


 雑誌を受け取ったシャロットが指差す。


『フェアレディZっていう車だよ』

『クルマ……これは面白そう。背後の建物も……素敵』


 やはりシャロットは男の写真なんてどうでもいいらしい。……ちょっとホッとする。

 女はどうやら話が通じないとわかったようで、深い溜息をついた。


「……その雑誌は、あげるわ。ねえ、せめて名刺だけでも受け取ってよ。名前も住所も聞かない。それで……諦めるから」

「……」


 まぁ、その根性は嫌いじゃないしな……。

 オレが渋々手を出すと、女の人は自分の名刺を手渡した。――ステラポリー総務取締役、北見涼子。……結構立派な肩書だ。


「……じゃ、またね」

「またって何だ。オレはやらないからな」

「会ったら世間話でもしましょ。……じゃあね」


 そう言うと、女の人は背筋を伸ばして颯爽と歩いて行った。……さっきの息切れの時とは大違いだ。


『アキラ……いったい何の話だったの?』

『こういう……写真に撮られる仕事をしないかっていう……勧誘だよ』

『シャシン……』


 シャロットは雑誌のそのページをまじまじと見た。


『シャシンって凄いね。夢鏡(ミラー)で見るよりずっと鮮明で、綺麗で……』

『……そうなんだ……』

『ミュービュリの風景といろいろな建造物。それとアキラなら……見たいかも』

『……ふうん……』


 シャロットは滅多に王宮から出れない。だから……余計、外の世界に憧れるのかな。

 エメラルドグリーンの海と青い空の写真を食い入るように見つめているシャロットを眺めながら、オレはそんなことをぼんやり考えていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「旅人」シリーズ

少女の前に王子様が現れる 想い紡ぐ旅人
少年の元に幼い少女が降ってくる あの夏の日に
使命のもと少年は異世界で旅に出る 漆黒の昔方
かつての旅の陰にあった真実 少女の味方
其々の物語の主人公たちは今 異国六景
いよいよ世界が動き始める 還る、トコロ
其々の状況も想いも変化していく まくあいのこと。
ついに運命の日を迎える 天上の彼方

旅人シリーズ・設定資料集 旅人達のアレコレ~digression(よもやま話)~
旅人シリーズ・外伝集 旅人達の向こう側~side-story~
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ