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XASGM-1

首相官邸地下 緊急対策本部


 現場上空のグリフォンから送られて来るリアルタイム映像を、各省庁の人間や多くの制服組が見守っている。寸前の所で包囲網を突破した大蜘蛛に舌打ちする者や、苛立ちを隠せない者が多かった。


「狡賢いやつだ、さっさとくたばればいいものを」


「もっと戦力を投入したらどうかね。長距離砲の支援が始まらんのはどういう事だ」


「米軍に手助けを頼んだ方が確実なんじゃないのか」


 言いたい放題だ。やれるものならとっくにやっている。しかし、物事には順序があるのだ。それにこの程度で米軍に救援を求めては面子に関わる。そもそも未知の敵を相手に戦って犠牲者が数名で済んでいるのも奇跡的と言っていいだろう。


「……大臣」


「何だ」


 岡崎統幕議長が剣持防衛大臣を階段裏へと誘った。何か言い難い事でもあるのだろうかと思っていた剣持へ岡崎は、ある試験兵器を投入したいとの意見を具申する。


「…………確かそれは、一昨年度の予算案から抽出して現在も試験運用が進んでいたヤツだったか」


「技術と試験データの取得が主な目的で、どっちにしろ正式化される未来のない兵器です。ならば、この状況を打破するために使っても構わないと思います」


「だがどうやって納得させる。状況が状況とは言え、一筋縄じゃいかんぞ」


「これを」


 岡崎が取り出したのは、1枚の書類だった。第一次防衛ラインと第二次防衛ラインにて消費された弾薬の総数が記載されている。


「総火演に匹敵する投弾量です。しかし、ヤツへのダメージは微々たるものです。これ以上の戦車砲や対戦車ミサイルを使用した所で無駄なだけだと言えば、相応に納得させられるかと」


「……分かった、総理には私から話す。準備を進めてくれ」


「ありがとうございます」


 本部へ戻った剣持は沢村に相談を持ち掛けた。岡崎は副官を呼び出して委細を伝え、準備を進めるよう指示する。


「……XASGM-1と言うと、試験運用が進んでいたあれか」


「はい。遠距離から航空機及び艦艇より地上目標へ向けて発射するミサイルです。我が国の情勢を鑑み、島嶼防衛等の際に上陸した敵コマンドやゲリラを遠距離から叩く兵器が将来的に必要となる可能性を考え、陸海空による共同で試験運用が進んでおりました。これは本土防衛におきましても、着上陸侵攻する敵部隊への攻撃にも当然使えるよう開発されています」


 日本が培って来た各種対艦ミサイルの運用で得られたデータを基に、対地目標への攻撃転用技術を習得する目的で開発されたミサイルだ。F-2支援戦闘機やP-1哨戒機、護衛艦からも強力な地上攻撃を行う事が可能である。

 しかし、周辺国や国内における反対勢力への配慮を考え、実用化は目指さずにあくまで将来的な目線で見た防衛事情を考えてのデータと技術の習得をするだけの開発とされていた。


「こちらをご覧下さい」


 メインスクリーンに映像が映し出される。太平洋ミサイル試射場で行われたXASGM-1の実弾射撃試験の映像だ。2隻の護衛艦がミサイル発射筒から等間隔でそれぞれ4発を発射。一見するとハープーンやSSM-1のように見えるそれは、超低空で海上を這うように飛び、陸地へ達する寸前に上方へホップアップ。仮想目標に対して垂直に突っ込み、大爆発を起こした。

 映像が切り替わり、今度はF-2支援戦闘機からの発射試験映像になる。母機から放たれたミサイルは一気に高度を落として先ほどと同じように飛び、陸地の手前でホップして目標へ上空から垂直に着弾した。


「このように、基本的には洋上もしくは上空からの使用を前提に考えられております。陸自におきましては、レーザーやGPSによる照準誘導の実証データ蓄積が進んでいます」


「それで、これを使おうと思った訳を聞かせてくれるかね」


「この書類で腹を決めました」


 剣持は、岡崎から受け取っていた例の書類を渡した。第一次防衛ラインと第二次防衛ラインで使用された弾薬の総量が記されている。


「ご覧のように、富士総合火力演習で使用される弾薬に匹敵しております。ここまでの火力を投入した上、特科部隊の砲爆撃を行った所で恐らく効果はないでしょう。自衛隊の性質上、対地攻撃に使える武器も限られます。総理もご承知の通り、本ミサイルはデータ取得が目的であり正式化は現在の所、考慮に入れられておりません。統幕としましても、いっそ実戦データの取得を目的に、使ってしまって構わないのではとの声が上がっております」


 沢村は少しばかり考え、GOサインを下した。何所へ行くか分からない目標を包囲しようとして戦力の移動に時間が掛かり、結局また逃走を許す事が続くようでは意味がない。ヤツの思いもよらない遠距離から、何所に居ようと正確に攻撃を加えられる兵器が例え実験用だとしても、やって見る価値はあると踏んだのだ。


「総理が決断された以上、私も一蓮托生だ。失敗は許されんぞ」


 岡崎統幕議長は、剣持の眼差しに対して真摯に答えた。


「お任せを。性能には装備庁の連中も自信を持っています。必ず成功させます」


 この決定に伴い、XASGM-1の移送が急ピッチで開始された。まず築城の第6飛行隊が百里まで進出し待機。続いて警戒中だった第1護衛隊群第1護衛隊が横須賀に帰港。哨戒飛行中の第4航空群各機も帰投して待機に入る。


 これらの部隊へ防衛装備庁の管理する施設より、XASGM-1を搭載した輸送トラックが長い車列を作っていた。向こう4~5時間もあれば各部隊への受領が完了する見込みである。その間、大蜘蛛へは移動を制限するための散発的な攻撃が続いてた。あまりにも市街地や住宅地へ接近しようとした場合には、上空待機を続けている第3飛行隊が爆撃を行う手筈になっている。

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