第二次防衛ライン
第一次防衛ラインを突破した大蜘蛛の侵攻を阻止するため、前線指揮所は第二次防衛ラインへ戦力集結を急いだ。戦車隊は移動に時間が掛かるので第一次防衛ラインにて部隊を再編し待機。代わりに現場へ向け移動中の機甲教導連隊戦闘中隊と普通科教導連隊第1中隊を急遽転進させ、直接的な阻止火力として展開させる事になった。
これに加え、各普通科戦闘群の対戦車小隊も移動が決定。これ等は87式中MATを装備する部隊だ。87式はレーザー照準により目標を追尾するミサイルで、射程距離は約2000と戦車よりも近付く必要があるが、発射機とレーザー照準器を分離して配置する事が出来るため、射手となる隊員たちは安全な場所から攻撃を行う事が可能である。
重迫小隊も未だ到着しない特科の代替を務めるべく、射撃陣地を引き払って対戦車小隊が作り出す車列に追従。遅滞攻撃を繰り返す上空の4対戦を視界の隅に収めながら、部隊は第二次防衛ラインを目指した。
第二次防衛ラインは青梅線小作駅と八高線箱根ヶ崎駅を直線的に結ぶラインと暫定。正直な所、戦車隊の火力で十分に仕留められると考えていたため、急なこの決定に上も下も大慌てである。
青梅市立東中学校付近
機甲教導連隊戦闘中隊は、大蜘蛛への射線を確保するためこの周辺の見晴らしがいい場所へ2両1組単位で展開。近付きつつある大蜘蛛へ105mm砲を睨ませながら、移動射撃の準備も怠らなかった。
普通科教導連隊第1中隊が装備する89式装甲戦闘車は各所に小隊毎で展開し、重MATの射撃準備に入っていた。重MATは射程約4000とそこそこの長さを誇り、16式が撃ち始める前から攻撃を行う事が出来る。搭載ミサイルを全て撃ち尽くした後は主武装として備える35mm機関砲で制圧射撃を加え、行動を少しでも阻害する事が骨子とされていた。
『中隊長車より各車、既に目標が見えていると思うが射撃は距離2500にて行う。その前にFVのミサイル斉射が入り、以後は移動しつつ交戦を続行。重迫と対戦車小隊の支援も随時受けられる』
4対戦のAH-1Sが阻止攻撃を継続中だ。ミサイルの直撃で一瞬身じろぐも大きなダメージにはなってないらしく、大蜘蛛は鬱陶しそうな素振りである。
『FV各車、弾種はAPDSを装填、バーストは5点で攻撃せよ』
89式装甲戦闘車の機関砲とミサイルコンテナに仰角が掛かる。ミサイルの再装填に備え、車内では随伴する普通科隊員たちが待機していた。展開中の各部隊へ上空のグリフォンから通信が入る。
『第二次防衛ライン展開中の各隊、4対戦が間もなく弾切れのため攻撃を中断する。連中が空域を離れると同時に重迫が効力射を実施するので、それを皮切りに各自攻撃願いたい』
その通信が終わるとほぼ同時に、AH-1Sの編隊が引き揚げ始めた。鬱陶しい攻撃が急に止んで不思議そうにしている大蜘蛛へ、再び120mm重迫撃砲の攻撃が降り注いだ。
『射撃緒元そのまま!撃ち続けろ!』
『各車、重MAT撃ち方始め』
町の至る所からミサイルが白煙を残して飛び去った。重MATは弾速が遅いと言われているが、目標が目標なだけに大きな欠点とはならないだろう。
体の上部で次々と炸裂する120mm砲弾に慌てふためく大蜘蛛へ、発射された無数の重MATが殺到。再装填も手早く行われ、途切れる事のない攻撃が続いた。これによって大蜘蛛はその歩みを止め、僅かばかりだが後ろずさる。
『ミサイル残弾なし、以後は機関砲の攻撃へ移行する』
『全車戦闘照準、弾種徹甲』
機動戦闘車の105mm砲が若干上下し、その照準を定める。大蜘蛛は重迫の攻撃を浴びながらも再び前進を始め、ジリジリと射程内へ入りつつあった。
『よーい、撃っ!』
105mm砲が一斉に火を噴いた。前進する大蜘蛛の正面にAPFSDSが突き刺さる。これまで最も大きなダメージを与えたらしく、大蜘蛛はその巨体を震わせた。更に続く89式FVの35mm機関砲による弾幕から逃れようとするも、何所へ動こうが射程に入っているため逃げ切れないでいる。
『各車陣地転換、一箇所に留まるな』
戦闘中隊は攻撃を行進間射撃に移行。砲撃による衝撃波で電線や軒先の木々が震える。8輪駆動による素早い移動は、攻撃を受ける大蜘蛛の意識を混乱させるのに役立っていた。
『各対戦車小隊は射程内の班から随時攻撃を許可する。射撃後は速やかに陣地転換せよ』
開けた場所や空き地から87式中MATが一斉に飛び出した。誘導は別の場所に居る対戦車小隊の隊員が軽装甲機動車のルーフ上から行うため、着弾後は別の場所に設置してある発射機の元へ向かうだけでいい。
『1班、着弾を確認。移動します』
『こちら2班、着弾確認。直ちに移動』
第一次防衛ラインと違い、徹底的に機動と火力を両立させた戦闘が展開された。FV小隊が大蜘蛛の正面から制圧弾幕を送り込む一方、戦闘中隊は2個小隊ずつに分散して大蜘蛛を左右から挟む形で進撃し、挟撃を加えていった。
対戦車小隊も各所に設置した発射機を駆使してゲリラ的攻撃を繰り返している。大蜘蛛が意識を向ける方向とは間逆から攻撃を加えて釘付けにし、戦闘中隊や教導1中隊の移動及び装填時間を援護した。これ等の攻撃による時間稼ぎを功を成したお陰で、4対戦が再び現場空域に進出。3方向からの攻撃に戸惑う大蜘蛛の後方から、TOWの最大射程距離で攻撃を実施する。
『タルボス各機、攻撃を再開する。尚、攻撃は目標の反撃を考慮し最大射程で実施せよ』
TOWミサイルの射程は最大で約3700とされている。着弾まで相応に時間を要するが、目標を殆ど釘付けに出来ているこの状況ではそこまで問題ではないと考えられた。
4方向からの攻撃で行き場を無くした大蜘蛛は、ふいに姿勢を低くして攻撃を回避。斜め前方へ向けて離脱を試みた。それは前面に布陣するFV小隊と、その小隊から見て右翼側へ回り込んでいた戦闘中隊2個小隊の間を突破するものだ。機関砲の制圧弾幕は続くものの、戦闘中隊の小隊は進行方向と間逆へ進撃される形となったため、砲塔を旋回させつつ射撃を続行。しかし車体の方向転換が間に合わず、押さえ込みつつある寸前でまたもや逃走を許す事となった。
『目標が逃げに入った、包囲は間に合わない』
『4対戦各機は正面に回り込んで阻止攻撃を行え。戦闘中隊は目標を追撃せよ』
特科の到着まで残り30分を切っている所での出来事だった。前線指揮所では最も至近まで移動している特科部隊にロケット補助推進弾を使用させ、今直ぐにでも攻撃を行うべきとの議論が起きている。しかし、首相官邸に設置された緊急対策本部では、また別の問題が発生していた。




