第一次防衛ライン
青梅ゴルフ倶楽部上空
小曾木地区に寝そべる大蜘蛛を上空から監視するヘリが居た。初期に現場空域へ駆け付けたUH-60MRことグリフォンである。
「送信開始」
「送信開始します」
合成開口レーダーが映し出す映像を見ながら、味方部隊へ目標の現在地を送り始めた。これが後で到着する特科や重迫陣地への射撃指示に対する基準となる。
「こちらグリフォン。時刻10:00、目標の現在地、東経35度49分、北緯139度17分」
「4対戦を視認、下がりましょう」
接近する第4対戦車ヘリコプター隊を確認。グリフォンは前面に出るAH-1Sと入れ替わり、高度を上げて上空監視を続行した。ここからは攻撃管制も4対戦の観測ヘリにバトンタッチする。
『こちら観測ヘリ、コールサインはトラフズク、グリフォン感明送れ』
「グリフォン、感明よし」
『了解、しっかり見張っててくれよ』
対戦車ヘリの攻撃で目標を引きずり出し、戦車と重迫の連携でダメージを与えつつ特科が展開する時間を稼ぐ。別の場所へ移動しようとする場合はF-2の航空支援でこれを阻害。現状の戦力としてはこの辺が限界だった。
入間基地 前線指揮所
UH-60MRから送られて来る映像を、指揮所内に陣取る大勢が見ていた。 人間の軍隊が相手ではふざけたような戦力配置だが、今の自分たちが相手にしているのは大蜘蛛と言う未知の敵である。もう殆ど「怪獣」と呼んで差し支えない存在を相手にするならば、やはりここは重機甲戦力が最も頼りになる正面戦力と言えた。
「間もなく配置完了です」
全ての戦力配置が整いつつある事を確認した幹部自衛官がそう告げた。もう少しで大蜘蛛への攻撃が始まる。下河原と加川は、緊張感が高まっていく指揮所でその時を待っていた。
「……始まりますよ」
「アタシらここに居ていいんですかね」
「出てけと言われていないから大丈夫でしょう。ここまで首を突っ込んだんです。最後まで見届けるのがスジってもんだと思いますが」
「それもそうですね」
この後に及んでも、茜はまだ俯いたままだった。加川は既に匙を投げた感じだったが、下河原は根気よく呼び掛ける。
「茜さん、始まります。せめてその最後を目に収めましょう。あなたの人生を縛り付けていた戦争の闇も血筋も、彼らが全て消し去ってくれます。彼らにとっても皮肉な尻拭いでしょうが、これが終わった先にあるのは新しい人生です。あなたがその新しい人生を歩めるようになるまで、傍で支えますから」
「……ありがとうございます」
茜はか細い声でそう呟いた。そして、さっきまで床ばかり見ていた顔をモニター群に向け、百穂家が作り出した大蜘蛛の行く末を見守り始めた。その顔付きは何所か、覚悟を感じられるものだった。
「ヘリ部隊の配置完了」
「予定通りだ。4対戦から直ちに攻撃開始」
「了解、攻撃開始!」
本部からの攻撃命令が下り、部隊は一斉に動き始めた。まず対戦車ヘリの誘導攻撃が行われる。
青梅ゴルフ倶楽部上空
AH-1Sによる誘導攻撃が始まった。無数のTOWミサイルが寝そべる大蜘蛛に殺到していく。これの着弾に驚いた大蜘蛛は攻撃を受けた方へ振り向き、上空のヘリ部隊に襲い掛からんとする勢いで突進して来た。
『トラフズクよりタルボス各機、その調子だ。攻撃を続行しろ』
ヘリ部隊は後退しつつ攻撃を続行。大蜘蛛を戦車戦闘群の射界へと誘引していった。
「グリフォンからトラフズクへ、あと300mばかり引っ張り出して欲しい」
『了解。各機、チーム毎に相互支援しつつ後退、但し攻撃の手は緩めるな』
TOWとロケット弾、機関砲を交互に使いながらヘリ部隊は大蜘蛛の誘導を続ける。近付いて来る大蜘蛛は戦車のキューポラから様子を窺う車長たちの肉眼にも、チラチラと見え始めていた。
『全車撃ち方用意、弾種対榴、距離3000まで引き付けろ』
10式の砲塔が素早く旋回して照準を合わせる。それに少し遅れて74式も大蜘蛛へ目標を定めた。
『射撃は中隊毎に行う。再装填はその間に済ませておけ。別命あるまで徹甲弾は使うな』
前方から鳴り響く爆発と攻撃の音が近付いて来た。空には胡麻粒のように小さいヘリ部隊と、噴煙を上げて大蜘蛛へ飛び込んでいくロケット弾やTOWも見える。
「グリフォンより戦車戦闘群、目標はそちらに対して真正面から現れる。暫し待機されたい」
照準器を覗き込んでいる砲手たちは、その瞬間をひたすらに待っている。74式の車内では装填手が次弾の底部に手を掛けて再装填に備えていた。
「目標が全戦車の射程に入った。ヘリは直ちに退避して射界を開けてくれ」
4対戦が一斉に空域から離脱を始め、戦車隊の射線を確保した。こちらへ向かう大蜘蛛がはっきりと見えている。
『1戦車群!撃ぇ!』
教導連隊の第1中隊で編成される第1戦車戦闘群が攻撃を開始。10式戦車1個中隊が盛大に火力を投射し、着弾を待つ前に続いて第2戦車戦闘群の攻撃が始まった。
『続けて2戦車群、撃て!』
同じく教導連隊所属の第5中隊で編成された第2戦車戦闘群である。この第5中隊は74式戦車を装備する部隊だ。老朽化を隠せなくなって来たとはいえ、数の上では未だ主力戦車の地位にあるその74式搭乗員の中でも最高の技量を誇る隊員たちがこの部隊に集まっていた。
『次弾装填!』
74式の装填手たちは自動装填装置に負けない勢いで次弾を砲に叩き込んだ。長年に渡って培った熟練された動作である。
これに続けて第3第4戦車戦闘群も攻撃を開始。こちらは第1戦車大隊の2個中隊で編成された部隊だ。第1第2と同じく10式及び74式を装備した中隊となる。この計4個中隊の攻撃を支援するべく、普通科戦闘群の重迫撃砲小隊が120mm砲弾を撃ち上げた。
「重迫陣地が射撃開始、戦車隊は攻撃を続行、ヘリ部隊は目標の動きに大きな変化があるまで待機せよ」
大蜘蛛に戦車砲と迫撃砲弾が次々に着弾していく。大蜘蛛は攻撃から逃れるように動き回ったり地面に伏せたりするが、全てが意味をなさなかった。しかし、ここで大蜘蛛の反撃が始まった、
「目標が方向を変えた。各自警戒されたし」
上空のグリフォンから入った報告で戦車隊の攻撃が一旦止む。重迫はその隙間を埋めるべく撃ち続けていた。大蜘蛛はこちらに対して腹部を向け、戦車隊が展開する一帯へ糸を噴出し始める。それは肉眼で確認が出来るレベルの量で、埼玉県警のヘリを墜落させた事からかなりの強靭性を備えている可能性が高かった。
「グリフォンよりCP、目標が糸を噴出し始めた。戦車隊へ危害が及ぶ可能性がある」
これに対して前線指揮所は戦車隊の移動を下命。各戦車戦闘群は1から4までの順番に並んでおり、両翼が10式の部隊で中央2個中隊が74式の部隊となる。
まず左翼の10式はそのまま前進して糸が降り注ぐ範囲より離脱。右翼の10式も後退して退避した。残念ながら74式の部隊が転進する余裕がなかったため、2個中隊は斜め前方に抜けるような形を移動を開始。そして大蜘蛛はこの隙を突いて前進を始めた。
「しまった!目標が防衛ラインを越えるぞ!」
『トラフズクより各機、TOWで牽制しろ』
予めミサイルを残していた機体が攻撃を開始。しかし大蜘蛛は意に介さず戦車隊が展開していた地域を悠々と通り越した。しかもこの移動により足先が1両の74式を直撃して串刺しとなり大破炎上。他にも足先が至近に突き刺さり、前方に動いたせいでぶつかって横転する車両も出た。
10式2個中隊に大きな損害はなかったが、急な移動で2両ほど履帯が千切れてしまう事故が発生。回収車を伴わない出動だったため、これ等の移動には時間が掛かるだろう。
『撃ち方止め!重迫は撃つな!』
『野郎!逃がすか!』
『こちら4号車!脱出不可能!』
真上を通り過ぎる大蜘蛛へ74式の部隊が追い縋る。砲塔を動かして大蜘蛛の胴体に照準を合わせ、各車が撃ち始めた。
『射撃中止!後ろは住宅街だ!撃つんじゃない!』
『各小隊ごとに集結し点呼しろ。負傷者の集計急げ』
相当数の戦力を投入した割に地味な結末となってしまった。上空の4対戦が追撃するも、決定打にはなっていない。特科の到着も間に合わず、普通科戦闘群に対抗出来るだけの直接火力もないため、隊員たちは大蜘蛛をただ眺めているしか出来なかった。
戦車は74式1両が大破炎上。乗員は全員助からなかった。横転したのは3両で、車長1名が横転の衝撃で頚椎を損傷し死亡。前進に伴う足先の移動で空中に放り投げられた1両は操縦席が潰れて運転手が即死。他にも各車の砲手や装填手たちが全身打撲を負った。




