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けんぽう部  作者: 九重 遥
夏から秋へ
59/129

59話 ドライブの時間は定められませんので

 今日も今日とて部活の帰り道。

 碧人に車に拉致られた千歳。

「はぁ、こんなことに付き合わせてごめんなさい、重松さん」

 千歳は後部座席に乗り込むと、運転手の重松に声をかけた。

「いえいえ」

 重松と呼ばれた初老の男性運転手は楽しそうに答えた。

「あれ? 車に乗って最初の一言がそれ? 内装が凄いと褒めてもいいんだよ、千歳くん?」

「はぁ、こんなことに付き合わせてごめんなさい、重松さん」

 重松は碧人の専属運転手で千歳の顔見知りなのだ。

「繰り返すの!?」

 確かに、内装も凝っている。革張りのシートは絶妙な弾力で体を押し返す。その座り心地は最高と言っても過言ではなかった。

 だが、それを正直に言えば碧人は増々増長する。それが千歳にはわかるのだ。

「くっ、もういい。重松さん、適当に行っちゃって、ドライブだ! 適度に時間が潰せて千歳くんの家に着くような絶妙なタイミングで頼むよ!」

 千歳から望む言葉が出ないと碧人は諦め、重松に指示を出す。

 そのぞんざいな指示に、千歳は、

「大変ですね、重松さん」

「また繰り返すの!?」

 再度同じ言葉を言うしかなかった。

「いえいえ、仕事ですから。頑張ります」

 言われた張本人の重松はからからと笑った。その邪気の無い笑いが、好々爺然として滲み出る。

 車は滑りだすかのように滑らかに発進する。

「で、だ。千歳くんを呼んだのは他でもない。この写真を見て欲しいんだ」

 他愛のない雑談をはさみ場が落ち着いた頃、碧人は自分の携帯を取り出し、千歳に見せた。

 その携帯には画像が写っていた。

 一つの傘に一人の男性と二人の女性が寄り添いながら入っている画像が。

「ゴフゥ」

 その画像を見て、千歳は咳き込む。

 男の顔は上手く隠れていてわからないが、女性の顔は緋毬とアリアなのである。

 これは、あの時の写真だ。

「ん? ん? どうしたんだい、千歳くん?」 

 ニヤニヤと碧人は問いかける。

「いやねー、娘が男と相合傘をしているって親に取っては衝撃的だよ! それに、緋毬だけじゃなくてアリアまで侍らしているなんて! 一体、どこのどいつだとなるわけだ。だけど写真に男の顔が写っていない」

 わざとらしく、咳をして真面目な表情を作る碧人。目が猛烈に笑っているのはご愛嬌。

「……………」

 対して千歳は動かない。目を画像にずっと注視したままだ。

 千歳の動きに裏腹に、碧人は話を続ける。

「で、僕はこの男を探して……ん? よく見れば、写真の男と千歳くん似てない?」

 まさに今気がつきましたとばかりに、画像と千歳を見比べる碧人。

 うわぁと口に手を当てて驚く仕草はまさに大根役者さながらだ。

「わかりました、碧人さん」

 そして、千歳は決心する。

「この画像は碧人さんの命と引き換えってことですね?」

「何でそうなるの!?」

「碧人さんがその覚悟なら、僕も覚悟を決めます」

「決めないで!? ちょっと千歳くんをからかいたいだけじゃん!」

「遺言はそれでいいですか?」

「怖っ! 千歳くん、怖いよ! 殺っちゃ絶対駄目だよ。というか、そんな遺言、普通ないよね? おかしいよね? だから、止めよう!」

「緋毬なら納得すると思いますよ」

「しそうだけど! 凄くしそうだけど! 殺さないで、ちょっとからかって、からかって、からかいたかっただけじゃん!」

 懇願というか、言い訳というか、死亡志願の言葉にも聞こえる言葉を千歳は聞いて、はぁと溜息をついた。つまり、諦めたのだ。

「それが問題なんですよ! というか、いつ撮ったんです? 暇なんですか?」

 ジト目で碧人を見るが効果が無い。

「ふふん。壁にミリー、障子にメアリーだよ、千歳くん」

 殺されないとわかると俄然調子を取り戻す碧人。言葉の意味は不明だ。

「さて話は続くよ、千歳くん。宴はこれからだ」

 そして、今から、からかいの本番だと意気込む碧人。しかし、

「千歳様のご自宅に着きました」

「重松さぁぁぁぁぁん!」

 車は千歳家に止まった。確かに言われた通り絶妙なタイミングだった。

 専属運転手さえ、味方ではない。それが緋毬の父、竜崎碧人だ!

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