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けんぽう部  作者: 九重 遥
夏から秋へ
58/129

58話 あーる晴れたひーるさがり

 今日も今日とて部活の帰り道。

 千歳は一人で帰路についている途中だった。

 普段は緋毬やアリア達と帰るのだが、千歳はその日買いたい物があって緋毬達と別れ、駅前に寄ったのだ。

 故に、一人で帰ることに。

 そこを狙われたのだ。

「ん?」

 千歳の前方に黒塗りの車が止まった。

 その車は美しかった。洗練されたフォルム、光り輝くかのような光沢。そこらに走っている車とは一線を画する存在感。機械ながらも王者の風格を放っていた。

 千歳は一瞬目を奪われながら、ずっと見ているのは失礼かと思い、目を離し通りすぎようとした。

 だが、千歳が通りすぎようとした瞬間。

 その車のウィンドウが開いた。

「千歳くん、奇遇だね?」

 そして、そこから聞き慣れた声が。

「あさ……じゃなく、ええと……ひ、緋毬のおじさん?」

「何で、疑問形なの!? というか名前忘れてる感じだったよね!? いつも通り、格好いい名前の碧人さんって呼んでよ!」

 窓から顔を出し抗議するのは緋毬の父、竜崎碧人だった。

 そして、碧人は運転手にちょっと待っていてくれと一言告げて、車から出る。

「いや、忘れてませんよ。りゅ……りゅざき?……ええと、碧人さん!」

「誤魔化した!? りゅざきって何!? 緋毬の父親だよ? 幼なじみの父親だよ。何で名字が出てこないの?」

「いえ、緋毬が最近『わたしに父親は居ない。そう、居ないのだ……』って言ってるので、そうなのかなぁって思いまして、つい……」

「おかしいでしょ! 緋毬何言ってるの!? というか千歳くんも何で信じるの!?」

「はは、つい」

「ついって言えば何でも許されると思ってない、千歳くん!?」

「はは、ごめんなさい、碧人さん。では、失礼します」

「わかってくれたら……っておかしいでしょ! 何で帰ろうとするの? 僕が千歳くんに用事あるってわかっててやってるでしょ!」

 碧人は去ろうとする千歳の服を掴み、逃亡を阻止する。

 逃走を阻止され、千歳は諦めて碧人と向き合う。

 千歳はバツの悪そうな顔をして碧人に言った。

「だって、碧人さん。ニヤニヤしてるんですもん。絶対からかいに来たんだなって思いますもん」

 千歳の言葉に碧人は呵々大笑。

 バンバンと千歳の肩を叩きながら、豪快に笑う。

「いや~千歳くん、わかってるぅ!」

「わかりたくないです。あーもう絶対僕のこと待ってたでしょ? 暇なんですか、碧人さん?」

 千歳はジト目で碧人を睨むが、何処吹く。

 碧人の笑みを強くするだけだ。

「すっごく忙しいよ。けど、千歳くんをからかう機会を得た。見過ごすなんて出来るかい? いや、出来ないよね!」

 反語を使いながら断言する碧人。

 こういうところがウザいと言われる由縁なんだが、本人は一向に気にしない。

「立ちっぱなしってのもなんだから、車に乗ってよ? 格好いいでしょ、この車。買い替えたんだ。ドライブしよう、ドライブ! 少し遠回りして帰ろう!」

 車に誘うと同時に自慢をするのも忘れない。

 碧人は少年のようにニカッと笑う。

 千歳は碧人のその笑顔を見て、はぁと溜息をついて首を横に振った。

「あの、ナンパの類は断ることにしてるんです。ごめんなさい」

「何で女性みたいな断り方してるの!? おかしいよね!」

「確かに。ナンパで、男と男の方がヤバイですよね。考え直した方がいいですよ」

「そういう意味でもないよ! 普通の! 普通のドライブ!」

 再度、千歳は溜息をついて。

 しかし、今度は首を振った、縦に。

「拒否権はないのですよね?」

「ない! 当たり前じゃないか、千歳くん!」

「ドナドナされる子牛の気分がわかってきました……」

「千歳くんは何を言っているのやら。最高の気分ではないか! 何を悲観することがあるというのだ!」

「はぁ……もういいです。犬に噛まれたと思って諦めます」

「地味に酷い!」

 哀れ千歳。

 こうして、碧人に拉致されるのであった。

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