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けんぽう部  作者: 九重 遥
夏から秋へ
40/129

40話 花より羊羹

 今日も今日とて部活の日。

 場所は物理実験室。

「涼しいですわ~」

 物理実験室の机に顔を載せて、セルミナは呟いた。

 季節は春が過ぎ、初夏が巡った頃。

 外の気温は昨日と同じ30度を超え、ムシムシとする暑さだ。

 だが、室内の気温は25度。ひんやりとした冷気が物理実験室に流れている。

「あの……冷房の稼働は来週からだったような」

 千歳はだれきっているセルミナを見ながらポツリと呟いた。

 その言葉に反応したのはやはり御影。

「フッ、その問題は解決済みさ。先生にちょっとおどし、もとい頼んだら一発だったよ」

「うわぁ……」

「また千歳君に呆れられてる!?」

「いいじゃありませんのよ、千歳。こうも暑くては部活動なんて出来ませんわ」

 そこへ、援護射撃をするのはセルミナだった。

 顔をあげ、背筋を伸ばし微笑みかける姿は深窓の令嬢。

 先程だらけていた姿とは大違いだ。

「流石、セルミナ君。話がわかるね」

 手を叩いて喜ぶ御影。

 賛同者が出て嬉しいようだ。

「為政者は清濁併せ呑む器量を持たねばなりませんわ。杓子定規に規則を守っていては駄目ですのよ、千歳」

「そうなんだ……」

「うんうん、私も皆のためを思って汚れ役をかってでたんだよ、千歳君。皆が暑さで苦しんでいる。なんとかしなくては。冷房は来週からと、昔に決められたルールは今の情勢とは合っていない。ならば、規則を破ってても私は皆のために快適な空間を手に入れる。そんな思いでクーラを入れたんだよ」

「御影さんが言うと嘘っぽく聞こえます」

「何故だ!?」

 千歳を洗脳しようと試みる御影とセルミナ。

「そう言えば、セルミナは貴族でもあったような」

 緋毬はその三者を眺めながら思い出したかのように言った。

 その言葉を目ざとく察知し、セルミナは大いに胸を張る。

 胸を張った際に揺れ動いた胸を御影が羨ましそうに見ていたのはまた別のお話。

「フッ、何を隠そうわたくしセルミナ・フォー・ストラグルは貴族としての身分もありますのよ」

「隠そうとしてたのですか。アリアには錆で覆ってるかのように貴族の気品が見えないのですが」

 アリアにとってセルミナは腹ペコ魔神でしかないのだ。あと、たまに吸血鬼配合。

「ちょっと、アリア。それは聞き捨てありませんわ!」

 さすがにその一言は許せないのか、アリアに食ってかかるセルミナ。

 そんなセルミナを無視して、アリアは持ってきた鞄を開く。

 鞄の中から出てきたのは長方形の物体。

「本日のおやつは羊羹です。セルミナ様もいりますか?」

「素晴らしいですわ!」

 先程の態度から一変、喝采をあげるセルミナ。

「良いのか、それで……」

 セルミナの豹変に、皆を代表して緋毬が声をあげる。

「あら、緋毬。献上品を持って詫びるのでしたら、許すのが上に立つ者の器量ですのよ」

「凄い解釈きたぞ、これ!?」

「ららら~羊羹ですわ~」

 緋毬をよそに、セルミナは嬉しそうにクルクルと回る。

「しかし、セルミナは羊羹食べたことがあるのだな」

 前に部活を始めた頃、おやつに羊羹を食べたことがあったが、その時セルミナは入部していなかった。

「ええ、昔食べたことありますの。最初、見た時は黒くて怪しい物体と思いましたが、食べたら美味しくて驚きましたわ」

 緋毬の質問にセルミナは回転するのを止めて答える。

「日本は美味しいものがありすぎて困りますわ! スーシ、テンプーラ!」

「何で片言なんだコイツ……」

「そして、羊羹!」

 緋毬のツッコミに我関せずのセルミナ。胸を張り、ズバッと本日のおやつに指をさす。

「千歳様、千歳様。どこをどう見たら貴族の気品を感じられるでしょうか。アリアはメイドロボなのでわかりません」

 セルミナに聞こえないように小声で千歳に問いかけるアリア。

「うん、僕もわからなくなってきた」

 深窓の令嬢だったのは遠い幻のよう。乾いた笑いを浮かべながらアリアの問いに答える千歳であった。

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