23話 身体測定
今日も今日とて部活の日。
場所は物理実験室。
そこに、千歳は一人でいた。
「逃げたい……」
重苦しい表情で呟く。椅子に座り、手を組んでうなだれている姿はどこか哀愁を漂わせている。
「逃げたい……」
再度、同じ言葉を呟いた。
千歳の心境は、死刑執行を待つ囚人。
ただ、違うのは千歳には罪がないのだ。囚人とは違い、何も犯罪を犯していない。
「逃げちゃだめなのかな。良いはずだよね」
ここで千歳は気づく。
別にここにいる必要はないのだ。部活は用事があれば欠席してもよいのだ。
「そうだ。よし逃げよう」
立ち上がり、机に置いた鞄を取ろうとした時だった。
ガラッと物理実験室の扉が開いたのは。
「………緋毬?」
「おう、千歳だけか」
入ってきたのが緋毬だとわかると千歳は安堵のため息をつく。
それに緋毬は怪訝な表情をするが、どうでもいいと判断したのか別の話題を千歳に振る。
「千歳はどうだった?」
何がとは聞かない。
「うーん。特には変わらないね。欲を言えばもうちょっと背が伸びて欲しかったかな」
「贅沢な。そんなに背があってもまだ欲しいのか」
「男と女じゃ平均身長違うからね。僕は平均ぐらいだから、全然だよ!」
本日は身体測定の日だった。千歳の学年は放課後一斉に測定する。その結果を聞いたのだ。
「平均身長がないわたしに喧嘩売ってるのか?」
「ええと……ごめん」
緋毬は小さい。小学生に間違われるほど小さい。だが……。
「身長は増えないのに胸ばっか大きくなりやがる」
思わず愚痴る。
緋毬は小学生ではありえない胸囲を持つ者だった。
「ええと……」
男にとっては反応に困る言葉である。千歳も当然何も言い出せない。緋毬としても別に千歳の意見を求めてないのだが、人生経験の少なさか千歳はそこに気がつかない。
そして、また扉の開く音が鳴る。
「アリア!」
救いの神が来たとアリアの登場に喜ぶ千歳。
「部活動に遅れて申し訳ありません」
「や、別にいいだが、アリアは身体測定なかったよな?」
「ええ。アンドロイドですからね。検査は研究所任せです。ただ、食堂のおばさま達に捕まりまして」
「ああ。話好きだからな」
納得の意を示す緋毬。食堂のシェフであるおばちゃんは揃いも揃ろってお喋りなのだ。捕まったら最後、中々離してくれない。
「まだなのはセルミナ様と御影様ですね」
確認するように呟くアリア。その名前に千歳はビクッと肩を震わせた。逃げようとしたのを思い出したのだ。だが、現実は無情。現実は動き、千歳を逃げられなくする。
扉が開いたのだ。
「オーッホッホッホッ。皆様どうでした? わたくしは体重が2キロも減っていましたわ!」
躍り出たのはセルミナ。テンション高く自慢しながら登場する姿はあっぱれと言えよう。他のメンバーはついてこれなくて若干引いているが。
「緋毬、貴方はどうでして?」
「うぜぇ」
「ええ!?」
セルミナのテンションについてこれず思わず素の返答をしてしまう緋毬。あんだけ食べて何故体重が減っているのだという理不尽な怒りも混じっていたかもしれない。
「なんですの、もう」
だが、セルミナは緋毬の返答にも気分を害せずテンションが高いままだ。
笑顔のまま周りを見渡しながら皆に尋ねる。
「御影はどうしまして?」
ここにいない人物、御影の所在について尋ねる。
セルミナと御影を引きあわせたら、また言い争いが起こる。それが嫌で千歳は逃げようとしたのだ。
「……まだ来てないよ」
だが逃げられなかった。千歳は観念してセルミナに答える。
そして、また、扉が、開いた。




