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けんぽう部  作者: 九重 遥
冬から春へ
123/129

123話 ハフハフ

 今日も今日とて部活の日。

 場所は物理実験室。

「では本日のメニューは鍋焼きうどんです」

「最高ですわぁぁぁ!!」

 アリアの言葉と共にセルミナの歓声があがる。

 各人の目の前には一人用の鍋があった。

「おぉ、うまそうだな」

 蓋を開ければ、湯気と共に鍋焼きうどんが姿を現した。

「寒い日はよりいっそう美味しそうに見えるよ」

 まず目に入るのが大きなエビの天ぷら。鍋の直径はあろうかと思える大きさで、衣の色がまるで黄金のように輝いている。カリッと揚がった衣はつゆに浸かり、柔らかく食べやすそうだ。

 そして、次に目に入るのは黄身の色。香染のように鮮やかなツユの色に浮かぶ黄色の華。その華の周りには雲のように白身が漂っている。

「うん、味がしみていて美味しいね」

 それだけではない。

 しいたけやかまぼこ、青菜が鍋を彩っていた。それは一個の鍋に存在する一つの世界と言っても過言ではなかった。

 色とりどりの食材が目を楽しませ、舌鼓を打たせる。

「そして、このうどんがまたいいね! 柔らかくてツユにあうよ」

 そして、鍋の主役のうどん。

「この鍋には腰抜けうどんを使いました」

 腰抜けうどんとは、名前の通りコシがないうどんのことである。世間ではコシがある讃岐うどんがブームだが、腰抜けうどんはそれとは逆方向の道を進んでいる麺である。

 だが、うどんはコシが全てではない。

 讃岐うどんを攻とすれば、腰抜けうどんは守。

 喉越しの良い讃岐うどんも良いのだが、コシのないうどんは柔らかな食感で舌に優しく、甘めのツユによく合う。

 寒い時期にコタツに入りながらゆっくりとハフハフと食べるのには実に適している。

「けど、緋毬。コタツで食べないで良かったの?」

 鍋焼きうどんを食べながら、千歳は正面にいるアリアに聞く。

 コタツの領土は一人一辺。つまり、四人座れる。

 だが、今コタツの中にいるのは三人だけだった。暖房をつけているとはいえ、物理実験室は広く暖かいとは言えない。コタツで温まって食べればいいのにと千歳は気遣う。

「つっても、外で食うわけじゃないし我慢できないほどじゃねーよ。それにこういう鍋は他の人と一緒に食べるのが美味しいんだよ」

 ハフハフと湯気を口から出しながら緋毬は言う。

「それに、女性四人がコタツを独占していたら、まるでけんぽう部が男子を迫害していると思われるからね。じゃんけんで決まったことだから皆文句がないよ」

「じゃんけんではなく、アリアが立候補したのですが……アンドロイドなのに、寒さに強いのにこの仕打……じゃんけんにも参加できないとは」 

 コタツ組からも援護射撃が。アリアはじゃんけんでにも参加できなかった恨み節なのだが。

「皆平等ですわ、アリア。我慢しなさい」

「というか、アリアは千歳と同じツユを選ぶからだろう。ツメが甘めーんだよ」

「グッ、緋毬様の容赦ない一言が胸に刺さります。千歳様と同じ物が食べたいというアリアの乙女回路がここで牙をむくとは……」

 この鍋焼きうどんを作るにあたって問題になったのはツユの味だ。名古屋風に味噌味でするか博多うどんのように甘めのいりこ出汁にするか。

 議論は白熱したが、結局二種類作ればいいんじゃないかと話は落ち着いた。

 そして、本日作ったのだが。

「やっぱり味噌味も食べたいね。セルミナ君、ちょっとくれないか」

「いいですわ。代わりに御影のも欲しいですわ」

 それはやはり人間。隣の芝生は青く見える。両方の味を食べ比べたくなるのは自然のこと。

 だから、コタツ組とそれ以外に別れるにしてもツユの味が別な人なこと必須となった。

「うむ。こってりとした味がいいね」

 長い黒髪を押さえながら、御影はうどんをすする。

「あっさりとして優しい味ですわ。これも美味しいですわ」

 こちらも髪が邪魔にならないように、手で髪を押さえながらうどんをすする。

「……千歳、見過ぎ」

「あ、ごめん」

 コタツ組をガン見してた千歳に緋毬の呆れた声が届く。

「なんだ? 味噌味のを食べたくなったのか?」

「いや、そんなんじゃないけどね……女性は食べにくそうだなと」

 少し歯切り悪く、千歳は言う。

「ああ、それか」

 合点がいったのか、緋毬は頷く。男は基本短髪なので髪がツユに入る心配はない。髪を手で押さえるのは女性だけの仕草だ。

「慣れだけどな。慣れれば別にどうってことはない」

「ただ、たまーに考え事とかして手で押さえるの忘れると髪がツユに入って悲惨になることもあるけどね」

「あれはブルーになりますわね。食事中ですので、どう動けばいいかパニックになりますわ」

 話を聞いていたのか、御影とセルミナが話に乗ってくる。どうやら、女性陣は一度は経験あるようだ。御影の言葉にウンウンと頷いている。

「………へ、へぇ」

「ん?」

「いや、なんでもないよ」

「そうか」

 そう言って緋毬は髪を手で押さえてうどんをすする。

 それをじっと見つめる千歳。

(……女性が髪を押さえる仕草って少し色っぽいって見ていたと言っちゃ駄目だよね、うん。バレなくてよかった)

 ごまかせたと安堵しながら、千歳もうどんをすする。

 ズズズとうどんをすする音が物理実験室に鳴り響いた。


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