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けんぽう部  作者: 九重 遥
冬から春へ
122/129

122話 明日来てください。本当の鍋を教えてあげましょう

 今日も今日とて部活の日。

 場所は物理実験室。

「なんか、こうして座っていると鍋が食べたくなるな」

 緋毬のこの一言で始まった。

「ふふん、NABEですわね! ええ、知ってますわ! 皆で一つの釜で食べるアレですわね! 自分が動かなくても座っているだけでいいと言うやつですわ!」

 髪をかきあげながら、そうのたまうのはセルミナ。

「わぷっ」

 かきあげた髪が口の中に入ったのだろう。千歳が悲鳴をあげる。今日の千歳はセルミナの椅子になっている。セルミナは椅子の悲鳴に大して気にすることなく、あらごめんなさいと軽く謝る。

「セルミナ君の知識はどこで手に入れたんだろうね。微妙に間違ってないので、訂正するのが大変そうだ」

 眉間に縦皺を作っているのは御影。みかんの皮を剥きながら、むぅぅと苦い表情である。

「もういっそ、全て間違っているとして新しく教え直した方がいいとアリアは愚考します」

 アリアが無表情で首を振る。無表情ながらも、いろいろと苦労があったのだろう。その首振りに疲労が滲んでいる。

「でも、ひーちゃんが言うように鍋って言うのもわかるね。コタツって言ったら鍋だからね」

 そう。皆が囲んでいるのはコタツだ。コタツと言えば鍋だ。今、御影が口に含んでいるのはみかんだが、コタツと言えば鍋なのである。

「鍋って言ってもいろいろ種類があるよね。何鍋にするの?」

 椅子、もとい千歳が声をあげる。

 何の鍋にするか、それは基本にして最重要な項目。

 寄せ鍋とオーソドックスなものから、味噌味のちゃんこ、キムチを使ったキムチ鍋や最近新たに出てきたカレー鍋といったものもある。鍋焼きうどんではうどんが最重要だし、何の鍋にするかで用意する具材やタレの味が決まる。

「そういうみーは希望があるのか?」

 御影の目は爛々と輝いている。緋毬の問いに、御影は両手の指を二本立てて、答える。

「石狩鍋だね。今の私の気分は鮭なんだ」

 立てた指を閉じたり開いたりする姿はカニにしか思えないが、本人的には鮭らしい。鮭の要素がどこにあるのかわからないが、緋毬は大人な対応でそうかと頷いた。

「で、セルミナは?」

「勿論、タジン鍋ですわ!」

「そう来るとは思わなかった。渋いな」

「渋いね」

 タジン鍋とはとんがり帽子のような形の蓋が特徴的な鍋を使う鍋で、羊肉や鶏肉、香辛料をかけた野菜を煮込んだものをいう。

 モロッコやチェニジア等で食されている。鍋と言えば鍋なのだが、日本人が想像する鍋とは少しだけ違う気がする。まぁ、それもアリかなとけんぽう部の面々は思い、タジン鍋に一票と脳内メモに記す。

「で、アリアは?」

「アリアはミルフィーユ鍋を所望します」

「これまた渋いな」

「ミルフィーユ鍋ってなんですの?」

「豚バラと白菜を交互に挟んだ鍋のことだよ。使うのは本当に豚肉と白菜だけ」

「具材はそれだけですの!?」

 それだけじゃ物足りないと、セルミナが悲鳴をあげる。

 だが、それは素人いや食べたことがない者の意見だ。

「そう思うだろう、セルミナ君。だけど、食べるとこれが癖になるんだよ。豚肉の旨味が白菜とマッチして本当に美味しいんだ! 好みで柚子胡椒を入れるとピリリとして美味しい」

「シンプルながら素材の旨味が出ますからね。アリアとしては、水を一切使わずお酒で仕上げるのを推薦します。極上の酒と白菜と豚肉。これでセルミナ様を顔を驚愕の色に染めたいと思います」

 グッと手を握りセルミナは言う。いつぞやのリベンジがしたいのだろう。目にはセルミナに美味しいと言わせたいという決意がみなぎっている。

 セルミナもそう言われて気分が悪くない。楽しみにしてますわと口端を上げる。

「で、椅子は?」

「それ僕? 僕のことだよね!? 実際椅子のようだけど……」

「早く答えろよ、椅子」 

「うぅ……そうだねぇ」

 千歳は考える。視線を一度上空に、そして、外へ。

 外は木枯らしが吹いている。気温は0度近く。この冬一番の寒さだ。だからこそ、体を中から温めたいと鍋の話題が出てきた。

「鍋焼きうどんかな、味は味噌で」

 グツグツと煮えたぎる鍋に浮かぶ、うどん、かまぼこ、しいたけ、油揚げ、エビの天ぷら。そして鍋の中心に華開くのは黄色が美しい生卵。

 めんつゆや鰹出汁が使われることも多いが、味噌もいける鍋である。

「いいなぁ……」

「いいですわね……」

「寒いものね」

 千歳につられて外を見ていた面々は、寒さの中で熱々の味噌煮込みうどんを食べる自分を想像してしまった。

 グーと誰かのお腹が音をたてる。

「千歳君のせいで鍋焼きうどんが食べたくなった。告訴」

「みかんだけではお腹が膨れませんわ! どうしてくれるのです、千歳!」

「ええっ!?」

 パンパンと千歳のの太ももを叩きながら、セルミナが文句を言う。

「千歳は酷い奴だ」

「そうだ、そうだ!」

「ええっ!?」

 千歳への非難が大合唱へ。

 冬は鍋が美味しくなる。そんな話。


 

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