120話 ちとせだからちーちゃん!
今日も今日とて部活の日。
場所は物理実験室。
そこに御影と千歳がいた。
二人は椅子に座り、勉強をしていた。
「……………」
御影はチラリと千歳を見て、またノートへ視線を戻し、
「……………」
チラリとまた千歳を見て、また自分の手元へと視線を戻す。
「……………」
それが数回続いた後、
「どうしたんです? 御影さん?」
根負けした千歳が御影に聞いた。
「ど、どうしたってな、なんだい?」
「いえ………何度も僕の方を見ているので」
「え? いや、き、気のせいだと思うな?」
声が上ずっているうえに、最後は疑問形だ。
怪しいと思うなと言う風が無理なのである。
「…………そうですか」
千歳は首をひねるが、ここで追求してもはぐらかされると思ったので引き下がった。
黙々と自分の宿題をする。
するのだが、やっぱり御影の視線を感じてしまう。
千歳は武術家だ。それも凄腕の。
目をつぶっていても、誰が自分に視線を向けているかは鼻歌交じりにわかってしまう。普段は気にしないのだが、一度気にしてしまうと駄目だ。いやでも敏感になってしまう。
…………五感の感覚を一般人まで低下させてようかなぁ。
と、千歳が思い始めた時、
「ね、ねぇちー、ち、千歳君?」
「………え? あ。はい。どうしたんです?」
ちーって何だろうと思ったため、反応が遅れてしまった。
千歳が御影に顔を向けると、御影は千歳の目線に逃れるように目を泳がせる。
「あ、あーそのね。もうすぐ、学校終わるね」
「あーーそうですね」
この終わるというのは千歳が物理的な意味で学校を終わらせるのではなく、春休みに入り一年度が終わるという意味である。
今は二月に入ったばかり。
授業が終わるまではあと一ヶ月半以上あるが、あっという間にその瞬間が来てしまうだろう。
「このけんぽう部もそうなると二年目になるね」
「ですね。あっという間でした。最初はどんな風になるんだろうと不安でしたが……」
内容がない部活で何をするのだと思った。けれど今はないなりにも、楽しんで部活動をしている自分達がいる。このまったりとした雰囲気に愛着を持つほどに。
「うん……そ、そだね。そ、それで私達もな、仲良くなったよね?」
どうしてどもるのだろう。
千歳は内心思ったが、それをおくびにも出さず頷いた。
「ですね。僕とアリアと緋毬は身内みたいなものですし、御影さんと緋毬は友人同士でしたけど、セルミナさんは上手く馴染んでくれましたね」
「せ、セルミナ君じゃなくてっ」
「ん?」
御影は千歳と目が合って、慌てて自分の目を逸らす。千歳の斜め横を見ながら、口を開く。
「ほらっ、私と千歳君も接点はなかったじゃないか!」
「ですねぇ。たまーに緋毬から話を聞いたりはしてましたが、不思議と会いませんでしたからねぇ」
「ちーちゃんから、どんな話を聞いてたの!? ……ではなく!」
「ん?」
「一年未満! 千歳君と会って一年足らずで密室で二人で勉強する仲になったんだよ? 私ととしても、男の子の横で二人っきりでり、リラックスしながら? 勉強するなんて一年前じゃ考えられなかったよ!?」
「……はぁ?」
内容的に結構恥ずかしいことを言っているはずだが、御影がテンパリながら手を振って離すせいで千歳は逆に冷静になっていた。
「そ、それで……そんな仲が良いんだったらね? 千歳君じゃなくて……」
御影はそこで振っていた手を止めて、膝下へ。
顎を少しづつ上げていき、ゆっくりと上目遣いで千歳を見る。
「ち、ちーちゃんって呼んでいいかな?」
「えっ?」
千歳は突然の提案に目を瞬かさせる。
「……だ、駄目かな?」
小さな子どもが親に拾ってきた子犬を飼っていいと聞くように不安げに千歳に問いかける。
「良いですよ」
千歳は、その気弱気な御影を安心させるようにニッコリと笑った。
「ほんとかい!?」
千歳の返事に御影は花が咲くように顔をほころばす。
「ちーちゃん! 今度から千歳君のことをちーちゃんって呼ぶよ?」
「はい、良いですよ」
「やった!」
御影が千歳のことを相性で呼ぶと決まった日。
今日はそんな一日。




