116話 こう駄目な奴ほど何とかって言葉があるだろ!?
今日は学校が休日の土曜日。
場所は千歳家所有の道場。門下生達の稽古が始まる少し前。
そこに緋毬とこよりがいた。
「わざわざ来てもらってわりぃな」
緋毬がこよりに対して謝る。
稽古の日だが、元々こよりが来る予定はなかった。
緋毬がこよりに言って来てもらったのだ。
余談になるが、稽古の時間の前なので道場には他の門下生達は来ていない。
緋毬とこより、二人だけだ。
「いえ、私が聞きたいと言ったので」
緋毬の言葉にこよりは首を横に振った。
この前の廃村での出来事。
元はといえば、それを聞くために緋毬に時間を作ってもらったのだ。
「ずばり聞きます。緋毬さんは強いのですか? 私より、ずっと……」
鎧武者から自分を守ると言った。それは力を持つ者の台詞だ。
それも千歳家の門下生と比べても、上から数えた方が早い実力を持つこよりに対して言ったのだ。
「説明するより、見た方が早いな」
「えっ?」
緋毬は一瞬、目を閉じる。
そして、その目が開いた時、緋毬の気配が変わった。
ついさっきまでの緋毬は何処にでもいる女子校生だった。
武術の素養も気配もない一般人。
しかし、今こよりの目の前で相対する緋毬は、初めて千歳と向き合った時のような覇気と威圧を感じさせた。
「わたしはな、千歳の鞘だ。だから、神代千歳、いや神代の加護を受けている。だから、好きな時に神代の力を使うことが出来るんだ」
緋毬はそこで言葉を区切ると同時に発していた気配を閉じる。
途端、感じていた覇気と威圧が霧散する。
「技量については、千歳よか数段落ちるが気配遮断とかも当然出来る」
「す、凄い……」
緋毬はこよりの目を強く見つめた。何かを暴くような強い目線に、こよりは最初ビクッと体を震わしたが、緋毬の目を真っ直ぐに受け止めた。
そして、幾ばくかの時が過ぎ、緋毬は目を細めてクスッと笑った。
「凄いか……ずるいとかの言葉はないんだな」
確かにそうかもしれない。
労力も要せずに千歳に近い力を発揮出来るのだ。武術家の修行全否定だ。
「思いもつきませんでした。純粋に凄いなぁとしか」
こよりは放心しながら言った。自分の知らない世界がそこにあったということに驚きを隠せない。神代流は規格外だと思っていたが、まだそれも過小評価だったとは。
「妬む気持ちは生まれずか……そっちのがわたし的にはすげぇよ。千歳が目をかけるのもわかるわ。あいつはああ見えて人を見る目があるからなぁ」
見い出すのは女ばっかりで困るけどと緋毬は愚痴る。
「あ、あの、それで千歳さんの鞘って何なのでしょう」
緋毬の賞賛にこそばしさを少し感じながら、こよりは話の軌道修正を試みる。このままではよくわからないままに、話が変な場所に転がっていきそうに感じたからだ。
「千歳はああ見えて、強くないんだよ。あ、実力云々じゃなくて精神面な」
強くないと言う言葉にこよりが疑問符を抱いたので、緋毬は慌てて説明をつけたす。
「廃村でもそうだ。本来なら、戦力的には千歳一人で十分なんだ。私なんて要らん。鎧武者を倒すのもこよりも守るのも千歳だけでいい。だけど、さ。心配するんだ。もし、一ノ瀬先輩に怪我でもあったらってな。だから万が一のために私をつけた」
「そうなんですか……」
自分が知らぬ間に、大事に大事に扱われていたのかとこよりは実感する。
「神代千歳は自分が傷つくのは構わないが、自分の身近な人が傷つくのが嫌な何処にでもいる優しい奴なんだ。だから、必要以上に頑張ろうとする」
緋毬の言葉は愛おしさと呆れと怒りが入り混じった複雑なものだった。
何故、そんなに複雑な気持ちなのか。
「そんな奴だからほっとくと、千歳は千歳ではなく神代として動いてしまう。力がある者として動いちゃうんだ。だからわたしが、お前は力がでけぇだけの何処にでもいる人間だとツッコミを入れないといけねーんだ」
力を持つ者の責務と言おうか。
廃村の件も、千歳が絶対の力を持つために回された仕事だ。
「正直、世界がどうなろうがわたしはどうでもいい。そっちより、千歳のが大事だ。だから、私が時に殴ってでも千歳を止めるし、活を入れる。それが、わたし、千歳の鞘である役割だ。抜き身の刀ではなくし、一般生活でも問題なく過ごせるようにする鞘だ」
「………………大事なのですね、千歳さんが」
「ち、ちげーよ。腐れ縁だからな。仕方なしだ」
先程自分が言った台詞なのに、こよりの言葉を否定する緋毬。こよりの言葉に恋愛色を感じたからだ。それは、違うと。
「つか、考えても見ろ。神代流の掟が『神代流を縛るのは法律でも国でもない。ただ、自分の良心のみ。邪魔するものはデストローイ!』となってるのに、千歳がやらないからだ」
「うんうん、そうですね。ご馳走様でした」
「わかってねぇ! ぜってぇ、勘違いしてるだろ!?」




