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けんぽう部  作者: 九重 遥
冬から春へ
115/129

115話 実は何も考えてなかったとは言えない

 千歳が鎧武者の二十メートルほどの距離に近づいた時、鎧武者が動いた。

 手に持った刀を横薙ぎに振るったのだ。

「えっ……」

 当たるはずがない距離。だが、鎧武者の振るう刃先は消え、千歳の目前に現れる。

 千歳の正面に刃先だけが出現し、首を狙う。

「よっと」

 だが、千歳は軽く声をあげるだけで、その横薙ぎの一閃を躱す。

「遁甲の技だな」

 緋毬が先程の現象にそう説明した。

 遁甲――空間を捻じ曲げ繋ぐ技。

 入り口と出口を設け、その距離を縮め、もしくは広げ、角度すら狂わす技法。戦闘の際には、刀だけを穴に潜らせ別の場所へ出現させる。

 これにより死角からの攻撃だけではなく、距離の意味が消え、遠距離であろうが攻撃を通すことが可能になる。

「一ノ瀬先輩は初見だろうね。遁甲の技は」

「えっ!? 千歳さんの声が!?」

 100メートル以上距離があるのに、千歳の声が緋毬達に届いた。

 こよりは思わず声の聞こえた方向を見るが、その方向に声の発声主はいなかった。

「戦闘中なのに声だけ届けて解説できるとか、ホント化物だな千歳は」

「緋毬ひどい! 初見だろうが、理不尽だろうが武術を一ノ瀬を極めるというのならこういうものがあると知っといた方がいいです。井の中の蛙になりたくなければね」

「……ッ」

 その言葉にこよりが呻く。

 理外の技。

 だが、ここに実際に存在するのだ。現在の科学技術では説明出来ない現象。

 理不尽とも呼べるだが、目の前で起こるなら対処しなければならない。

 勝負に置いて、強いか弱いか。その二択しかない。

 相手がどのような存在、技を使おうが勝たなくてはいけないのだ。

「よっと。ほっ、はっ」

 鎧武者が刀を振るい、千歳が軽妙に避ける。

 苛烈とも呼べる連撃に千歳は踊るように躱し、鎧武者の元へ歩き続ける。

 攻撃は全て死角。何処から出るかもわからないはずなのに、千歳は全て見えてるかのように躱し続ける。

「遁甲って、所詮目眩ましなんだよね。死角や発生場所が変わろうが、一撃は一撃。それだけなんだ。空気のゆらぎや攻撃の気配を読み取って戦えば問題ない」

 千歳はそう言って遁甲を切り捨てた。

「それにね……」

 千歳はそこで立ち止まった。鎧武者も千歳の突然の停止に攻撃が止まる。

「やってみなよ」

 千歳は笑い、鎧武者を挑発する。

 鎧武者は動いた。

「…………ッ」

 遁甲の技で刀は千歳の目前から出現。狙うは千歳の心臓。刺突。

 心臓を串刺しにしようとする一撃が千歳の胸に当たり、そして……切っ先が折れた。

「七乃月乃型、金剛」

 起きた現象に信じられないと鎧武者の動きが一瞬止まる。

 鎧武者が気がついた時には遅かった。千歳は目前に。折れた刀を振るおうとするが、それよりも速く千歳の拳が胴に当たる。

「はい、終了」

 その一撃で鎧武者が崩れ落ちた。


「終わったか」

 緋毬は千歳の元に来て、声をかける。

「うん。鎧武者がボスだったからね。あれを倒せば終わりだよ」

「あ、あの……?」

「どうしたのですか、一ノ瀬先輩?」

 俯いて思案してるこよりに気づき、千歳は声をかける。

「金剛で終わらした文句じゃね? 避けるの面倒になっただろ、お前」

「ぐっ……あ、ほら! 避けてるだけじゃ単調になるかなぁと思ったから」

「……何で私に戦わしてもらえなかったのですか? 遁甲の技があると伝えてくれれば」

 私でも戦えたはずだとこよりは言う。だが、千歳は首を振るう。

「うん。互角に戦えたと思います。ただ、それでも無傷とはいかないでしょうね。そして、あの刀に傷をつけられたら終わりでした」

「え?」

「あの刀こそが怨念の塊でして、傷を受ければ即死でした。だから、無傷で勝たなければいけませんでした」

「そこでわざと金剛使って勝つとか千歳も性格悪いよな」

「うう……面倒になってつい。でも、金剛の有用性はわかったでしょう? 一ノ瀬先輩も一ノ瀬流に拘らず、他の技を見て知って、有用なら使いこなすべきだと思います。一ノ瀬の技じゃないからって、他の技を使っては駄目だと己を縛る必要はないかと」

「それで……」

 ここに連れてきたのかと。こよりは一ノ瀬を極めると他の流派の技は習わなかった。悪い言い方をすれば意固地になっていた。そこを千歳は変えるために今日連れて来たのかもしれない。こよりはそう思った。

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