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けんぽう部  作者: 九重 遥
冬から春へ
114/129

114話 はいはい蹂躙、蹂躙

「あ、やばい。予想よりずっと強いよ、これ……やばいよ、やばいよ」

「おい……」

 千歳の呟きに、緋鞠がツッコミを入れる。

「あ、いや。そのね……聞いてた話と違うなぁと」

 千歳が鎧武者を見ながらそう言った。頬には一つの汗が流れてる。

 鎧武者は一見、静かに佇んでいるように見える。じっと地面を見つめ動かない。

 鎧武者は上は筋兜、下は佩楯、脛当てと全身を防具で身を固めている。

 それら全てが黒く淀んでいた。元の鎧の色なのか怨霊と化し、全てを憎み堕ちていった故に黒くなったのかはわからない。ただ、全てを暗く塗りつぶす黒の色に鎧武者は染まっていた。

 全てが黒と言ったが、一点だけ例外がある。

 それは瞳。

 鎧武者の唯一の露出点。顔全体を覆っている総面からわずかに覗く両の眼。

 黒い闇を思わせる塊の中に目玉が2つ。

 そこだけが、マグマを思わせるように赤く、赫怒に燃えている。

「うーん。これは僕がやった方がいいかもしれない」

「そうか」

 千歳の言葉に緋毬はツッコミを入れずに受け入れた。

 千歳がそう判断するなら絶対なのだろうと緋毬は認識しているのだ。

「せっかく来てもらったのにごめんなさい」

 千歳はこよりに頭を下げる。

「あ、あの。私では駄目なのですか?」

 元々、こよりが鎧武者の相手をする話だった。

 だが、今の話ではそれは出来ないとなっている。

 これは一ノ瀬こよりの力量が足らないと暗に言われているに等しい。鎧武者とこより、彼我の実力差はわからない。だが、挑戦することも叶わないのかと。

「うん。普通の相手だったら大丈夫だと思いますけど。ちょっと見る感じ、アレはやばいです。一ノ瀬先輩には無理かと。戦ったら死にます」

 千歳は冷酷にもこよりに事実を告げる。優しさのない言葉にも聞こえるが、正直に言うことがこよりにとって何よりの優しさなのだとわかっているのだ。

「僕が行きますから見ててください。見て、そして糧にしてください。それだけでも何よりの経験になるはずですから。……それと、緋毬は一ノ瀬先輩をよろしくね」

「あいよ」

 千歳が言い、緋毬が返す。

「え……」

 戸惑うのは一ノ瀬こよりのみ。

「んじゃ、いってくるよ」

 そして、こよりをそのままに千歳は一歩踏み出した。

 それと同時に鎧武者が反応する。腰から刀を抜いた。

 千歳と鎧武者の距離は100メートル以上ある。だが、千歳が一歩踏み出した瞬間、鎧武者は千歳に反応し敵と見なしたのだ。

「気づいた……」

「流石、悪霊。結界を抜けたらすぐか」

 鎧武者が戦闘体勢に入ったのを見て、緋毬が口を開く。

 鎧武者は千歳を認識したが、動かない。

 距離が遠いからだ。一歩一歩ゆっくりと近づいてくる千歳を待つだけだ。

「あの……」

「ん?」

 千歳と鎧武者。両者の戦闘が開始するにはまだ幾分かの余裕がある。

 だから、こよりは気になった言葉を緋毬に聞いた。

「結界って何ですか?」

 緋毬は一度頷いて、答える。

「認識阻害の結界が働いてるんだ。ここにいる限り鎧武者は私達のことに気づけない。だから、間違ってもここから出るなよ。守るのが面倒になる。それにここからでも十分鮮明に見えるはずだ」

「緋毬さん、貴女……一体」

 確かにこの場所でも鎧武者の姿はくっきりと見える。何故かと聞きたかったが、それより聞き流せない言葉が出てきた。

 守るという言葉とその意味。

 守るとは実力が上の立場の者が下の立場へと使う言葉なのだ。一ノ瀬流という武術を修める一ノ瀬こよりと一般人であるはずの竜崎緋毬。

 本来ならば、こよりが緋毬に使うべき言葉だろう。

 だが、今逆の立場で使われている。

 そして、恐らく実際はそれが正しい。

 元々、おかしかったのだ。なぜ緋毬がここにいるのか。

 悪霊退治に一般人であるはずの緋毬が着いて来る。それだけでもおかしい。だが、それよりもおかしいのは、一ノ瀬の後継者である自分が疲弊するほどの殺気の奔流。なのに、緋毬はめんどくさそうにボヤくだけで疲労の色がないのだ。

 今まで不自然なほど気がつけなかったことに、こよりが今気がついた。

 なぜ、今まで疑問にも思わなかったのか。

「しっ、その話は今度だ。始まるぞ」

「……ッツ」

 疑問を問いかけようとした瞬間、緋毬の鋭い声が飛ぶ。

 そして、その言葉と共に、千歳と鎧武者の戦闘が始まった。

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